第84話 ですわ!
扉をぶち破って現れたのは、金髪縦ロールの如何にもなご令嬢だった。強気な視線、迸る金持ちオーラ、ですわ口調――― もう嫌な予感しかしない。
「師匠、まずはこのハンカチで汚れを、ってこれ千奈津ちゃんから借りたハンカチだ!」
「いいからそれで拭いてあげて。私は構わないから」
「す、すまん……」
一旦冷静になろう。さっきのは聞き間違えだろうか? 俺の耳にテレーゼ・バッテンとかいう自称天才の名前が聞こえてきたんだが。ああ、そうだろう。何かの勘違いだ。メイ夫人にはネルが念押しして話を広めないよう忠告していたのだ。いくら何でも、こんな短時間の間に娘に話してしまう訳がないだろう。というか、娘はギベオン遺跡に向かった筈だ。
「申し遅れましたわ! 私の名はテレーゼ・バッテン! この地を治める誇り高き領主、オルト・バッテンの一人娘にして次期領主でございますのっ! 母から話は伺いました。とてもとても、とっても腕の立つ冒険者をお連れになったとっ! 時間は取りませんの、私の相談をお受けになってくださらない?」
望みが即座に断たれた。何という事か、俺はメイ夫人を侮っていたのか? まさか、ネルの圧力を受けた上で反抗してくるとは思ってもいなかった。しかも、問題の愛娘に話すなんて。ネルはあの時ちゃんと忠告したじゃないか。
『今、プライベート中なの。できれば、あまり私の事には触れないでもらえると嬉しいわ。部下にも、オルト公にも』
そう、部下にもオルト公に話すな触れるなと…… ん? 部下にも、オルト公にも? おいおい、もしや娘はその範疇に含まれていないからオッケー! とか、そういう理由じゃないよな? いくら若干ポワポワした感じだったとしても、それくらい察してくれるもんだよな?
「いや、オルト公共々メイ夫人も親馬鹿だとすれば、無理矢理そう解釈してしまうかも……? って、急に眼鏡をかけてどうした、ネル?」
「変装よ、変装。テレーゼとは前に会った事があると言ったでしょ。正体が明かされると面倒なのよ。今の話だと、私の名前までは出していない可能性があるわ。この変装で切り抜けれるかも」
「それは無理があるだろ……」
「何をぶつくさ仰られておりますの? あら? そちらの眼鏡の方―――」
ほら、やっぱり無理だって。ネルほど目立つ存在なら、絶対忘れないって。
「―――その眼鏡、クワイテット魔具店の限定モデル、魔力透視の眼鏡ですわね! 1度きりの使い捨て魔具でありながら、その洗練された一世代先を行くデザインで人気を博し、そのままお洒落眼鏡としての価値を高めた! あの!!! 貴族でさえ入手困難ですのに、やりますわねっ!」
マジかよ。心の中でもう1度、声を大にして叫ぼう――― マジなのかっ!?
「……そ、そうよ。よく分かったわね」
「……そうなん?」
「出掛ける時に、ムーノが餞別にってくれたものだから、そこまでは……」
ムーノ君、やはりやり手であったか。そしてこのお嬢様、どことなくムーノ君と同じ空気を感じる。これは色んな意味で大物だ。ネルがなかなか面白いと言った意味が分かった気がする。
「ああ、やはり! 私の目に狂いはありませんでしたわっ! オーホッホ!」
うわぁ…… 生でお嬢様笑いとか、この世界でも初めて聞いた…… ハルと千奈津も、生お嬢様笑いに色々と感動している。
「お、お嬢様の審美眼は本物なのですね。我々、(割と本気で)驚かされました」
「そうでしょうそうでしょう! 貴方達の姿を見れば、それもよく分かりますわっ! 私、これでも学院一の天才ですもの!」
「左様でございますか。流石は(自称)天才生徒は違いますな。それで、お嬢様のご相談とは一体……?」
出会ってしまったものは仕方がない。テレーゼがギベオン遺跡でゴーレムを倒すという情報を得なければ、これから俺達が誤って倒してしまっても、まだギリギリセーフな筈だ。何1つ不自然な点はない。しかし、なぜか嫌な予感がする。
「近頃、ギベオン遺跡で異常に強いゴーレムが発見されましたの。あのダンジョンは我が校の生徒を始め、駆け出しの冒険者達が集う大切な場所。この領地を治めるオルトの娘として、民草が苦しむ様を見過ごす事はできませんっ! そこで、栄光あるアーデルハイトの未来を切り開く為にも、私自身がゴーレムを討伐する事に致しましたの!」
「……そ、そうですか。立派な志ですね」
希望は断たれた。報酬金独占の望みも断たれた……
「まあ、そのような顔をなさらないで! 不安なのは分かります! ですが、ご安心なさいませ。それまでの期間中、無用な犠牲を出さない為の策は既に打っております! ゴーレムを討伐しようとする無謀な輩を護る為にも、お父様にお願いして依頼情報は規制していますし、遺跡周辺も適当な理由を並べて進入禁止に! ゴーレムの発見以来、犠牲者は出ておりませんのっ!」
「ほ、ほう……」
んん? ジョル爺の話ではオルト公が暴走している感じだったけど、テレーゼの説明を聞く限りでは割とまともな対応をしているような感じがする。自らが討伐に向かう、の部分を除いてだが。
「本来であれば、お母様がディアーナから帰って来る際に連れた護衛を率いて、ダンジョンに向かう予定だったのです。ですが、不幸な事故によって護衛は半壊してしまいました。いくら私が天才といっても、ゴーレムを相手に驕っている訳ではありません。決戦の前に、可能な限り戦力を整えたいのです。聞けば、皆様は護衛の者達よりも腕が立つとの事。お母様よりこの話を聞いた際、これは天啓であると神に感謝しましたわっ! 是非とも、私と共にゴーレム討伐に向かって頂けません事?」
「……少し、仲間と相談しても?」
「もちろん構いませんわっ! 無理強いもしませんから、ご自由になさって。ああ、でも仮にご協力願えるのであれば、報酬は期待してもよろしくてよ? 私のポケットマネーから、大胆にお出ししますからっ!」
「ありがとうございます。ええと―――」
「―――おっと、申し訳ありません。私がいては相談の邪魔になりますわね! 私室で優雅に本でも読んでいますから、決まりましたら外に控える使用人に声を掛けてくださいな。それでは、良い返事を期待しておりますわっ! オーホッホ!」
―――バターン!
「「「「………」」」」
何と言うか、嵐が去って行った。
「性格は強烈だったけど、思っていたより思考はちゃんとしていたな」
「あれでも、生徒会長を任される程度には信頼されているもの。ただ、魔法使いとしての能力に問題があってね。良い意味でも、悪い意味でも…… まあ、それは一緒に行けば分かるんじゃない?」
ネルはテレーゼに同行するのに賛成のようだ。確かに、こうなってしまってはテレーゼを直接支援して助けた方が手っ取り早い。報酬だって相応を約束してもらえるのであれば、テレーゼを護りながらゴーレムを安全に討伐する事が可能だ。テレーゼに止めを刺させる、くらいの制約は加えられてしまうかもしれないが、それも許容範囲ではあるだろう。
「同行するとすれば、ハルと千奈津。2人に表立って戦ってもらう事になるな。立場上、俺らはあまり力を見せたくないから、支援は最低限だ。もちろん、リリィもな。お前らはそれでもいいか?」
「もとからそのつもりだったじゃないですか。私は賛成です」
「こんな状況になってしまっては、それ以外の選択肢はないと思います。私も同意見です」
皆が頷く。こうして、俺達はテレーゼのゴーレム討伐に同行する事になったのだ。