プロローグ-1
ソウルジュエル。
この世界【ファーミング】で生まれた全ての生命体の心臓に宿る奇跡の宝石。
主に、モンスターの討伐時に放出される魔素を吸収することで輝きを増し、超常の力を身体にもたらすものだ。モンスターを倒す以外にも、空気中に漂う魔素を取り込み、自主的なトレーニングを積み上げることでもソウルジュエルは輝きを増す。
そして、ソウルジュエルを長年の間研究し続けてきた国家直属の教団、【聖魔教団】の秘術により、ソウルジュエルの輝きに応じたレベルが言い渡される。
最初は、誰もがレベル1として生まれる。
モンスターと戦わずとも十歳にもなれば、空気中の魔素を取り込んで自然とレベルは2に上がり、二十歳にもなればレベルは3になる。モンスターと戦っているならば、二十歳になる頃には世界の平均レベルである10には届くだろう。
「…………あれ? ケツが痒いなぁ~?」
そんな俺、ユンケル・プールは、今年で十六歳。
無駄な脂肪の一切ない、引き締まった身体はどう見ても高レベルの強者にしか見えない。
それも当然で、俺は毎日欠かさず筋トレを行い。モンスターだって毎日のように死に物狂いで倒し続けた。
だが、俺のレベルは0だった。
誰もがレベル1として生まれるこの世界で、俺のレベルだけが0。
レベルを上げようと必死の努力を始めて十三年。俺のレベルは未だに上がっていない。
「レベル0で身体が貧弱だからかなぁ……?」
昨日までは俺も必死に努力をしていた。絶対にレベルは上がるって信じていた。
しかし昨日、農民ばかりのこの辺境の村周辺で一番強いであろうモンスター【ミノタウロス】を倒して、俺のやる気はなくなった。
さすがにそいつを倒せば、レベルが上がると思っていたからだ。結果は言うまでもない。
もうこりゃ駄目だと判断した俺は、この世界を恐怖のどん底に陥れ、モンスターを産みだし続けている魔王を倒す夢を諦め、古い木造の自宅に置かれたベッドの上でふて寝している。
「たとえレベルが10あったとしても、お尻くらい普通に痒くなるわよ……」
そんな俺の前に今、隣の家に住む、今年で十五歳になる幼馴染みの女の子が押しかけていた。
「いいから起きてよ……いつもならランニングを始めている時間よ?」
本来であれば早朝の今頃、日課のトレーニングをこの幼馴染みの女の子とやっているはずだった。
無論、もう色々と諦めた俺にトレーニングなんて必要はない。
故に、部屋で引き籠もっていたのだが、この女はどうしても俺を引っ張り出したいらしく、さっきから俺の目の前でピーピーと叫んでいるのだ。
そんな、朝っぱらから迷惑な彼女の名はリューネ・ミストパック。
母親譲りの透き通るような白い肌、エメラルドの瞳、街に行けば誰もが振り返る端正な顔立ちに、綺麗で長い編みこまれた赤髪は、我が国、レムルランド王国の貴族が集まるパーティーに参加しても遜色はないだろう。
だが、見た目に騙されてはいけない。
「……ほら、さっさと起きなさいっての!」
ベッドから動かない俺に痺れを切らしたのか、リューネは布団を強引に奪い取る。
「やめてよ! そういうハレンチな行為はやめてよ! 弱い者いじめだよ!」
「そんな筋肉質な身体で弱い者いじめだなんて、よく言えたものね」
「はぁ? 逆に聞きたいわ。なんでそんなプニプニの白い腕で俺より力があんの?」
俺は精一杯眉間に皺を寄せてリューネに問いかけた。
この女はその気になれば、この村に住む男を一人残らず捻り潰せるだけの力があるのだ。
「あんたのトレーニングに付き合っていたから……でしょ?」
「なんで本格的に頑張っていた俺じゃなくて、付き合いで頑張ってた程度のお前が強くなんの?」
「知らないわよ。逆になんであんたはそんなに弱いの?」
「キレそう」
お互い、家が隣同士ということで接しやすいからか、リューネは昔からトレーニングをする俺にひっついて、俺ほどではないが身体を鍛えてきた。
十年前、リューネの両親がモンスターに殺され、俺の両親が復讐のために魔王討伐の旅に出て以降、毎日のように俺と行動を共にし、モンスターを狩り続けて強くなる努力をしてきた。
結果、俺のレベルは0。リューネのレベルは15になっていた。
どゆこと?
レベル15の者が少ないわけではないが、レベル15に上り詰めた冒険者の平均年齢は二十三歳くらいである。
十五歳の若さでレベル15になったリューネは、仮にここが王都の栄えた街であるなら、どのギルドにも入れる将来有望な実力者だろう。
そしてもう一度言うが、俺のレベルは0。
どのギルドも汚物を扱うかのように加入を拒否する、糞雑魚なめくじ。
「ほら……今日も頑張ろうよ。昨日だってレベル0じゃ絶対に無理って言われていたミノタウロスを見事に倒したじゃない?」
昨日のミノタウロスも、倒したところで俺の身には何も起きなかった。
必死に身体を鍛えて、レベル0の俺でもダメージを通せる武器を考えて、殺されないように安全に戦える方法を模索し、ようやく倒したのだが―———
「でもなんで俺じゃなくてお前のレベルが上がるの?」
俺じゃなくてリューネのレベルが14から15になっていた。
「私が……念のために止めを刺した…………から?」
白々しく天井を見上げながらリューネは指で頬を突く。
「キレそう」
「そ、そんなに怒らないでよ! モンスターって死んだふりをして、あとで復讐しにくるなんてことも珍しくないんだから……万が一を考えてのことだったのよ!」
「慌てるなよ、そんなに怒ってないから」
「だって……ユンケルがキレそうとか言うから」
「キレそう五段活用も知らんのか?」
「何それ?」
「『キレそう』、『キレた』、『もうキレた』、『もう殺す』、『屋上』の順に強くなる怒り表現」
「知らないわよ」
実際、怒っていないのは本当だ。
そもそも誰が倒したところで、普通は討伐に参加した全員に魔素が行き渡る。
実のところ、ミノタウロスを倒しても、俺のレベルが上がるかどうかは半信半疑だった。
強いモンスターとはいえ、それでレベルが上がるなら、とっくの昔に俺のレベルは上がっているはずだからだ。
だから、昨日のミノタウロス討伐を機に、俺は諦めたのだ。
昨日の出来事は、薄々気付いていた無駄な努力をやめるためのきっかけにすぎない。
「ほら……! 早く行こう? きっとレベルを上げる方法が他にあるはずだから!」
それなのに、リューネは今日も俺を引っ張り出そうとする。
「……お前も気付いてるんだろ? 俺のレベルを上げる方法なんてないってさ」
だから、俺は溜め息交じりに言ってやった。
リューネ自身も本音では「ない」と思っているのか、少し申し訳なさそうに顔を俯かせる。
「だって……そんなのあんまりじゃない」
「何が?」
「ユンケルがずっと頑張ってきたの……私、知ってるもん」
それでも俺のレベルを上げたいと思ってくれているのか、リューネは真っ直ぐな瞳を俺へと向けた。それでも俺の意志は変わらない。
「あー俺、鼻ほじるので忙しいからさぁぁぁ!? ほら、レベル0だと鼻毛も弱くてな? すぐに鼻が詰まっちゃうんだよぉ~……ごめんね?」
「むしろ鼻毛が弱い方が、鼻は詰まらないでしょ」
「え? じゃあお前、鼻詰まりまくりじゃん。美少女がそれでいいの?」
「勝手に決めつけないでくれる?」
だがさすが頑固な俺の幼馴染み、諦める気が全くないのか一歩も引こうとしない。
「いいから……行くわよ! 諦めるなんてユンケルらしくないんだから!」
「俺らしさを勝手に決めつけないでいただきたい」
それどころか俺を力ずくで引きずり出そうと胸倉を掴み始めている。怖い。このままだと寝間着のまま外に連れ出されてしまう。