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第83話 恥ずかしさを乗り越えて

 向かうにしても準備はいる。具体的に言えば、夫人の乗る馬車を修理しなくてはならない。幸い、護衛の中にその技能を持った奴が生き残っていたのもあって、応急処置をすれば隣町程度であれば走れるようになるそうだ。ただ、馬がいない。馬車が横転した際に逃げてしまったそうだ。


「あ、私が引きます!」

「「「いやいやいやいや……」」」


 元気に馬役を立候補したハルに、皆々様が手を振って止めようとしている。


「皆さん、大丈夫ですよ。ハルならそれくらいの事は可能です」

「そんな事を言ってもね、こんな小さな娘に馬車を引かせるのは……」

「心配いりません。この千奈津も一緒に引きますから」

「何となく予想はしてました」


 モンスターのいない舗装された安全な道のりを、ただ進むだけでは味気ない。せめて、これくらいの重りは付けてもらわないと。反対する冒険者達を口八丁で丸め込み、ハル達の馬役を確定させる。後は馬車が直るのを待つだけだ。


「グリフォンは脂肪が厚いからな。ナイフはよく研いでから使え。飾りに使われる羽毛は血で汚れると価値が落ちるから、翼は先に解体しておくように」

「このくらいの大きさだと、牛を解体するみたいでドキドキしますね!」

「解体した事ないでしょうが…… えっ? ないわよね、悠那?」

「はぁー。グリフォンなんて俺らもバラした事ないからな。勉強になるぜ」


 修理を待つ時間、何もしないのは勿体ない。おっと、こんなところにちょうどよくグリフォンの死体が! という訳で、待ち時間の間にハルと千奈津に(ついでに冒険者も)解体方法を学ばせる。保管機能付きのバッグに入れば持ち込みでギルドに任せる事もできるが、自力でやった方が最終的な利益は良かったりするのだ。持ち込みになってしまうと、素材の買い取りが解体費用を差し引ての報酬になるからだ。それに、ギルドの支部によっては持ち込みを歓迎しないところもある。グールとかゾンビが多い地域は特にそうだ。何と言っても、臭いがね……


「お嬢ちゃん、本当にうめぇな」

「いえ、まだまだです!」


 ハルは解体スキルを欲しがっていたが、別にスキルなんて会得しなくても技術を向上させる事はできる。スキルはあくまで補助的なもので、地力が一級品であれば、それは相当のスキルに匹敵するのだ。見た限り、ハルは器用にもグリフォンを解体してくれている。正しい知識、正しい方法を覚えてくれれば問題はないだろう。


「うう、生臭い……」


 千奈津は、まあ、うん。これが普通の女子高生の反応だろう。生魚を調理するとは訳が違うからな。ハルの言葉を借りると、狩猟ナイフ1本で牛を解体するようなもの。そう考えれば、嫌々ながらも千奈津は頑張っている方だ。


「デリス、肉が焼けたわよ! はい!」

「う、嘘っ。ネルの焼いた肉が美味しい、ですって……!?」


 こっちはこっちで、勝手に切り取ったグリフォンの肉で調理をし始めている。なぜかやる気を出したネルが焼き、リリィがショックを受けながらも食べていた。出来上がった料理をネルから受け取った俺は、血生臭い解体現場でそれを口にしつつ、ハルと千奈津の指導を続けるのであった。



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 出発から数時間後、俺達はジーニアスの街に到着した。この街にはアーデルハイト魔法学院がある為、書物や学問に関する店が多いのが特徴だ。アーデルハイトの国の中でも城下町ディアーナに次ぐ規模の大きさを誇り、次世代を担う若者達が集った希望の街、といったところか。付近のモンスターも雑魚が多いので、冒険者もレベルの低い新人が多い。


「あれ、学生さんでしょうか?」


 街に入り夫人の屋敷を目指していると、ハルが道を歩く3人の少女達を見つけた。年齢的にはハルや千奈津と同じくらいか、少し下といったところか。あちらは馬車を引くハル達に驚いている。見世物じゃないよ、鍛錬なんだよ!


「学院の制服を着ているから、そうだろうな」

「へ~、可愛い制服ですね」

「はっはっは、安心しろ。お前と千奈津も後々着る事になるから」

「「えっ?」」


 卒業祭になれば、本来の生徒でなくとも一時的に卒業生となるのだ。もちろん、卒業祭では制服を着て出場してもらう事になる。卒業するにはちょうど良い歳頃だし、コスプレみたいな違和感は全然しないだろう。


「できれば、今年の天才も確認しておきたいわね」

「自称天才じゃなくてか?」


 周りに聞こえないように、こっそりとネルに耳打ち。自称天才の方のお母さんと、その従者の近くだし、一応な。


「本物の方よ。担当の教員によれば、神童だとか言ってたわ。ま、話半分に聞いてたから、あまり期待はしてないけど。所詮、見られれば良いな程度の話よ」


 ネルは騎士団に入団する際の試験官もやってるからなぁ。毎年毎年学院に赴いては、良質な人材はいないかと探している。ネルが団長になってからは選抜が特に厳しくなったそうで、ほんの一握りの者達しか騎士にはなれない。無能と判断されれば、どんな貴族の嫡子だろうと落とすからな。報復しようにも、相手はあの殲姫だ。賄賂なんて以ての外、直々に国王の耳へと通報されてしまう。泣き寝入りとはまた違うと思うけど、貴族程度の権力ではネルという圧倒的武力をどうする事もできないのだ。ネルとしては邪魔者を排除しているだけだろうが、周囲からは超難関ながらも公正公平な試験と予想外に好評である。


「こちらがオルト公のお屋敷です。本当に馬車を引き切ってしまいましたね……」

「あの、やはり私も馬車を降りた方が良かったのでは? 重くありませんでした?」

「大丈夫です。逆に軽過ぎたくらいでしたよ。ねっ、千奈津ちゃん?」

「道中よりも、街中がきつかったです……」


 街に入ってからというもの、千奈津は分かりやすいくらいに赤面して、俯きながら馬車を引いていた。いつの世も好奇の目は珍しいものに集まり、注目される。これもそう、一種の鍛錬よ。 ……いや、正直すまなかった。街に入ってからの事までは考えてなかった。


「冒険者の方々も助かりました。また護衛の依頼が出た際は、是非とも参加をお願いします」

「俺らは何もしてねぇもんなんだがな…… ま、依頼完遂のサインは確かに頂いたぜ? お嬢ちゃん達、お師匠さん方も達者でな!」

「さようならー!」


 冒険者の3人はここで依頼完了のようで、この街のギルドへと向かって行った。これから報酬を受け取り、酒盛りでもするんだろう。怪我をしていた冒険者も途中からすっかり元気になって、馬車を陰ながら押していたくらいだった。もしかすれば、帰りが一緒になったりしてな。


「まずは中でゆっくりと旅の疲れを癒してください。さ、客間にお通しして?」

「承知しました。それでは皆様、こちらへ」


 屋敷の中でメイ夫人と一旦別れ、俺達は客間へと通された。ふう、一先ずは落ち着けるかな? 出された紅茶を優雅に味わう。


 ―――バタァーン!


 そして客間の扉が唐突に、猛烈な勢いで開かれた。


「テレーゼ・バッテン、推参ですわ! こちらに実力派の冒険者がいると聞きましたの! 本当でしてっ!?」


 俺は紅茶を噴いた。

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