第9話 城下町ディアーナ
―――修行3日目。
ハルに魔法を教えてから1日が経過した。ゴブ男の功績もあってか懸念していた座学はスムーズに進み、武術ほどまではいかないまでも、今では初級魔法であればそこそこ連発しても大丈夫なまでにハルは成長している。このままいけば今日中には職業レベルも上がるだろう。
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桂城悠那 16歳 女 人間
職業 :魔法使いLV1
HP :115/115
MP :45/45(+5)
筋力 :22
耐久 :22
敏捷 :22
魔力 :20(+3)
知力 :9
器用 :1
幸運 :1
スキルスロット
◇格闘術LV21
◆闇魔法LV8
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うん、良い感じだ。格闘術も人知れず上がっているあたり、個人的に影で練習していたようだ。もしハルの職業が格闘家であれば、とっくにレベルアップしていたな。これが◆で表示された職業対応スキルならなぁ。
ちなみに、ハルのステータスは俺と師弟関係を結んだスキル『無冠の師弟』の力によって、いつでも閲覧できるようになっている。さらば、役目を終えた
また、このスキルにはもう1つハルに恩恵を授けるのだが、その説明は職業のレベルが上がった時にするとしよう。
「また街に出るんですか?」
「ああ、思いの外に順調だからな。予定よりも随分早いが、ハルの基礎能力はそれなりに築かれつつある。今日は趣向を変えて外での鍛錬だ」
「あ、外練ってやつですね!」
ハルの目がキラキラと輝いている。そうそう、外練外練。まあ買い出しに行った時以外は、基本的に家の周囲での鍛錬だったからな。まだ見ぬ街並み、まだ見ぬ世界に興味を持つ気持ちは少し分かる。気分は海外旅行直前の若人だろうか。
俺とハルが住むこの国、魔法王国アーデルハイトはその名の通り魔法の扱いに長けた国だ。内陸である為に魚料理にありつけられる事は滅多にないが、魔法の力を組み込んだ高性能なマジックアイテムの開発が進歩しているお蔭で、比較的他国よりかは利便性に優れている。資源もなかなかに豊富だ。大国というほどでもなく、小国と称するには大きく、王の方針までもが常に中立を貫いている平和な国。そんな国にも軍隊はあるもので、これが驚くほどに強かったりする。軍である魔法騎士団が、というよりはその団長が、の意味なんだけどな。
戦火に巻き込まれる事はなくとも、街の結界の外にはモンスターが発生する。放っておけば街道は荒らされるわ馬車は襲われるわの被害に遭う為、これを討伐する者達はいつの時代も必要だ。前述の魔法騎士団の仕事には、これらモンスターの掃除も含まれている。しかしながら、その範囲は人々の安全を確保するに集約している為、貴重な物資が収集できるダンジョンの内部やモンスターの生息区域にまでは、非常時でもない限りは及んでいない。
そこで登場するのが一攫千金を夢見る冒険者の者達だ。凶暴なモンスターが徘徊する危険エリアにわざわざ出向いて、危険を冒して懸賞金モンスターを倒し、指定された素材を集める事で生計を立てる。ここでいう冒険者という職業は正確にはないのだが、いつからか戦士や魔法使いだろうと、そのような者達を一括りにそう呼ぶようになったらしい。
彼らの仕事斡旋所であるギルドでは、まだ職業に就いていない者を対象に、適正のある職業へと決める事もできる。ここが今日の目的地の1つでもあるな。まあ、その前に行く場所もまだあるのだが。
「師匠、何で山の奥に家を建てたんですか? 不便じゃありません? 森とか殆ど獣道みたいなものですし、街に下りるだけでも1時間は歩きますよ」
いざ出発、という時にハルがそんな事を話し出した。
「人が来やすい街中だと爆発したら危ないだろ」
「それはそうですけど――― 爆発!? あの家って爆発する可能性があるんですかっ!?」
「大丈夫、起こるのは稀だ」
「全然大丈夫に聞こえないです……」
ハルが心配そうに家を見ているが、余程危険な仕事が回されない限りは安全だ。それよりも確率が高いのがあいつを怒らせた時なんだが、それは黙っておこう。
「不便だという割に、ハルは平気そうじゃないか。今でこそ慣れたようだが、カノンなんてここに初めて来た時は、疲れ果てて扉の前で倒れてしまって一大事だったぞ」
「私、山でのトレーニングに慣れてますから。このくらいは朝飯前です」
「逞しいこった。さ、行くぞ」
「はーい」
その後ハルはシャドーボクシングをしながら下山し、街に到着した頃には格闘術スキルのレベルを1つ上げていた。
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アーデルハイトの城下町、ディアーナ。王城目下の街だけあって規模が大きく、区画の整備が行き届いた美しい街並みが広がっている。特に商業区画などは行き交う人々の数がとても多く、商人の活気の良い声があちこちで響き渡る。俺はそんな場所がとても苦手だ。ああ、人ごみなんて嫌だ嫌だ。
「わあ、ここはいつも賑やかですね! 師匠、あのお店なんてお魚が売ってますよ。でも高い!」
「食材の備蓄はこの前の買い出しのやつがまだあるだろ。それよりもあっちだ、あっち」
今にも飛び出さんばかりなわんぱく小娘の首根っこを摑まえて、とある店を指し示す。
「武具店『虎髭』……?」
異世界転移の副作用でハルはこの世界の言葉を話し、文字を読む事ができるようになっている。店の看板もほれこの通り。できなきゃ本も読めないし、そもそも会話もままならないので今更ではあるけどな。
「あの店は冒険者用の武器や防具を販売しているんだ。まずはハルの衣服や装備を見繕う。いつまでもその服じゃ不便だろ?」
「えへへ、動きやすくはあるんですけどね……」
現段階でハルの持つ服は自前のジャージが1着に、城から支給されたらしい見栄えの良い服が1着、そして動きやすい運動用のものが2着だけだ。鍛錬は毎日ある為、汚れる度に洗っては乾かし洗っては乾かし、騙し騙しここ数日は使ってはいたが、流石になあ。
「ここは師匠一押しのお店なんですか?」
「ああ、売り物はどれも一流品で頼めばオーダーメイドもやってくれる。何よりも店主が頑固者だからか、この辺りじゃ閑古鳥が鳴いていて入りやすい店なんだ。レベル5の鍛冶職人が商う防具店で、ここまでの穴場はそうそうないぞ」
「師匠、間違ってもお店の中でそれは話さないでくださいね」
「大丈夫だって」
―――カランカラン。
ハルに構わず店を扉を開くと、ドアベルが可愛らしい音を鳴らしてくれた。店内には無造作に剣や鎧などが所狭しと飾られ、中には大樽へ無造作に入れられた武器もチラホラと見受けられる。何というかもう、商品で埋もれているような狭さだ。店のカウンターまでの道のりも狭い。少しは整理しておけと。
「いらっしゃいませー、ってデリスの旦那やん。ガンの親方に用事かいな?」
カウンター越しにエセ関西弁で出迎えてくれたのは、看板娘のアニータだ。子供の頃は標準語だった癖に、商人になった途端に喋り方を変えた変人である。
「それもあるが、幾つかこいつ用の衣服を―――」
「わー、すっごい量の武具ですね! これ、全部本物ですか?」
「本物だから迂闊に触るなよ? 絶妙なバランスで積み上がってるから、下手すれば崩れる」
「あはは、気を付けます」
「ったく。で、アニータ」
「………」
「アニータ?」
「……デリスの旦那が女を連れ込んだぁー!? これは事件やぁ、事件やでぇ!」
―――おい。