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第93話 偽物

「ふーむ…… では、君達がヨーゼフ殿が派遣した、本当の護衛の者達という事かね?」

「はい、僕達の他に応援が来るとも伺っていません」


 渕はオルトに事情を説明していた。オルト自身が確認したところ、ヨーゼフから渡された書状の封蝋が本物だと分かり、事の真偽を確かめる為にこうして面会する事となったのだ。黒髪の3人に、ヨーゼフ魔導宰相からの正式な手紙。これにより、渕達は本来テレーゼの護衛となる筈だった存在だと判明。通路のなくなった件に併せて、どちらもオルトの頭を酷く悩ませる。


「しかし、先の冒険者も嘘をついているようには見えなかったんだがな…… 我が妻の命を救ってくれた恩人でもあるし、私が油断してしまったというのだろうか?」

「何だかきな臭くなってきやがったな。要はその偽った奴らを締め上げて、お嬢様を助け出せば良いんだろ? そして颯爽と救出した俺に、お嬢様は惚れてしまい――― よっしゃ、やっとそれっぽいイベントきたっ!」


 何かを読み取ったのか、急に舞い上がる織田。だが、その言葉はしっかりとオルトは聞いていた。


「あん? うちの娘が何だって?」

「あ、いや…… 何でも、ないです……」


 本気で睨まれ、威圧される。領主の逆鱗に触れてしまった織田は、ただただ萎縮するしかないのであった。その様子がおかしかったのか、刀子は肩を震わせながら笑うのに耐えている。


「ええっと、それで、前に来た人はどんな方だったんですか? 奥様を助けたと仰っていましたが?」

「君のように黒い髪の毛を持つ冒険者の男だったよ。黒髪はこの辺りでは珍しいからね、逆に目立つんだ。年齢は、そうだな。30代前半といったところだろうか。ディアーナからジーニアスに移動する最中に、妻が大型のグリフォンに襲われたそうでね。たまたま通りかかった冒険者のパーティに助けてもらったらしい。その話を聞いた娘も彼らをかなり気に入っていたようでね、王城から来たと言うから私もすっかり信じてしまった」

「黒髪の男、ですか。僕が言うのもアレですが、確かに珍しいですね」


 渕はこの世界に転移してから、クラスメイト以外の人物で黒い髪を持つ者を1人しか見た事がない。思い浮かべるは、初日に城から追放された桂城悠那、鹿砦千奈津とごにょごにょな関係にあると刀子が言う男。彼の底知れぬ力に、渕は心底驚いてまだ間もない。名前は確か―――


「名は確か、デリスと言っていたね。君達と同じ黒髪の女の子も2人連れて通路に入って行ったのも覚えている。あと、メイドやらゴブリンやらもなぜか連れていたね。思わず2度見してしまったよ」


 ―――そう、デリスだ。デリス。渕は心の中で名前を浮かび上げた。


「いや、いやいやいや! それって、もしかして……」

「ふ、渕君。僕、ちょっと気になったんだけど……」

「何だ、渕も真丹も分かったのか。今回は、流石の俺も気付いちまったぜ」


 渕と真丹に続いて、今回ばかりは織田も勘付いたらしい。互いを見合い、大きく頷く。


「まさか、ダンジョンに来るような武装メイドさんを見る日がリアルに来ようとはな……!」

「お、織田君……」

「織田、君は1度転生した方がいいと思うな。主に精神面を1から」


 要は記憶をなくして赤ん坊から生まれ変われ、である。


「って、デリスの旦那かよっ! なら、悠那や千奈津の奴もいるってか!?」

「む? 彼らを知っているのかい?」


 織田の無駄話に付き合っているうちに、刀子の方で話を進めてくれていた。


「あー、知り合いっつうか、ライバルっつうか…… ま、悪い奴じゃねぇよ! アンタの娘さんの目は間違ってなかったと思うぜ? 実力も今なら絶対にある! 旦那と千奈津が一緒なら尚更だ」

「そ、そうかい。少しホッとしたよ……」


 心配そうにしていたオルトが胸を撫で下ろす。ダンジョンのトラップに引っ掛かったかもしれないこの状況で、護衛まで疑惑付きでは目も当てられなかったのだろう。オルトが考える最悪の事態は回避した。しかし、刀子達の状況は変わっていない。


「でも、どうしようか? ご令嬢と一緒に行ったのが桂城さん達なのは兎も角として、僕達には僕達の任務がある。この遺跡に現れたとかいう、新種のゴーレムを討伐した証拠を持ち帰らないと、未達成になっちゃうね。そのデリスさんと交渉するなりして、何とかゴーレムの素材を持って帰らないと」

「違う、違うぜ渕」

「え?」


 刀子が呆れ混じりに首を振り、力強く言い放った。


「俺らの目的はそんなしけたもんを持ち帰る事じゃねぇよ。とびっきりの敵を倒して、俺らが成長する事だ! 獲物を悠那が持ってるっつうなら、悠那を倒して奪うまでだろ!」

「いや、それって刀子さんが桂城さんと戦いたいだけだよね? あと、忍者の僕が言うのも何だけど、それって強盗みたいなもんだからね?」

「合意の上なら大丈夫だ! あいつ、試合とか大好きだから!」


 どうやら刀子の頭の中は悠那の事で一杯らしい。説得は不可能、クラスメイトの人となりを理解している渕は、早々に諦めた。


「友人同志の語らいなら止めはしないが、まずは娘の救出を優先してほしい。聞いての通り、ギベオン遺跡に突如現れた通路、ちょうどその壁にあった道を通って、娘達はゴーレムの討伐に向かったんだ。しかし、暫くした後で道は塞がってしまい、こちら側でどうにかしようと隠し扉やその類のものを探しても一向に見つからない。正直、このままでは手詰まりでね……」

「隠し扉、隠しスイッチか。少し、現場を捜索する必要があるみたいだね」

「……渕、何か楽しそうじゃないか?」

「気のせいだよ、気のせい」


 通路があったとされる壁の付近を調べ始める渕。口では否定しているが、とても楽しそうである。彼にとっては地道な捜査も探偵っぽいらしい。刀子も渕に続いて壁を見る。


「この壁、壊せるか試してみたのか? 通路があったんなら、蓋をした壁を破壊すりゃ開くだろ?」

「もちろん試した。だが、力自慢の部下が鋼鉄のハンマーを使ってもビクともしなくてね。見た目は他と変わらぬ石なんだが、どうもその壁だけは特別頑丈にできているようなんだ。だから、こうして他の可能性を探しているのさ」

「ふーん……」


 ペタペタと壁の手触りを確認した刀子が、ふと壁の前で腰を落とし、両腕を体の前でクロスさせて、そのまま十字を切って振り下ろした。まるで空手の挨拶を壁相手にしているようで、隣で捜査をしていた渕も刀子の行動に目を丸くする。


「と、刀子さ―――」

「せぇいっ!」


 目にも止まらぬ正拳突きが壁へと繰り出され、次いで途轍もない衝撃と轟音がフロア一帯に鳴り響いた。隣にいた渕はもちろん、辺りにいた織田や真丹、オルトと私兵もポカンと彼女を見詰めていた。


「―――押忍。よーし、今日も絶好調だぜ。悠那にリベンジするにはこれ以上ない良い日だ!」

「「「「………」」」」


 何せ壁が粉砕され、隠された通路が露わになってしまったのだ。そんな周囲の気も知らず、刀子はガッツポーズを決めながら笑顔で振り返った。

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