第85話 よくってよ!
討伐に参加する旨を屋敷の使用人に伝える。それから客間でテレーゼを待っていると、ほどなくして優雅とは程遠い足音を立てながら、再び扉を壊さんばかりの勢いで彼女が入室して来た。
「お待たせしましたわねっ!」
「いえ、そこまで待ってないです」
ついさっきまで紅茶を飲んでいたのか、テレーゼはカップを持ったまま登場した。そして、今になって優雅に紅茶を一口。香りまで楽しんでいらっしゃる。
「唐突な私の提案に、この即断即決の早さ! 私、感極まって無意識の内に足を動かしておりましたのっ! ならば私も更に素早く歓迎しなくては! 私の体を構成する自負心が、そう判断したのかもしれませんね! オーホッホ!」
テレーゼの高笑いが部屋に響き割った。
「ご主人様、リリィこの方少し苦手かもです」
「できるメイドは無駄口叩かない」
「しーん……」
俺の背後でお口にチャックをするリリィは置いておこう。まずは状況把握、これ大事。
「それでテレーゼお嬢様、ゴーレム討伐はどのように行うおつもりで? 我々はそのような話は初耳でしたので、いまいち状況を把握できていないのです」
表向き、俺達は何も知らずにやって来た流れの冒険者である。遺跡に凶悪なゴーレムがいるなんて知らないし、たまたま見つけてしまっても間違って倒してしまうだけの存在だ。ここまで来てしまったら、とことん情報共有しておく。
「冒険者ギルドでも知り得ない情報ですもの、当然ですわね。ギベオン遺跡をメインに探索を行っていた冒険者パーティ、彼らが見慣れぬ道を見つけたのが事の発端でした。彼の遺跡は3層のフロアから構成されておりまして、下へ下るほどにモンスターが強くなりますの。とは申しましても、ゴブリンがゴブリンリーダーになる程度の違いですけれども」
「その辺りは我々も存じております。最下層が3層までの、比較的浅い新人向けのダンジョン。学院の生徒さん達も、よく利用されているとか」
「その通りです。ええと――― そういえば、お名前をお伺いしておりませんでしたね?」
「デリスです。すみませんが、他の者は身分を隠したい者もいますので…… パーティを代表して私がお話をお伺いします」
「……冒険者の方は色々あるでしょうからね。過去の詮索はタブー! 良いでしょう! デリスさん、よろしくお願いしましてよ!」
「あ、はい。よろしくお願いします。それで、お話の続きですが―――」
テレーゼの話を纏めると、こうだ。先の冒険者達が見慣れぬ道を発見、不審に思いながらもその道を探索し始めたそうだ。道が幻ではないかという半信半疑な好奇心、未知の宝があるかもしれないという冒険心が、彼らをそうさせた。不思議な事にその道ではダンジョンでよく発生するモンスター、大蝙蝠や遺跡鼠は全く現れなかった。
安全に進められるのに越した事はないが、あまりに何もないと逆に危険である。新人だからこそ、彼らは冒険者達が暗黙の掟とする言葉を重要視していた。足を1歩踏み込む毎に一層警戒を、より慎重に行動する。そして、そんな彼らの石橋を叩いて渡るような用心深さは功を奏した。
『グゥロロロロォ……』
暫く歩いた先にあった開けた空間。壁に遮られて姿こそ見えないが、その大部屋で灯されているであろう炎の光を受けて揺らめく影が、そこにあった。同時に、獰猛な獅子が喉奥から鳴らすような唸り声が聞こえる。生物のようだが、どこか無機質にも聞こえるおかしな声だった。ここで仲間の1人が戻ろうと提案。パーティの過半数がその意見に賛成した正に時、部屋の方から視線を感じた。
冒険者達は皆、息を呑んだという。唸り声からの想像通り、モンスターの正体は獅子。但し、ゴーレムがその姿を模したものだったのだ。その凶悪な外見を目にしただけで、冒険者達は一目散に逃げ出したという。幸いな事にゴーレムのサイズが通路の横幅以上で、そこからモンスターが追ってくる事はなかった。以降その通路はもちろんの事、ギベオン遺跡には規制が敷かれている。
「その通路からゴーレムが出て来る心配はないと思いますが、ゴーレムが獅子型のものだけとは限りません。ひょっとしたら人型だっているかもしれませんし、全てのゴーレムがあの通路を通れないという保障はないのです。そして、この街の冒険者は若手が中心。レベル的に不向きでして、領主であるお父様にこのお話が回ってきましたの。お分かりになりまして?」
「ええ、理解致しました。詰まり、1体の獅子型ゴーレムを倒せば無事解決、という訳ではなく、その上で未探索エリアを確認し、不確定要素を排除するまでが仕事なんですね?」
「察しが良くて助かりますわ。もちろん、モンスターの数と質によって報酬にも色を付けますわ。具体的にはこの程度を想定してまして―――」
テレーゼと物陰に向かい、こそこそと交渉開始。獅子型ゴーレム1体につき、大よそ灰コボルトボスを倒すのと同額ほどの報酬額が提示された。それにプラスして緊急の依頼、未踏ダンジョンの探査としての特別手当も付け加えるという。ご丁寧にパーティ人数分の分配まで考慮されていた。ギルドで取引きした報酬よりも大分良い条件である。
「良いでしょう!」
「交渉成立、ですわね!」
彼女と握手を交わして皆のもとへ帰還。お金持ちのお嬢様は気前が良くて、おじさん嬉しい。
「ちなみに、オルト公は今どちらへ?」
「お父様なら、自ら私兵を率いて遺跡内の警備に当たっておりますわ」
何だ、領主様もギベオン遺跡に向かっていたのか。どっちにしたって、ダンジョンに入るのも難しかったって寸法だったのか。
「私の方からお父様にお話ししておきますから、細事の心配はなさらないで結構です。それで、討伐に向かう日時なのですが、私としてはできるだけ早い段階で行ければ好ましいのですが……」
「それこそ、我々は今日でも行けますよ。どこかのダンジョンで一稼ぎする予定でしたから」
「まあ、素晴らしいですわ! 思い立ったが吉日! 冒険者の行動力の早さは本物でしたのね! これが学院でしたら、予算の計上から班分け下準備下調べと、くっそ面倒な手順を踏まなくてはならなくって――― デリスさん、とてもよくってよ!」
グッと力強い握り拳を前に出され、なぜか絶賛されてしまった。生徒会長は苦労なさっているらしい。
「ああ、そうだ。最後に確認しますが、ゴーレムとの戦い方については我々に任せて頂いても?」
「こちらからとやかく言うつもりはありませんので、自由になさって結構ですわ。但し、私は私の戦い方でやらせて頂きます。バッテン家の名誉にかけて!」
む、ここにきて最後の一文が物凄く不穏。学院に通うって事は、テレーゼの職業は魔法使いだ。普通に考えれば後方支援が主となる役割、よっぽどじゃない限りは何とかするが…… 俺達の中で唯一彼女を知るネルに、大丈夫なのかと一応目配せで確認。ネルの姉御、この子大丈夫なんすかねぇ?
「邪魔にはならないわ」
邪魔には、ならない…… 大丈夫だな! 姉御が言うなら間違いない!