第89話 ハイになってますの!
オルト公が構える陣営を通り、新たに発見された通路へと向かう。そして、長い長い通路を歩く、歩く、歩く――― 噂通り、馬鹿みたいに長い。だが、その間も我らのパーティの会話は晴れやかなもので。
「初撃で盾を吹き飛ばすくらいの意気込みで殴ったんですけど、まさか耐えられるとは思ってませんでした。テレーゼさん、凄いです!」
「ふふっ、それを言ったらハルナさん、貴方の華麗なる連撃も見事でしたわ。あのまま攻撃が続いていたら、流石の私も無傷では済まなかったでしょう」
「はい。それはもう、骨を砕くつもりでやろうとしてましたから」
「クスクス。ハルナさんったら、冗談もお上手です事! 私、堪らなく愉快ですわっ!」
「あはは、本気ですよー」
さっきから悠那とテレーゼ嬢はこんな感じだ。もう名前まで教えてしまっている。しかし、この意気投合しているようで、微妙に認識が食い違っている会話はどうしたもんかね。困った時は相談役の千奈津に振るのがよろしいでしょうな。千奈津、千奈津やーい。
「………」
そんなマジかよお前みたいな顔をするなって。最近この流れが君の持ち芸みたいになっているが、全ては千奈津のスキル上げを思っての事なんだぞ? 決して面倒事とか厄介事とか、便利屋扱いしている訳じゃないんだ。その辺の認識を改めるように。
「えっと…… テレーゼさん。実は、私や悠那も卒業祭の出場を目指しているんです。まだ確定している訳じゃないんですけど、もしお互いにその機会があれば、そこで決着を付けては如何でしょうか? 学院内で最大の晴れ舞台ですし、テレーゼさんとの決戦の場に相応しいと思います」
「まあ! それは素敵ですわ! そうと決まれば完膚無きまでに、ゴーレムを倒してしまいましょう! 私、今日はいつにも増してハイになってますの!」
「その意気です! 頑張りましょー!」
千奈津がこれで良いのかと視線を投げ掛けてくる。うむ、上手く纏められたじゃないか。強いて言えば、ハルと千奈津が卒業祭の枠を争うライバルみたいなもんだと宣言しちゃってたな。まあ、テレーゼ嬢は細かい事は気にしないタイプなのか、揚げ足を取る事もしなかったけど。
「デリス、戦い方は決まったの? 通路を通り過ぎる前に説明なさい」
「ああ、そうだったな。よし、お喋りはそこまで。これからゴーレム退治の際の陣形を説明する。まずはテレーゼお嬢様から」
「ふふっ、どこであろうと完璧にこなしてみせますわ!」
うん、お嬢様の適任は1つしかないからね。やれる戦法も1つだけだからね。
「……ええっと、お嬢様は皆を護る盾として、敵を引き寄せつつ最前線に立ってもらいます。最も危険な役割ですが、テレーゼお嬢様なら必ず成し遂げると、私は信じています」
「お任せあれ! 前衛は私、最も得意とするところでしてよ! 学院の実戦演習でも、必ずこの役割を任されるほどですからっ!」
うん、知ってます。
「ハルと千奈津はテレーゼお嬢様の両脇に並ぶようにして、前衛の攻撃役を頑張ってくれ。防御の殆どを任せている分、存分に暴れていいぞ」
「よーし、全力で暴れるぞー」
「一応、そこそこの節度は持って暴れて頂戴ね、悠那……」
ここもいつも通りだな。さて、残るは俺達保護者メンバー+ペット達なんだが、積極的に動いてする事はないんだよなぁ。精々が最低限の回復、周囲警戒くらいだろうか? あまり手を出し過ぎてもハル達の成長に繋がらない。
「残りの我ら3人とこのゴブリンは後衛にて支援を行います。最高の環境を整えてみせますので、テレーゼお嬢様も遠慮なく実力を発揮してください」
「ああ、何と心強い事でしょうか! デリスさん、お願い申し上げますわよ!」
はい、適当にしりとりでもやってますね。
「……っと。デリス、そろそろ大きな空間に出そうよ」
「いよいよか。どんな場所に出るのやら」
ネルの指摘通り、それから5分ほど歩き続けると通路の出口が見えてきた。通路の先には明かりが灯されている。発見者の新米冒険者達は、ここでゴーレムらしきモンスターを見たんだったか。今の所そんなものは影すら見当たらない。そのまま何事もなく、通路の出口付近まで到着してしまった。
「それでは皆さん、私が先頭を切りますから、奮って盾にしてくださいましね!」
「了解です! 積極的にテレーゼさんを盾にします!」
「間違ってはないけど、何だか噛み合わないわね、2人の会話……」
そんな千奈津のツッコミが終わったところで、テレーゼが意を決して通路から飛び出した。続いてハル、千奈津が駆ける。
「―――何もいませんわね」
通路から出た先は、石造りのシンプルな部屋だった。さっきまでいたギベオン遺跡の造りとも似ているかな。ただ、部屋を形成している石の色が若干異なる。もっとこう、人工的に着色された感じになっていた。松明が壁に設置されているから、光源の心配もないかな。そして、周囲にゴーレムの姿はない。
「ここから、また普通のダンジョンみたいな構造になってますねぇ。うへぇ、リリィ面倒臭いです」
「てっきり直ぐにボス戦かと思ってました……」
「少しばかり拍子抜けですが、油断大敵一寸先は闇、ですわ! 元々この依頼には調査も含まれていますの。倒すのが先になるか、探索するのが先になるかの違いですわ!」
となると、ここからはダンジョン探索か。取り敢えずはここから道が道が2つに分かれている。この通路みたいに狭い訳ではなく、どちらも十分な広さを備えていた。これなら、それなりに大きなゴーレムだって通れるだろうな。
「待ちなさい。その前に、どうやら歓迎してくれるみたいよ」
「「「えっ(、ですわ)?」」」
これまたネルの指摘通り、2つに分かれた道の両方から無機質な唸り声が聞こえてきた。足音がどこか重々しく、徐々にこちらへと近づいている事が分かる。やはりゴーレムは1体だけではないらしい。
「このままだと挟撃されてしまいますね。私的にはバッチ来いです!」
「ご安心を! 私、例え囲まれようと背後を刺されようと、この任を完遂しておみせしますわ! 天才は目立ってなんぼ、際立ってなんぼですから!」
「いやいや、流石に盾を構えた背後から攻撃されるのは不味いです。あまり無茶な運用をしてしまうと、私がオルト公に怒られてしまいますから」
「む、それは私の意に反しますわね」
「片方は私達が対応しますから、そちらはテレーゼお嬢様が率いる前衛組でお願いできますか?」
「お任せくださいまし!」
「良い返事です。ハルと千奈津もお嬢様を頼んだぞ。お嬢様に何かあったら、自分の首が飛ぶくらいの意気込みで頼んだぞ」
「それ、さっきの腕試しも割と危なかったんじゃ……」
「私はいつもそんな意気込みなので、大丈夫です!」
うん、知ってる。さて、ネルがそろそろ準備させろと視線で殴ってくるので、スタンバイさせるか。俺らの方は――― リリィとゴブ男に任せようかな。
「「グゥロロロロォ……」」
道の先からゴーレムが見えてきた。冒険者の話と同様、その姿形は獅子の石像そのものだ。鳴き声が重なると殆ど同じ風で、少し気持ち悪い。
「ネルはハル達の様子を見ててくれるか? 俺は一応、こっちを見守る」
「リリィがやるんでしょ? 別に必要ないんじゃないの?」
「やり過ぎないかを心配してるんだよ。俺はまだ崩れたダンジョンで生き埋めにされたくない」
「あ、ご主人様酷くないですか!?」
こんなんでも大八魔だからな、是非とも力は制御してください。