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第88話 おいでなさいませ!

 テレーゼのステータスを見た俺は、一瞬我が目を疑ってしまった。魔法使い関連のスキルが杖術しかないってのは前もって聞いている。それは良い。いや、良くはないけど今だけは良いとしよう。何だこの防御一辺倒のスキル構成は!? ステータスも尖り過ぎだろ? ハル以上に異常だぞ、これ!?


「「「………」」」

「ふふっ、驚きのあまり声も出ないようですわね。私のステータスを見た方々は一様にそのような反応をされますの。ああ、天才として生まれてしまった自分が怖いですわっ!」

「お、驚きって言うか、その…… ね、ご主人様、パス」

「ゴブ」


 俺に振るなよ! くそっ、これは完全に予想外だ。考えろ、テレーゼがこんなスキル構成にした理由を、こいつの性格を含めて!


「―――分かります、分かりましたよ、お嬢様の真意が! 我が身を以って国民を護り抜くのがテレーゼお嬢様の信条。それはパーティの仲間においても例外ではなく、仲間もまたアーデルハイトの大切な一員っ! ならば戦いの最中でもパーティの盾となり、これを護り抜くっ! テレーゼお嬢様、そうですね!?」

「まあ、まあ! 私の考えをそこまで汲み取ってくださるなんて、お父様やお母様以来の事ですわ! デリスさん、貴方は本当に素晴らしい冒険者なのですね! 我が家と専属契約なさらないかしら!」

「おおー」

「ゴブー」


 俺を盾にしやがったリリィとゴブ男からパチパチと拍手が送られるも、別に嬉しくない。


「冒険者は縛られるものではありませんので、申し訳ありませんがお断りを――― おっと、戻ってきたようですね。モンスターと一緒に」

「師匠~、お待たせしました~」

「猪っぽいモンスターがそっちに行きますので、よろしくお願いします!」


 猪…… ルインズボアか。最下層で極稀に現れる、この遺跡の中では最強の敵である。こいつを引き当てるとは、2人とも良い運を持っているな。ま、それでもレベル3なんだけど。


「お嬢様、レベル3のルインズボアが来ます。少し手強いかもしれませんが、大丈夫ですか?」

「ノープロブレム! 赤子の手をひねるようなものですわ!」


 でしょうね。このステータスなら、不意打ちされたところで傷も負いそうにない。とまあ、そうこうしているうちに興奮した様子のルインズボアが、一直線にこちらへ向かって来た。


「さ、おいでなさいませ!」

「フゴォ!」


 ズシンと大盾、否、杖を構えたテレーゼ嬢が啖呵を切った。それに反応してしまったのか、ルインズボアの標的はテレーゼにセットされたようだ。目立つし嫌でも視界に入るしで、案外盾役としては優秀なのかもしれない。その目論見通り、ルインズボアが真正面からテレーゼ嬢の盾にぶつかった。


「ふんっ!」

「フゴッ!?」


 かなりの勢いで走り抜けた、大きな猪の突進。それを受けて尚、テレーゼ嬢は1歩も怯む事なく構えている。むしろ頭からぶつかったルインズボアの方がダメージを負ってないか、あれ?


「どっ――― せいっ!」

「ガブッ……!」


 その後に繰り出したシールドバッシュによって、モンスターは一撃で倒されてしまった。ノーダメージ完封勝利、見ての通りの結果である。素晴らしい杖捌きだ。


「どうですか、皆さん! 私、お役に立てまして?」

「ええ、お見事です。テレーゼお嬢様の相手をするには、ルインズボアでは少々弱過ぎたかもしれませんね。それを踏まえまして――― ハル」

「はい?」

「ちょっとお嬢様の相手をして差し上げろ。割と本気めで」

「え、ええっ!? 良いんですかっ!?」

「デ、デリスさん、それは危ないかと。悠那、手加減なんてできませんよ?」


 ハルが爛々と食い付き、千奈津が止めようとしてきた。ああ、そうか。2人はテレーゼのステータスをまだ見ていないのか。ここまでステータスが尖っていると、今のハルがどの程度通用するのか試してみたいのが師匠ってものだ。


「千奈津、安心しろって。たぶん、ネルも大丈夫だって言うぞ?」

「え? し、師匠?」

「まあ、大丈夫でしょうね。天才らしいもの、彼女」

「え、ええー……」

「それじゃあ、本当に良いんですね? テレーゼさんとお手合わせしても良いんですねっ!?」

「手合わせっつうか、ハルがテレーゼお嬢様に1撃入れるだけかな。ハルが攻撃して、お嬢様が防御する。これだけの簡単な話だ。どうだ、やってみるか?」

「やりたいですっ!」


 ピョンピョンと大きく跳躍しながら、ハルが大いにやる気を見せている。一方のテレーゼも満更ではないようで、鼻息を荒くして盾を磨いていた。ああ、予想通り相手がやる気だったり、期待されちゃうと俄然やる気になるタイプだ、このお嬢様。


「テレーゼお嬢様もよろしいでしょうか? 学院外の者と力試しをする機会は、決して悪いものではないと思いますが……」

「ええ、ええ! 私は乞われて断る人間ではありません事よ! 当然お相手致します!」

「それは重畳。では、お嬢様が盾を構えて準備が整ったら、私の弟子が攻撃する事と致しましょう。よろしいですね?」

「承知しましたわ!」

「私もオッケーです!」


 千奈津が溜息を漏らし、ネルが少し興味ありげな様子で見守る中、両者が向かい合う。ルインズボアとの1戦通り、テレーゼは重厚な盾を前に、対するハルは素手で挑むようだ。フットワークでリズムを刻みつつ、開始の合図を待っている。


「よろしいですか?」

「よろしいですのよ! グリフォンを倒した冒険者の力、試させて頂きますわっ!」

「はい! 私も期待に添えるよう頑張ります!」

「ではでは――― 始めっ!」


 高らかに上げた腕を振り下ろし、開始の宣言をする。俺の腕が腰の高さまで来た辺りで、ハルは既にテレーゼの大盾の前にまで駆けていた。


「ふっ!」


 中段から上段に振り上げるようにして放たれたハルの拳。例の如くその拳にはグラヴィとハートハッシュが篭められ、重く動揺を誘う化物仕様になっている。オールブレイクはまだ慣れていないのか、これらと同時には使っていない。そして毒もない。だが、毒の代わりに別の魔法を詠唱していたらしい。


「―――っ!?」


 ハルの拳が衝突した瞬間、テレーゼ嬢の重厚な盾が嘘みたいに軽々と浮かび上がった。これにはテレーゼ嬢も驚いたようで、目を見開いている。


「グラヴィで盾を軽くしたのね。まあ、毒よりは効果があるかしら」

「同じ魔法を重ねてる分、制御は難しいんだけどな。使い慣れた魔法で3種同時が今の限界かね」


 俺とネルが悠長に会話している間にも、手合わせは続いている。盾が浮かび上がり、テレーゼ嬢の護りは崩された。今であれば容易に拳を叩き込む事ができるだろう。第1打の拳で護りを崩し、そのまま流れるような動作でハルは第2打を放った。が、それはピタリとテレーゼの腹部に触れる寸前で止まる。


「……ど、どうしましたの?」

「これ、1撃だけの勝負でした……! 2撃目は打てませんっ……!」


 そう、これは1発限りの勝負だ。2発目はない。ハルはルールさえ示してやれば、その範囲内で全力疾走するからな。基本良い子なので約束は絶対に守る。


「うん、これはあくまで腕試しだからな。テレーゼお嬢様、こんな事もあると思いますので、決して油断はなさらないでください」

「……ふふっ、世界は広いですのねっ! 分かりましたわ。このテレーゼ・バッテン、露程も油断しない事を約束致しますわっ! オーホッホ!」


 そしてこのお嬢様は本当にぶれない。さて、互いの力量を確認したところで、噂の通路へと向かいますか。

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