真・エピローグ
わずかに身じろぎをして、くたびれた冒険者は顔のシワをいっそう深くした。
差し込む光を厭うように、ゆっくりとまぶたを持ち上げる。
「…………ここは」
ぼんやりと天井を見上げて、冒険者は自らの記憶を探る。
超古代文明のマジックアイテムを見つけたこと、変身して人を助けてまわったこと、ドラゴンの出現と戦闘、そして、勝利したこと。
「ああ、夢か。そうだよなあ、俺があんなことを」
そう独りごちて、冒険者は寝台に寝そべったまま腕を持ち上げる。
夢の中でドラゴンのブレスに飲み込まれて両腕を失ったが、腕は確かにそこにあった。
(夢ではありません、私の主人)
ダンジョン『不死の樹海』で発見したガントレットをつけた、両腕が。
頭の中にアルカの魔導心話が響く。
無表情なのにどこか誇らしげに思える、ローブ姿の女性のイメージとともに。
カケルは、ゆっくりと上体を起こした。
腕はある。
両足も揃っている。
寝台にいるのにブーツは履いたままで、ベルトもサークレットもつけている。
カケルも魔導鎧もそこに在った。
ざっと見る限り、傷は見当たらない。
「なんで俺は生きてんだ? アルカ、あのあとどうなった?」
夢ではないというアルカの言葉を、カケルは信じられなかった。
魔力はもちろん生命力を使ってドラゴンに対抗し、文字通りの命を掛けた一撃で邪龍マルムドラゴを倒した。
その際にカケルは小さな魔導障壁に守られなかった体の大部分、右足や両腕をはじめ、体の一部を失っている。
残った体も、魔導鎧もボロボロだったはずだ。
ポーションや回復魔法では癒せないほどに。
(真龍は魔力と生命力の塊です。真龍の血肉や骨や鱗で主人の体を再構築し、真龍核を媒体に魔力と生命力を吸収して主人の体に定着させました。その後、余剰分で私は自己修復しました)
「はあ、よくわかんねえけどドラゴンのせいであんな目にあって、ドラゴンのおかげで助かったと」
(はい。ですが、申し訳ありません。主人の体は、大半が真龍の亡骸から再構築されたものです。いまの主人を人間に分類できるかどうか——)
「あー、そんなん気にすんな、『なんでも使え』って言ったろ? 俺は俺なんだし、こうして生きてんだ、文句なんてねえよ。ありがとな、アルカ」
カケルが口の端を持ち上げる。
いつもなら皮肉げなその表情も、角が取れたように柔らかい。
魔導心話の向こうで、無表情なのにアルカがほっと安堵した気がした。
「それに——『改造人間』って、ヒーローっぽいだろ?」
定宿のいつもの部屋に、開いた鎧戸から風が吹き込んでくる。
カケルは子供のように笑う。
魔導心話の向こうで、無表情なのにアルカが呆れたような気がした。
「ん? 改造人間ってことは俺の素の体も強くなったのか? これで俺もEランクから抜け出せるな!」
二十二年間冒険者として活動したのに、四十歳のカケルはEランク止まりだった。
万年Eランクから脱出だな、アイツら吠え面かくぞ、などとカケルはブツブツ呟いている。
命を掛けてドラゴンと戦い、アルカのおかげで生き延びた。
体がよくわからない状態になっていても、カケルは命を拾ったことを喜んでいる。
二つ名の『生き恥』は、言い得て妙だったのかもしれない。
(それと私の機能に一部不具合が——)
アルカの報告の途中で、がちゃりと部屋の扉が開いた。
「ユーナ、師匠はいつ目覚めるだろうか。もしやこのまま」
「わかりませんコロナ姉。肉体的にはすでに損傷はなく、魔力も回復しているはずで——」
扉を開けたのは二人の女性だ。
部屋の中を見て、二人が止まる。
「師匠! 目が覚めたのですね!」
「カケル兄カケル兄カケル兄! 無事ですか、体におかしいところはありませんか、ここがどこだか、私が誰だかわかりますか、戦いの記憶は」
「落ち着けコロナ、ユーナも、おわっ」
カケルが目覚めて上体を起こしているのを見て、二人の女性が駆け寄る。
Sランク冒険者『鉄壁の戦乙女』コロナも、若くして家督を継いだ女男爵ユーナ・フェルーラも、いまは立場を忘れてカケルに飛びついた。
「師匠、やっぱり師匠はすごかったです! ドラゴンを倒して——あれ、力が」
「カケル兄はなかなか目を覚まさなくて私はもうどうしようかと——きゃっ」
カケルに抱きついたコロナとユーナから、くたりと力が抜ける。
二人はずるずると落ちそうになって、上半身を寝台に引っ掛けている格好だ。
カケルに二人の女性の柔らかい感触はない。
「は? どうした二人とも?」
「これは、魔力欠乏の症状のような」
「むっ、たしかに。だがユーナ、私たちは何も」
(能力を超えて真龍の魔力と生命力を吸収したことで、周辺魔力と接触者への魔力吸収機能に不具合が発生しています)
「おいアルカ、どういうことだ?」
(つまり、主人に接触した者から魔力を吸収するようになりました。魔力欠乏になるまで)
「…………は?」
ドラゴンと戦うために、カケルを生かすために無理を押したことで、魔導鎧の一部機能が壊れてしまったらしい。
アルカの報告によれば、そういうことである。
カケルに真偽を確かめる方法はない。
カケルは、くたりと寝台にしがみつく、魔力欠乏に陥った二人の女性に目を向ける。
「待て、待てアルカ。俺はいま独身で恋人もいねえけど、たぶん強くなったわけでEランクから昇格してこれからモテるわけで、でも女、というか女でも男でも人間に触れたら」
(魔力を吸収してしまい、こうなります。ですが男性は大丈夫かもしれませんね、拾得人よ)
「呼び方戻ってんぞアルカ。それに男は大丈夫ってなんかおかしく、ああでもそっか、そもそも何の問題もねえな。魔導鎧を脱ぎゃいいだけか」
今後、女性と触れ合うことができなくなる。
カケルにとっては衝撃の事実でアルカが気になる補足を入れていたが、カケルはふと思い至った。
魔導鎧を装着したカケルに触れるとそうなるならば、魔導鎧を脱げばいいと。
(着脱機能も壊れました)
「おいやっぱコレ”呪いの装備”じゃねえか。誰だ超古代文明のマジックアイテムに呪いの装備はないって言ったヤツ」
カケルの言葉にアルカの応えはない。
ただ、ふいっと顔を背けたイメージが伝わってきた。
アルカの魔導心話は聞こえないコロナとユーナは、ぐったりしたまま心配そうな目をカケルに向ける。
小さな声で「やはり異常が」「仕方あるまい、なぜ生きているか不思議なほどの怪我だったのだ」などと会話している。
カケルは、はあっと大きなため息を吐いて、開いた鎧戸の先の景色に目を向けた。
遠くに見える『不死の山』の一部は崩れ、美しかった稜線はもうない。
二十二年間カケルが眺め続けた、富士山によく似た山の姿は失われた。
「ああ、でも、ちょっとぐらい形が変わっても、富士山はキレイだなあ」
不死の山を見ながらどこか遠くを見つめるように目を細め、カケルが呟いた。
「親父、母ちゃん、妹よ。帰れねえけど……俺は、こっちでやってくよ。ははっ、いまさらか」
四十を越えたカケルは、ようやく現実から逃避することをやめて惑いを捨てた。
くたびれたEランク冒険者はもういない。
カケルの目は、澄んでいた。
(了)
最後までお読みいただきありがとうございました!
以下、改行のあとに簡単に所感を。
プロットはこれで最後まで書き切りましたので、完結です!
もし何か思いついたら続きを投稿するかもしれませんが、
どうでしょう、「書き切った」感ありますからあんまり可能性は……
もし再開する際は「完結」マークを外してこの続きから投稿しますので
ブックマークはそのままにしておいていただけると幸いです。直球失礼しました。
※1/31追記
ノベルデイズに投稿、【リデビュー小説賞]に応募しました。
これまで編集さんには大変よくしていただいております!
おりますが!
この「変身ヒーロー」モノを
講談社系列の編集さんに読んでいただく機会があるなら!
封印したメインタイトルをつけられる可能性も!(ない
あらためまして。
最後までお読みいただきありがとうございました!
またどこかでお目にかかれるようがんばります!