第81話 ありきたりな出来事
城下町ディアーナの東門。模擬戦にて満足のいく結果を残す事ができた俺達は、家で皿洗いをしていたゴブ男と合流して、この待ち合わせ場所に来ていた。朝の仕事をし始める時間帯だ。商人達が馬車に商品を載せて街を出発したり、冒険者達が今日の稼ぎに出掛け行く姿が見受けられる。邪魔にならぬよう門の端っこにて待ってはいるが、メイド姿のリリィを見ているのか、はたまた赤色の肌を持つゴブ男を珍しく思っているのか、チラチラと視線を感じてしまう。この場にネルがいたらもっと酷かっただろうな。あいつ、良い意味でも悪い意味でも目立つから。
「今、変な事を考えていなかった? デリス?」
それでいて、野生の勘も持ち合わせているから手に負えない。約束の時間きっかり、ネルと千奈津が軽鎧姿でやって来た。
「いや、今日もネル団長は美しいなって。おはようさん」
「な、何よそれ…… おはよう。さ、出発するわよ」
腕を組みながら早足にズンズンと先に行ってしまうネル。まだ進むルートも説明していないと言うに……
「千奈津ちゃん、おはよー!」
「おはよう、悠那。その、大丈夫だった?」
「何が?」
ネルから何かを吹き込まれたのか、千奈津がリリィの方をチラッと見ながら心配そうに声を掛けた。一方のリリィは未だ感動が治まらないようで、直立不動のまま喜びを噛み締めている。
「うん、やっぱりちょっと不安かもしれないな……」
「ゴブ?」
昨日購入した剣を背負ったゴブ男(兜・籠手装備済み)に意味もなく語り掛ける。最近さ、分かった事があるんだ。ゴブ男、結構癒される。
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街を出発して数時間が経過した。アーデルハイト魔法学院を目指す我々の前進スピードはかなりハイペースなもので、もう想定していた経路の半分ほどに到達していた。このまま進めば、夕方前には学院に到着する事ができるだろう。
「あの、デリスさん。何でこんな獣道ばかりを通るんですか? 少し逸れれば、横に街を繋ぐ街道がありますけど……」
「千奈津、よく考えてみろ。普通に街道を進んだって鍛錬にならないだろう? たまにモンスターが出たり足場の悪い道を走った方が鍛錬にもなるんだよ。ハルを見てみろ。あいつなんて自らリリィを背負いだした」
先導する俺の背後を走るハルを見てみろと、指を指し示す。
「リリィ先輩、苦しくないですか?」
「ううん、大丈夫。ハルちゃん走ってる最中も軸がしっかりしてるから、殆ど揺れないし。リリィとっても快適♪」
「……な?」
「……はい」
これに加えて、以前のキャッチボールを織り交ぜたいのが本音である。ま、一般の方々が通る街道も近いし、これを喋ったらネルが乗り気になってしまうので口にはしない。そうなってしまえば、ネルの相手は俺がしなくちゃならなくなるもんな。リリィにさせたらマジで殺しにかかるだろうし。
「―――あら?」
ふと、ネルが目を細めて遠くを見た。
「モンスターか何かを見つけたのか?」
「ええ、モンスターには違いないのだけれど…… 街道を走る馬車が襲われているわね。馬に乗った護衛が何人かで応戦してる」
「大丈夫そうか?」
「相手は大型のグリフォンよ? レベル4クラスのモンスターを相手に、数人の護衛程度が勝てると思う?」
「そこいらの雇われ冒険者なら、難しいところだな」
普通、城下町ディアーナと魔法学院を繋ぐ安全な筈の街道に、グリフォンなんて凶暴なモンスターは現れない。生息地から偶然離れてしまったはぐれグリフォンか、もしくは何者かに
「喜べ、弟子達! 退屈な鍛錬にお客さんが乱入してくれたぞ! ハル、千奈津! リリィを置いてちょっと遊んで来いっ!」
「普通に戦ったら10割方勝てるでしょうから、魔法の使用は禁止しましょうか。但し、護衛などの怪我人に対して使うのは許可するわ。さ、行きなさい!」
「「了解です!」」
嫌がるリリィを地面に置いて、ハルと千奈津が風となる。保護者として俺とネルもその後を追い、採点開始。救出する相手によっては謝礼も貰えるだろうし、これを助けない訳がない。
「待って、待ってください! 私、インドア派なんですよー!」
そう言いながら、リリィもゴブ男を背負って立派に付いて来ている。兜とか剣とかで、結構な重さになってると思うんだけどな、ゴブ男。そうこうしているうちに、目標のグリフォンと馬車が見えて来た。おっと、追い付かれたのか馬車が横転してる。
「発見しました! 護衛が全員で9名、うち戦闘不能が3名、怪我人もいるようです!」
「あの馬車、車輪を壊されてるわね。早く助けないと……!」
ハルと千奈津がギアを更に上げる。最高速で一気に詰める気だ。獣道を抜ければ、後は走り抜けるに最適な平野と街道に出るのみ。2人のスピードは輪をかけて速くなった。
「くっ! リチャード、生きてるか!?」
「俺はまだ生きてるが、3人やられてハンスも重傷だ! こいつは本格的にやべぇぜ! つか、何でグリフォンがこんなところにいるんだよっ!」
「そいつは俺も聞きてぇな。ったく、護衛付きの御婦人を送り届けるだけの簡単な仕事だった筈なのによ!」
「クゥルルルル……!」
見たところ、冒険者らしき男が2人で踏ん張っているようだ。その後ろで仰向けに倒れている奴もお仲間か。その後方で馬車を護るようにして取り囲む3人と、血溜まりを作りながら地面に伏している3人は、お揃いの装備からして正式な護衛なのだろう。最後の3人は残念だが手遅れかな。グリフォンの鋭利な爪で引き裂かれたのか、腹部から色々出てしまっている。
「逃げ出したいところだが、こいつの血走った眼…… 絶対に追い掛けて来るよなぁ」
「ハンスを置いてはいけないだろ。おまけに違約金を払える金もねぇ! この歳で指名手配はお断りだぜ?」
「高額報酬に目が眩んだ報い、って危ねぇ!」
先頭に立つ冒険者が、紙一重でグリフォンの攻撃を躱す。戦闘中にああやって会話しているのは、一見無防備にも見える。だが相手が格上のモンスターともなれば、ああやって気を紛れさせないとやっていけなくなる場合もある。恐怖を仲間との会話で麻痺させているといえばいいかな。冒険者なりの知恵なのだ。
「失礼っ!」
「しますっ!」
攻撃を躱した冒険者が1歩下がった瞬間、ハルと千奈津の攻撃がグリフォンに炸裂した。グリフォンの死角となる頭上からの、脳天割り黒杖アタック。そして翼を引き裂く刀の斬撃だ。
「グゥルッ……!?」
頭部に食らった衝撃に耐え切れず、グリフォンはそのまま頭を地面に叩き付けられる。雄々しい翼も千奈津に切断されてしまったので、いくら羽ばたこうとも空を飛ぶ事はできない。突然の出来事に、冒険者や護衛の者達はポカンとその光景を眺めるばかりであった。
「せー…… のっ!」
ギリギリとハルの全身を使った首絞めが、混乱の最中にいるグリフォンを襲う。ここまで来る道中で、リリィから関節技について口頭でご教授されていたからな。早く試したくてうずうずしていたのかもしれない。
「グ…… ッ……!」
暴れようとする四肢も、その間に千奈津がぶった斬っている。傷口から大量の血液が流れ、脳へと届く筈の血流が塞がれる。やがてグリフォンはピクリとも動かなくなり、それから少しして、周囲から歓声が鳴り響いた。