第97話 熱風
「テレーゼさん、ナイスですっ!」
うつ伏せの状態で倒れた石巨人の足元の方から、ハルが声を上げる。その手には黒杖を持ち、クルクルと頭上で高速回転させていた。何それ、格好良い。別に威力が上がる訳ではないだろうけど、振り回すビジュアルでテンション上がる。
「まずは、機動力を削ぐっ!」
跳躍からの黒杖による大打撃。鉄球がめり込んだ左足首に叩き込まれたそれは、破損を更に大きなものにし、いよいよ完全なる粉砕に至った。具体的に言えば、左足首がもげた。
その場に着地したハルは、砕いた石の中から鉄球を回収。からの、再度投擲。狙う先は石巨人の後頭部である。足首がそうされたのと同じく、後頭部に重々しい鉄球が突き刺さった。表情のない筈の石巨人が、僅かに顔をしかめたような感じがした。
「動き出す前に止めを刺さないとっ!」
ハルと共に駆けて来た千奈津も攻撃に移る。石巨人の倒れ伏した巨体に乗り出して、光り輝く光刀でひび割れた傷口に一刺し。からの、全力疾走。突刺した刀で亀裂の痕をなぞるように斬り裂いて走り回り、軽傷を致命傷に変えていく。千奈津の敏捷能力はハルをも凌ぐ。あっという間に石巨人の体は斬り開かれてしまった。
「……やはり、凄いですわね。同い年ほどとは思えませんわ。私なんて、もうすっかり力が抜けてしまったと言いますのに」
石巨人を押し返したテレーゼであるが、彼女もまた反動で大分後退していた。辛うじて盾は持っているが、殆どそれに寄り掛かる形で立つのもやっとな状態だ。いや、あの攻撃を受けてなお立っているのだから、褒めてやるべきだろうな。しかし、彼女の背後に人影があるような?
「あら、貴女だって頑張っている方だと思うわよ?」
「えっ?」
あれ、ネルさん? 何でテレーゼの隣にいるんです?
「貴女はデリスさんのお仲間の、眼鏡が素敵なお方…… そういえば、まだお名前をお伺いしておりませんでしたね。このような姿で恐縮なのですが、お名前を窺ってもよろしくて?」
「何、今はただの一冒険者よ。名前なんてあってないようなものだわ」
ちなみにネルはこのダンジョン探索中、ずっとムーノ君から頂戴したクワイテット魔具店限定モデルお洒落眼鏡をかけている。テレーゼの為の変装の筈なのだが、なぜに今前に出た?
「相変わらず雑な変装ですねぇ。いえ、変装どころか子供騙し以下です」
「その道のプロのリリィからすりゃそうだろな。もう『変装』スキルの上位もカンストしたんだっけ?」
「最上位の『変異』まで会得済みです!」
ぶいっとピースサインを俺の頬に突き出すリリィにチョップを入れ、視線を石巨人と戦っているハル達に戻す。立て続けに攻撃を受けた石巨人は蟲の息、勝負の決着はもう直ぐそこだ。
―――まあ今更なんだが、モンスターとの戦いで最も注意しなければならないのは、敵を追い込んだ時である。そう、正に今だ。
「………!」
瀕死状態の石巨人は最初に足を破壊された為に、満足に移動する事もできない。移動するにしても、腕で這ってがやっとだろう。ならば反撃すれば良いではないかと普通は考えるものだが、攻撃を行っているハルと千奈津には全く反撃もしない。それはなぜか?
「あいつ、未だにテレーゼばかり見ているんだよなぁ」
「あ、本当ですね。ハルちゃん達には目もくれてない。ゴーレムにも好みがあるんですかね?」
「いや、あんな状態でも、まだテレーゼを狙ってんだよ」
―――バキィン!
その時、石巨人の腹部が砕かれた。ハル達によって破壊されたのではない。自ら、自壊したのだ。
「………っ?」
下半身から上に上って行くように、各部位を黒杖と鉄球で粉砕していたハルが警戒する。千奈津も同様だ。まさか、自分で腹を壊すなんて思ってもみなかったんだろう。そして上半身と下半身を無理矢理に分離させた石巨人は、上半身だけの身で全力で地面を這い出したのだ。向かう先はもちろん、テレーゼのいる場所である。
「しまっ―――」
それから追い掛けようとしても、もう遅い。体を分割する事で身軽になった石巨人の這うスピードは、走るのと同等のものだった。何かのホラーであったかのようなその様は、率直に言って恐ろしい。
「テレーゼさん、逃げてっ!」
「と言われましても、困りましたわね……」
今のテレーゼは支えありで立つのがやっとなのだ。自力で逃げられる余力などない。
「ふっ!」
ハルが投じた鉄球が、石巨人の左手の甲に当たる。ビキビキと鉄球が石の中へと強烈に割って入った。だが、それでも石巨人は止まらない。
「クライムランス!」
「………!?」
鉄球から、黒色の槍が突き出した。突如として現れたその槍は石巨人の手を貫き、そのまま地面に縫い付けて拘束してしまう。おいおい、ハルよ。いつの間にそんな使い方ができるようになったんだ? 前に話した時は、精々自分で投げ槍として使うかな、くらいの認識だったというのに。まさか投じた鉄球を魔法の発生源として、そこから槍を生やすとは思ってもみなかった。殺傷性が増し増しである。
「………!」
―――バキィン!
石巨人もなかなかにイカしている。今度は縫われた左手を分断して、強制脱出しやがった。そして、もう石巨人の前にはテレーゼがいる。這って這って、あの状況から辿り着かれてしまった。石巨人は先のない左腕と傷だらけの右腕で握り潰すかのように、テレーゼを左右から挟み込む。プレス機の如く、両腕がテレーゼに迫っていた。
「くっ! 貴女だけでもお逃げなさい!」
最後の力を振り絞り、テレーゼは叫ぶ。盾を構える。名も知れぬ冒険者(ネル)を庇おうと、もう微塵も残っていないエネルギーを気力で燃やしているのだ。だとしても、防げる訳がない。そんな事は分かっているだろう。ただ、彼女は何もせずに死ねるたまではないってだけだ。そんなテレーゼに、ネルは珍しくも優しく微笑みかけ、盾の前に歩み出した。
「なっ、危な―――」
「これ、貸しだからね」
迫り来る左右の壁。ゴウンと土煙を巻き起こしながら、猛烈な勢いで閉ざされる。
「………!?」
「……あ、あら? 生きてる?」
その直前でネルは両手を広げ、当然のようにそれらを受け止めていたのだ。ネルが両手をギリギリまで広げた程度の、ほんの僅かな隙間だ。けど確かに、その中でテレーゼは生きていた。
「貴女は、一体……?」
「さっきも言ったでしょ? 今はただの一冒険者よ。完全にプライベートで来てるしね」
ネルの両手にガッチリと捕らえられる石巨人の両腕が、その一部が真っ赤に染まっていく。まるで鍛冶工房の炉で深紅に燃え上がる鉄のように、赤々と。すると石巨人の両肩も同様に、急速に灰から赤へと色を変えていった。やがて両肩は完全に熔解してしまい、ゴトリと両腕が地面に落下。ネルはガードと同時に、両腕の中を通して肩を熱し、一瞬で石巨人を無力化させてしまったのだ。
テレーゼは盾の影に隠れているから大丈夫だろうが、ネルの周囲には熱風が吹き荒れている。風の気紛れだったのか、その熱風がネルの眼鏡を吹き飛ばしてしまった。
「き、騎士団長のネル様っ!? 何でこんなところにおりますのっ!?」
「……やっぱり、サイズが合ってないと駄目ね。面倒だから騒がないで。私用、目立ちたくない。はい、理解したわね?」
「な、なるほど。その為の変装でしたのね。完璧過ぎて全然分かりませんでしたわ……!」
テレーゼ嬢、察しが良いのか悪いのか。
「ああ、でも今のリーダーはただ働きが嫌いなのよ。だからいずれ貸しは返しなさい。そうね、卒業祭の結果如何で騎士団での活躍を期待しているわ」
「………っ!」
「え、ちょ、泣かないでよっ」
我が国の騎士団長様がうら若き学生を泣かし、この戦いは幕を閉じた。ちなみに本当の石巨人の止めは、ハルが後頭部の鉄球目掛けて叩き込んだ黒杖の一撃だった。