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第77話 推理

 アーデルハイトの王城、ヨーゼフの客将達に割り当てらえたフロアの一角にて。魔法騎士団本部から止むを得ず追い払われた織田ら3人組は、あれから特に行く当てもなかったので、自室に戻り作戦を練る事にした。


「一体何が悪かったんだ? 俺の行動に不審なところはなかった筈なのに……」

「いやいや、ないどころか織田は不審だらけだったよ。命があっただけ喜ばないと」

「う、うん。僕も、もう騎士団のところには近付きたくないな。絶対に目を付けられたよ……」

ふち真丹まにもそんなに弱気になってどうするんだ! 折角、前の世界では成し得なかった勇者の力を手に入れたんだぞ!? もっと有効活用して、もっと積極的にやって――― 第2の人生を楽しまないとっ!」


 眼鏡を掛けた痩せ型の少年、織田は2人の友人に熱弁する。今までの自分は何事にも受け身だった。だから、興味を持ってもらえない。好意を持ってもらえない。しかし、自分に自信を持てなかったあの頃に比べて、今なら英雄と呼ばれるほどの力を自分は備えている。それならば、恥ずかしがるべきではない。むしろ、もっと能動的に人と関わるべきだ。それが彼の持論なのだ。


「うん、その意見については僕も賛成だよ? 人とのコミュニケーションは、人生になくてはならないものだ」

「くっ! ずっと前から行動的なオタクだった渕は、俺と比べて随分と余裕じゃないか……」

「こればっかりは性分だからね。あ、いや、僕が言いたいのはそっちじゃなくて。えっと、これは僕の予想の段階なんだけど……」


 小柄で中性的な少年、渕は自身の顎に軽く手を当て、考え込むような仕草をした。これは渕の悪い癖で、彼が好むミステリー小説の探偵が、物語の終盤にかけてこのポーズを取りながら謎を解いていくのを憧れ、幼少の頃から真似をしていたのが癖となってしまったものなのだ。憧れの探偵と同じく、この姿勢になった渕はなかなか核心の話をしてくれない。


 ミステリーは巻末から読み、さっさと真実を知りたい派である織田は、そんな渕の弁舌に付き合いたくないので、話す内容は必要最小限にするよう催促するのがお決まりとなっていた。


「よ、予想?」

「何だよ、もったいぶらないで簡潔に・・・! 教えてくれよ」

「ええっ、暇してるのに?」

「暇だったとしてもだ。お前、黙って聞いていれば終わりが全く見えてこないんだよ。だから簡潔に!」

「もう、仕方ないなぁ…… さっきも言った通り、これはまだ僕の予測の段階でしかないんだけどさ、僕達の力って、実はそんなに凄くないんじゃないかなって」

「ええっ!?」

「ハァッ!?」


 その反応も予想していたよ。と、織田と真丹の大袈裟な反応に渕は満足そうに頷く。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! でも、ヨーゼフさんは俺らには特別な力があるって―――」

「織田、君さ…… そういう系のゲームやら漫画やら小説やらを大量にやってるのに、召喚した側に騙される奴は知らないの?」

「うっ…… お、俺は無双するのが好きだし……」


 渕はこれまた大袈裟に溜息をついて見せる。勿論、演技である。織田の趣味趣向は聞く以前に把握しているし、純朴な真丹に関しては純粋にヨーゼフを信じていると分かっていたのだ。


「さっきの騎士の人達を観察してたんだけどさ、精鋭の騎士だと、たぶん僕達と同じくらい強いよ? 騎士団長さんに関しては天と地の差、正に月とスッポン。織田、悪い事は言わないから彼女は諦めなよ」

「そ、そんな…… だって俺、レベル4の戦士なんだぞ!? 歴戦の勇者だって、ヨーゼフさんが……!」

「いや、だからそう思わせる為に踊らされてるだけだって。レベル4でそれなら、この世界は勇者だらけになっちゃうよ。ま、そういう訳だから、レベル5で今1番調子に乗っちゃってる塔江とうえ君や、クラスの中で1番強いであろう水掘みずほりさんも、世界的には別に最強でも何でもないんだ。だって、騎士団長さんの方が全然強いんだもん」

「な、なん、だと……!?」

「あくまで僕の予想の範疇での話だけどね?」


 最後にそう渕が補足するも、織田は信じられないといった様子だ。口を開けっ放しで放心してしまっている。


「え、えっと、渕君には他人の強さが分かるのかい? 僕は見ただけじゃ、何とも感じなかったけど…… あ、でも騎士団長さんは凄く怖い感じがしたなぁ……」

「そ、そうだぞ、渕! 神問石かみといしで確認した訳じゃないのに、何でそんな事は分かるんだよ! 当てずっぽうじゃないのか!?」


 ここぞとばかりに真丹の指摘に乗っかり、その推理は破綻していると声を荒げる織田。だが、探偵とはいつの時代も必ず反論されるもの。渕にとってはご褒美でしかなかった。


「あのステータスを覗く石、固有スキルまでは表示されなかったからね。僕には分かるんだよ。対象を視界に入れただけで、その人の大雑把な強さが、さ」

「「………っ!」」


 渕が固有スキルを持っている。織田と真丹は、確かにそんな表示は誰のステータスにも表示されなかったと気付き、同時に渕にそんな力があったのかと驚かされた。2人の反応に渕は大満足である。


「僕が今まで見た中では、騎士団長さんがトップクラスのうちの1人だった。彼女と敵対したら、正直僕らのクラスが束になっても敵わないと思うよ? それくらいの強さを感じたもん」

「ぜ、全員をか……!?」

「ちょっと待ってくれるかい? その、トップクラスのうちの1人って事は、騎士団長さん以外にもまだいるの……?」

「なあっ!?」

「真丹ソン君、今日は鋭いね。織田よりも随分と優秀だ。そしてその答えはイエス。さっき騎士団長さんの炎を飛び越えた人達が3人いたよね。身なりが立派だったから、貴族の人達なのかな?」

「あ、ああ、人数までは覚えてないけど、いたな……」

「その中の男の人、騎士団長さん並みに強いよ。ふふっ。僕達さ、世界どころか、この国の中でさえ最強じゃないって事だよね」

「「………」」


 驚きを通り越して、織田達は沈黙してしまった。騎士団長に貴族風の男、騎士団本部に自由に出入りし、騎士達は男を正式な客人だと言っていた。十中八九、2人は知り合いであり、近い間柄。1人でも太刀打ちできないのに、そんな実力者が2人もいる。渕はこれを予想の範疇と言っているが、渕がこういう口振りで話す時は、その予想が外れる事は滅多にない。それをよく知る織田達だったからこそ、この事実は衝撃的だった。


「……そんなに、なのか?」

「僕の力は本当に大雑把な強さしか測れないから、問い詰められると困っちゃうんだよね…… あ、でもでも、もう1つ驚きの発見があったんだ」

「「そ、それは……?」」


 まだ驚かなければならないのか。そう思いながらも、耳を塞ぐ事はできない。ゴクリと唾を呑み込み、2人は渕の次の言葉を待った。


「その男の人、言ったんだよ。ハル、ゴブオ、飛び越えるぞ、ってさ」

「仲間の名前か? まあ、ゴブオは変な名前だけどさ、それがどうしたんだよ?」

「……あ、ああっ!? も、もしかして……!?」

「流石は真丹ソン君だ。反応も良いし、察しも良い。そう、注目すべきはゴブオじゃなくて、ハルの方。織田、僕らのクラスで、初日にいなくなった女子がいたよね?」

「いなくなった? 佐藤達じゃなくて、女子? ハル、ハル…… ハルナ、桂城――― 桂城悠那っ!?」


 織田の大声がフロアに響く。


「……ちょっと、今、悠那って言った?」

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