第94話 ガツン!
3人の作戦が決まったところで、
「それじゃあ、ガツンと行きますかっ!」
「おおよ、ですわ!」
「お、おおよ……?」
ハルのスイッチが切り替わり、戦闘モードに移行する。ポーチから先ほど採取した石の欠片を取り出して、当然のように投げつけた。同時に千奈津のグリッターランスも宙に出現して、勢いよく獅子の群れへと投じられる。
「グゥロッ……」
「グゥロロォ!」
2人の魔法は左右の1番手前にいた敵に命中、どちらも頭部を損傷させるに成功した。しかし、戦闘不能には至っていない。
「思ったよりも硬いな。道中で会ったゴーレムなら、ハルの一撃で粉砕されそうなもんだけど」
「もう一段階進化したゴーレムなんじゃないの? ほら、体のあちらこちらに紋章が彫られているし」
「んー? お、マジか。目が良いな、ネル」
「デリスの視力が落ちたんじゃないの? ま、強化個体だとすれば、あれ1体1体が以前のグリフォンよりも強いかしらね」
「そうだなぁ、レベル5くらいあれば僥倖だなぁ。良い感じの死闘になる」
しかし、そうなればこのダンジョンって結構良い鍛錬場所になるかもしれないな。近場でこれほど強いモンスターが出る所も珍しいし、マイホームからそれほど遠くもない。学院の卒業祭まで、ジーニアスの街で世話になるのもありな気がしてきた。
「そうですねぇ。辺境魔王軍の幹部くらいには強いかもしれません」
「ゴブ? ゴブゴブ?」
「うんうん、それがいるんだよー。大八魔に倣って何とか四天王とか、肩書に妙に拘って自分で言っちゃう奴らが。大体そういうのって大した事ないから、まあ良い判断基準にはなるんだけどね」
「ゴブー」
「え、あいつの部下にもいたの? 大八魔の癖にウケるー」
……今度、真面目にゴブ男の言葉を解析できる魔具でも作ろうかな。何だか家の中で、俺だけゴブ男との会話について行けない感じで複雑だもの。
さてさて、戦力分析の時間は終わりだ。ダメージを負ったゴーレムを先頭に、奴らは群れを成して突っ込んで来ていた。テレーゼに任せるにしても、あれを全部受け止めさせるのは厳しいだろう。せめて、何体かは倒しておきたいところだ。
「千奈津ちゃん、ちょっと前に出て来るね」
「え? ちょ、悠那っ!?」
今度は黒杖を手にして前へとハルが飛び出した。当然、獅子達の標的はハルに集中し、左右から狙われる。
「グゥロロロロォ!」
「ふんっ!」
右からの鋭利な爪、左からの強靭な牙をギリギリのところで躱したハルが、片方のゴーレムのひび割れた傷口に黒杖を叩き込む。ビキビキと石が砕ける音を立てて、食らったゴーレムは怯んだ。だが、それでもまだ倒し切っていない。ハルのあれをもろに受けて生きてるとか、マジで頑丈なんだな。感心感心。
後続の3体目が来るよりも速く、反撃を受けなかった方のゴーレムが更なる攻撃をハルに放とうとする。一度ハルを通り過ぎて、また折り返して来た形だ。正面を向くハルに対しては不意を打つ事になるが、それは千奈津に対して背後を晒す事に繋がる訳で。
「グゥロッ!?」
後頭部に不意打ちのグリッターランスを受けてしまい、光の槍に押されて前のめりに顔面を地面へ叩き付けられる。こちらもまだ健在ではるが、大ダメージには違いない。
「ナイスアシスト!」
そう叫んだハルが、黒杖で叩きのめしたゴーレムを片手で掴んで――― 投げた。片手で、投げた。何それ、背負い投げって片手でできるもんなの? あ、もしかして投岩スキルが影響してる? いや、そういう意味での
凄い勢いで投げ飛ばされたゴーレムは、千奈津の不意打ちを食らってよろけているゴーレムへと向かって行く。
「「ゴォバッ!」」
損傷した頭と頭がごっつんこ。変な鳴き声を残して、2体のゴーレムの頭部が破裂。その機能を停止させた。時間を要しはしたが、漸く2体撃破だ。
「これで獅子が残り8体、倒すのには3手ほど同じ個所に当てる必要があるか」
「前に出過ぎてるハルナ1人だと厳しいわね。テレーゼの速さじゃ今から動いても間に合わないだろうし、ハルナが戻らないと地の利が活かせないって、あら?」
ネルが何かに反応した。ハルの方を見れば、何時の間にやら黒杖をポーチにしまっていた。その代わり、その手には石が握られている。
「テレーゼさん、ガツンをやりますよっ!」
「ガツン? あっ、ガツンですわね! 了解しましたわっ! いつでも来やがれ、ですわ!」
「千奈津ちゃん、止めはよろしくっ!」
「かなり無茶をしそうね…… ホーリーエンチャント!」
おいおい、それで意思疎通できてんのかよ。何をするのかは分からないが、作戦名『ガツン』が開始されたらしい。千奈津が刀に光を纏わせ強化を施している。
「なるほど、これ以上ないほど分かりやすいわ。ガツンとは考えたわね、貴女達……!」
そしてここにも1人、作戦の内容を理解した者がいた。これだから感覚派はっ!
「まずは、これっ!」
ハルが石を投げる、投げる、投げる――― 数にして8球。獅子の群れを同数であるそれらは、各自標的と定めた獲物へと向かう。先頭を走る者には全力のストレートで、影に隠れてしまっている者にはキレのある変化球で、全ての頭部目掛けて石は飛来する。そしてノビのある球は勢いよく衝突し、それぞれに突き刺さった。
「ディーゼ!」
全ての石に仕込んでいたのか、石から黒煙が噴き出す。本来目隠し程度でしかないこの煙も、眼前で発生させられては避けようもない。石は深く深く突き刺さっており、その場から走ろうと顔を振ろうと、決して外れる事はないのだ。詰まるところ、敵さんは視覚を失った。
「テレーゼさん!」
「バッチ来い、ですわ!」
すかさず先頭のゴーレムのところまで駆け出し、暴れ牛の如く暴走していたそいつをガッチリとその小さな手で掴まえるハル。吸い込まれるように掴まえられたあたり、ああ、これは外れないなと確信してしまう。そして、この辺で俺もハル達が何をしようとしているのかを理解。
「全力ストレートでいきますっ!」
「グゥロゥ!?」
哀れなゴーレムは投げられた。あれは野球の投球なのだろうか? それとも柔道の投げ技の一種か? まあどちらにせよ、ゴーレムは投げられた。投じられた先は、テレーゼの大盾である。
「おいでなさいまぁ、せぇ!」
―――ゴオォーン!
強固な盾にまたしても頭から衝突し、突き刺さった石がより深く抉り込むこの惨状。ゴーレムに痛覚があるのかは定かではないが、これは痛い。視覚的に痛い。防御特化のテレーゼはこの投擲に耐え切り、まだまだ余裕の表情を浮かべていた。ゴーレムは奇跡的にまだ息があるのか、石だと言うのに器用にもピクピクと震えていた。
「なるほどなぁ。ピッチャー、キャッチャーと来て、最後にバッターか」
盾からずれ落ちるように地面に落ちたゴーレムを、千奈津が光の刀によって最後の介錯。動けなくなったゴーレムはこれを認識もできず、ただただ受け入れるしかない。光属性付与に加えて単純な攻撃力もアップさせる『ホーリーエンチャント』によって、千奈津の刀は簡単にゴーレムを斬り裂いた。
その後も視覚を失って迷走するゴーレムをハルが投げ、テレーゼが受け止め、千奈津が止めを刺す構図で獅子達を短時間で殲滅。後は大ボスを残すのみであった。