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死を覚悟しないとやってられない男-7

「はぁ……美味い、例えるならこの世の癒しを全て凝縮して口に運んでいるかの如く美味い」

「本当? まだまだあるからいっぱい食べてね!」


 帰宅後、シルと食事をすることで、疲れなんて最初からなかったかのように回復した。

 この圧倒的癒し力、シルの傍にいるだけで周囲に疎まれて殺されてもおかしくはない。

 シルの作った飯を食える俺は、もしかして世界一幸せなんじゃないだろうか?


「……さっき溜め息を吐きながら『もう今日という日は終わりでいいんじゃない?』とか言ってたのが嘘みたいな食べっぷりね」


 何が不服なのか、隣で俺にジト目を向けてくる人がいなければもっと美味しかったのに。


「ねえ、ユンケルはどうするつもりなの?」

「何を?」


 パンを口に頬張る俺に、リューネがどこかそわそわした様子で問いかける。


「さっきの話……王都に行くつもりなの?」

「どうして?」

「ほら、さっきのうさんくさい人が、ユンケルが強くなれる方法があるって」

「ああ……その話ね」


 それについては、あとでゆっくりと考えようと思っていた。

 正直、信じるだけアホらしいくらいターゴンは怪しかった。

 俺がレベル0で糞雑魚なのをいいことに思わせぶりなことを言って、俺を知り合いのいない王都に誘きよせて何か企んでいるようにも見えなくもなかった。

 だがそれでも、強くなれると聞いて、心を揺り動かされなかったのかと問われれば嘘になる。

 あの男は、俺がレベル0で、ソウルジュエルの力が失われていることを知っている上で、強くなれると断言したからだ。


「強くなりに行くか、畑仕事を継続するか……」


 折角諦めて畑仕事に前向きになっていたのに、どうしてタイミング悪くこういう話を持ってくるのか……せめて、二日前に来てくれれば良かったのに。


「えぇ!? お兄ちゃん王都に行っちゃうの? ……いつ帰って来るの?」

「そりゃ強くなりに行くわけだから、当分は帰ってこないだろうな」

「ぇえ~そんなのヤダ! お兄ちゃんがいなくなるなんて絶対にヤダヤダ!」


 手に持っていたスプーンを置いて、シルは立ち上がりながら慌てて俺に訴える。尊い。


「そんなにぃ~? そんなにヤダなのぉ~?」

「ヤダ! だって、ご飯作るの……楽しくなくなっちゃうもん」

「そっかぁー……じゃあ行くのやめる」


 その言葉で安心したのか、シルは「よかったぁ~」と天使のような笑みを浮かべる。

 あまりの尊さに、さっきから顔のにやけが止まらない。これを断れるやつっているの?


「ねえユンケル、あんた私に自分の人生は自分で決めろとか偉そうに言ってなかった?」

「はぁ? 強くなるよりもシルと一緒にいるという選択を自分で決めたんだろうが!? いちゃもんつけてくるのはやめていただきたいですなぁ!?」

「はぁー殴りたい、この笑顔」


 さすがリューネ、すぐに暴力で解決しようとする。ワンパンで沈むのでやめていただきたい。


「ふぅ~ん、じゃあユンケルとはこれでお別れね」

「は? なんで?」

「私、王都に行くって決めたもの。当然だけど、シルも一緒に王都に連れていくから」

「なん…………だと?」


 どう考えても俺に対する嫌がらせにしか思えない突然の心変わり。


「ヤダヤダ! シルがいなくなるなんて絶対にヤダ!」

「ユンケルがやると最高に気持ち悪いんだけど」

「ふざけんな! さっき死ぬほどしおらしく『考えさせてください』って言ったばかりじゃねえか! そんな即決できるなら考える時間なんて必要なかっただろ!」

「う、うるさいわね!」


 リューネは頬を膨らませながら腕を組み、強気な態度を見せる。

 シルが残ってほしいと言うから残ることを決めたのに、この仕打ち。


「お姉ちゃん、私たち王都に行くの?」

「そうよ、お引っ越し。すぐには行かないけど、この家のこととか、管理している畑の引き継ぎを誰かに任せられたら引っ越そうね」

「みんなと……お別れするの?」


 少し泣きそうな顔でシルはリューネを見つめる。

 さすがのリューネも妹の涙には弱いのか、気まずそうに「あー……」と視線を逸らした。


「あ、あれよ? 王都は凄いんだから! この村じゃ絶対に見れない魔法の道具なんかもあるし、美味しいものが食べられるお店もいっぱいで……パ、パレードなんかもするんだよ!?」

「でも……村の皆とお別れしないと駄目なんだよね?」


 よほど村から離れたくないのか、シルは瞳に涙を溜めていく。


「お別れって言っても、いつでも戻って来られるんだぞ?」

「本当?」


 そこで、俺は助け舟を出した。


「ああ、シルは王都には行ったことがないだろう? 世界の見識を広めるためにも行った方がいい。都会に疲れたら戻ってくればいいんだから」

「でも……王都って凄く遠い場所にあるんじゃないの?」


 確かに、この村はレムルランド王国の南側の最果てにあるため、王都に行こうと思えば一週間はかかる。むしろ隣国の王都の方が近いくらいだ。

 気軽に行き来できないのは事実。


「まあまあ、王都なんて旅行で行く人も多いしさ。俺も昔連れていってもらったし、もっと気軽に考えていいんだぞ? 俺も一緒に行くから」

「え? お兄ちゃんも一緒に行ってくれるの?」


 シルは嬉しそうに顔を明るくする。なんて嬉しい反応なんだ。尊さで死んでしまいそう。


「そりゃ俺もシルが行くなら王都に行くさ、妹を使ってまで俺を王都に連れていこうとするリューネの気持ちにも報いてやらんといかんしなぁ?」


 そう言ってやると、リューネはあからさまに動揺した様子で俺から視線を外した。

 誤魔化し方、下手すぎるだろ。


「な、何を言ってるの? ユンケルは本当に妄想が得意ね?」

「いやいや、シルが行ってほしくないって言うから王都に行くのをやめたのに、シルを王都に連れていくとなれば、俺がこの村に留まる理由もなくなるだろ?」

「私が王都に行くことを決めた結果、ユンケルにも選択肢ができただけじゃない? 別に私たちのことなんて気にせず村に残れば?」

「じゃあ、残ろうかな」


 至って真面目にそう答えると、リューネは「え⁉」と心外そうな顔を見せた。


「冗談だ」


 そしてさらにそう答えることで、安堵した顔を見せる。ちょっとは隠せよ。


「本当はお前自身、王都に行く気なんてないんだろ? 俺に行かせたいだけで」

「……どうしてそう思うのよ?」

「わかるに決まってんだろ。何年の付き合いだと思ってるんだ? 俺はお前の幼馴染みだぞ?」


 ようやく認めたのか、リューネは照れくさそうに俺から視線を外す。


「お前のスリーサイズだって知っているんだぞ、俺は?」

「ちょっと待って、なんで知ってるの?」

「そりゃお前、そりゃ…………そりゃ言えませんよ……ふふふ」


 だがそのしおらしい反応は一瞬のことで、すぐに汚物を見るかのような視線を向けてきた。

「考えさせて」とルードに言っていた段階でわかっていたことだが、リューネ自身は、王都にさほど魅力を感じていないはずだ。恐らくは、俺が強くなれるかもしれない可能性に賭けて、王都に行くことを決めてくれたのだろう。

 いや、本当に、どれだけ俺に強くなってほしいのこいつ?


「と、とにかく! べ……別にユンケルのために王都に行くわけじゃないもん」


 腕を組みながら強気の姿勢でリューネは言い切る。

 今日の今日まで「ユンケルが頑張ってきたのを知っている」とか「努力無駄にしたくない」とか言ってトレーニングに誘ってきていたのに、誤魔化せるわけがなかった。

 だが、素直に気持ちは嬉しかった。

 諦めたくないという気持ちは、誰よりも俺が強かったから。

 努力してきた十三年間を、俺が無駄にしたくなかったのだ。


「……王都か、十二年ぶりになるな」


 あの男……ターゴンは俺に強くなれると言った。

 嘘である可能性もある。だがそれでも、行って確かめたいと思った。

 強くなれるという話だけなら、ここまですんなり行こうとは思わなかっただろう。

 ターゴンは気になることを言っていた。もちろん、レベル1以上の者を信用してはいけないという謎のメッセージの真相も気になるが、何よりも、リューネが止めを刺したから、ミノタウロスが村を襲ってきたかのようなあの言い回しが気になって仕方がなかった。

 裏を返せば、俺が止めを刺していたら、ミノタウロスは襲って来なかったということになる。


 俺は、不思議と「あるのかもしれない」と思ってしまった。


 無論、それがどういう理由でそうなるのかはわからない。

 だが、どこか共通しているような感覚に陥ったのだ。モンスターが、俺の姿を見ると警戒し、動かなくなる謎の挙動と。


「どうしたのお兄ちゃん? 難しい顔して?」

「いや、ちょっとな」


 元々俺は、リューネと共に行動する過程で、度々違和感を抱いてきた。

 俺に魔素が吸収されないのもそうだし、モンスターが警戒するのもそうだ。

 その答えを、あの男は知っているかもしれない。

 薄々感じてきた違和感を解く、重要な何かを知っているかもしれない。


「行くか、王都に」


 レベル0という、普通では生まれない存在に隠された秘密を。


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