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第92話 本物

 ダンジョンの最奥は祭壇になっていた。何て言うのかな、寺にある仏壇とか仏像を巨大化して、全部石造りにした感じの場所だ。左右の壁には獅子の石像が並び、狛犬の如く俺達に睨みを利かしている。左右それぞれに5体ずつ、計10体。テレーゼ嬢だけでは流石にきついかな。


「わぁ。とっても大きな石像ですね!」

「私もここまで大層な石像は見た事がありませんわ…… 細部に亘って彫られていますし、庭に飾りたいですわね」

「無傷で、は難しいでしょうねぇ」


 注目すべきはハルとテレーゼが凝視する祭壇である。そこには巨大な人型の石像が鎮座して、俺達を見下ろしている。石像は西洋風の教会にでもありそうな造形だ。神話とかに出てくる偉人を模した裸体の石像ってあるだろ? あれだよ。只ならぬ気配を発して、その鋭い眼光はまるで俺達を供物か何かのように見ているようだ。


 お前、絶対動くだろ。もう分かってるよ、早く動けよ。そんな俺の願いを聞き入れてくれたのか、獅子を含めた石像達が石の擦れる音を鳴らしながら、ゆっくりと駆動し始めた。人型については座っていた時点でかなりでかいと思っていたが、立ち上がると尚更でかい。15メートル程度はあるだろうか? 巨人族より巨人だよ、このでかさ。


「さて、お嬢様方。この戦いがこのダンジョン最大の見せ場になると思いますが、我々後衛組の手伝いを必要ですか? 独力で倒せられれば、卒業祭に出場できるだけの力があると証明できると思いますが。私から学長に進言しても良いですよ?」

「当然私達だけで戦います!」

「ハルナさんに同感ですわ! 民草の為国の為、そして私自身の為にも、私はここにいるのですからっ!」

「あ、危なくなったらよろしくお願いします……」

「よし、気張っていけー」


 テレーゼを先頭に、ハルと千奈津が祭壇部屋へ進む。残った後衛組、俺やネルはゴブ男が敷いてくれたシートに座って、すっかり観戦モード。水筒のお茶まで配られるという至れり尽くせり。この接待上手め。俺の隣で茶をすする魔王様にも見習ってほしいものだ。


「デリス、あのデカブツをどう見る?」

「んー、レベル5以上レベル6以下。ただ、全盛期のゴブ男よりかは強い」

「妥当な線かしらね。それなりの相手が出てきて、漸く安堵できたわ」

「ゴブ?」

「大丈夫ですよ、ゴブオ。貴方は給仕として立派に仕事をこなしています。先輩であるリリィが保証しましょう! その代わり、バトルは任せてください!」

「ゴブゴブ」

「えへへ、そんなに褒めても何も出ませんよ~。いやぁ、本当にできた後輩ばかりでリリィ、とっても将来が不安……」

「「………」」


 ま、まあ俺達の分からぬ領域の会話はさて置き、気を取り直して。俺とネルはハル達に集中するとしよう。ハル達はゴーレムが完全に動き出す前の今のうちに、作戦を立てているようだ。


「まずは両脇のゴーレムからですけど、どうします?」

「そうですわね…… ハルナさん、チナツさん。遠距離からの魔法は使えます事? 接近される前に魔法をバンバン撃ってしまい、取り損ねた敵を私が全て受け止めますわ。私のガードに怯んだところを、更に御二人でガツン! そんなところで如何でしょうか?」

「基本に則った戦法でいく訳ですね! 私はそれで良いと思います!」

「あの大ボスはどうするの?」

「「ガツンで!」」

「あー…… うん、了解よ」


 ……今のでまとまったのか? ま、まあ千奈津なら上手い具合にハルとテレーゼに合わせてくれるだろう。師匠達は君達を信じているよ。



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 一方その頃、オルト公が布陣を敷く陣営では大騒ぎになっていた。愛娘であるテレーゼと護衛役の冒険者達が通路に向かい暫く経った後に、あろう事か通路が塞がってしまったのだ。その連絡を受けたオルト公は愕然とし、それまでそこに通路があった筈の壁をくまなく調査させた。だが、壁は壁でしかなく、秘密のスイッチを周囲から発見する事もできなかった。それでも諦めずに、オルト公は様々な可能性を模索する。この通路自体が卑劣なトラップで、テレーゼ達はその罠に掛かってしまったと考えるのが普通だろう。内部で作動した罠であれば、罠を解除する方法は外部のこのダンジョン内にあるかもしれない。オルト公はそんな淡い期待に縋り、自身も部下達に混じりながら解除の方法を探すのであった。


「は? 探索する筈だった道が塞がった? おいおい、じゃあ俺達はどうすれば良いんだよ? 折角ここまで遥々来たんだぜ?」

「そう言われてもね。それを解決する為にも、一丸となって動いているところだ。そもそも、今はここを通す事はできないよ。大方、冒険者ギルドで噂を聞きつけたんだろうが、ギベオン遺跡内は全面通行禁止中だ。邪魔になるから早く帰りなさい」

「だーかーらー! 俺達はヨーゼフ魔法宰相から派遣されたんだって! 連絡が来てる筈だろ!?」


 忙しなく動き回るのは陣営内であるが、ギベオン遺跡の入り口でも口論が行われていた。遺跡の入り口を見張るオルト公の私兵を相手に、4人組の若者達が食って掛かっていたのだ。正確には、小麦色の肌の溌剌とした少女が、であるが。その後ろでふくよかな体をした少年がどうしたものかと狼狽し、眼鏡を掛けた少年がその調子だと少女を応援している。小柄な少年は溜息をつくばかりであった。


「また直ぐにバレる嘘をつくんじゃない。王城から派遣された護衛の方々はもう来ている! お嬢様が直々にお連れしたんだ、間違いない。それ以上とやかく言うようであれば、身分詐称で捕らえるぞ!」

「この野郎……! おもしれぇ、やれるもんならやって―――」

「―――まあまあまあ、刀子さんも兵隊さんも少し落ち着きましょう。兵隊さん、僕らの言い分が納得できないのでしたら、こちらの書状を確認してください。王城のヨーゼフ魔導宰相からの手紙です。責任者の方に見せれば話が通ると伺っています」


 そう言って、小柄な少年は私兵に一通の封筒を渡した。少女よりもそれなりに話が通じそうな少年の様子に、やれやれといった風ではあるが私兵はその書状を確認する。


「予め言っておくが、下手な小細工はオルト様に通用しないからな。む、封蝋はそれらしいが…… おい、これをオルト様に。君達はちょっと待っていなさい」


 私兵の1人が手紙を持って遺跡の中へと消えて行ったのを見送り、小柄な少年、渕は刀子と織田の方へ振り向いた。


「全く、どうして君らはそう喧嘩っ早いのかな? 仮にも相手はこの辺りを治める領主管轄の兵隊なんだよ? 印象悪くしてどうするのさ?」

「いや、俺は悪くねぇだろ。本当の事を正直に話してるのに、全然聞こうとしねぇんだもん……」

「そうそう、主人公ってのはあれくらいガツンと行くもんだ! その辺、刀子は分かってる!」

「やっぱりそうか? へへっ」

「全然そうじゃないよ……」


 こんな時ばかり結託する刀子と織田に、渕は今日何度目かの溜息をつく。そんな彼に助けの手を差し伸べるように、真丹が恐る恐る口を開いた。


「で、でも、もう護衛の人達が来てるってのは、どういう事なのかな? 僕らからすれば、その人達こそ偽物だよね?」

「うん、大切なのはそこだよ。流石は真丹ソン君だ。現状、その先に来てしまった人達は領主様やそのご令嬢から信頼されていて、もう遺跡の中に入ってしまっている。更には、奥へ行った後に秘密の通路が閉じてしまった。詳細が分からないから、まだ何とも言えないけど…… 事件の匂いがするね」

「お前、それが言いたいだけだろ……」


 その後、刀子達は戻って来た私兵から許可を貰い、ギベオン遺跡へと入っていく。領主、オルト公との面会が若者達を待っていた。

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