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第74話 烈火

 手土産持参でネルの屋敷に向かった俺達であるが、屋敷にネルはいなかった。使用人に聞けば、午後になってから千奈津を連れて城の騎士団本部に行ったらしい。まあ、昨日は報告もろくにしていなかったし、今日くらいは普通に仕事をしに行ったんだなと勝手に解釈。仕事中にお邪魔するのはどうかなとも一瞬考えるも、学院に明日出発すると話さない方がキレるだろうなと、こちらも勝手に判断。騎士団のところへお邪魔する事にした。する事にしたんだが―――


「―――ハル君、ゴブ男君や。これは何事なんだろうねぇ?」

「燃えてますねぇ……」

「ゴブ……」


 王城に繋がる騎士団本部の入り口が、燃え盛る火炎で塞がれていたのだ。境界線をそのまま炎の線として体現するかのように…… そしてその線を境に、騎士団側の方ではネルが顔を鬼にして仁王立ちしている。ああ、あれは駄目だ。あれはあかん時のネルや。と、思わず俺がエセ関西弁を出してしまうほどにキレてる時のネルがそこにいた。カノンを含めて騎士の面々が、何とか止めようと狼狽えている。が、所詮は右往左往しているだけで、何の解決にもなっていない。


 そんな怒りに満ちたネルの向かい側にいるのは、3人の少年。ハルのクラスメイトだろうか? あからさまに歓迎しないムードのネルの態度と圧力に気圧されて、全員滝のような汗を流している。そうでなくとも、灼熱の炎が眼前にあるのだ。リアルに暑いってのもあるだろう。


「あれ、ハルの学友か?」

「えーっと…… 真丹まに君、織田君、ふち君ですね。この世界に来た時、やたらと異世界に詳しかった仲良し3人組です」


 異世界に詳しい? 何だそれは、大昔に召喚された勇者でもあるまいに。大柄でふくよかな者もいれば、小柄、痩せ型、それに眼鏡をかけた奴もいる。見事に凸凹3人組だ。少なくとも、その外見は勇者っぽくはない。


「まあ何はともあれ、あの3人がネルを怒らせたのは間違いないだろうな。やだなぁ、ああなると俺まで被害を被る気がしてならない」

「止めなくて良いんですか?」

「状況整理をしてから近付きたいもんだが、今日中にネルと話さなきゃならない話もある。覚悟を決めて行くか……」

「師匠、骨は拾いますね!」

「ゴブ!」

「骨になる前に助けてくれると嬉しい」


 轟々と燃え続ける炎の壁に足を運ぶ。近付くにつれ、城側にいる3人組の声が聞こえてきた。


「ね、ねえ、やっぱり凄い怒ってるよ、騎士団長さん。ヨーゼフさんもここには近付くなって言っていたし、戻ろうよ……」

「馬鹿だな。近付くなって事は、それがフラグみたいなもんなんだよ。あんな美人な女騎士とお近づきになれるチャンスなんだぞ! 大丈夫、ここから挽回すれば好感度が逆転する! それに、ここには鹿砦さんがいるって噂もあるんだ! ダブルチャンス!」

「いや、クラス召喚ってさ、皆が皆幸せになれる方が少ないと思うんだ。織田は駄目な気がする」

「どっちにしたって早くしないと、騒ぎが大きくなっちゃうよ……」


 ほほう、ネルを相手に色目でも使ったのか? 俺が嫉妬する前にこいつらの生命を心配しちゃう案件だな、それは。刀子が言ってたのを思い出すに、レベル4になれば城内は自由に行動できるらしい。騎士団の本部まで来られたって事は、こいつら全員何かしらの職業のレベル4なのか。レベル的にはハルと同等だが、この炎に二の足を踏んでいる辺り、能力的には格下っぽいな。おっと、それよりもネルだ、ネル。3人の横に立って、まずは話し掛けてみる。


「おい、これは何の騒ぎだ、ネル?」

「デリス? ……何でここにいるのよ」


 一瞬表情が和らいだと思ったら、直ぐに鬼に戻ってしまった。


「や、やばっ! 誰か来たよっ!?」

「おち、おち、落ち着けっ! 勇者は戸惑わない!」

「織田が落ち着けよー」


 騒ぎ出した3人(小柄な少年は案外冷静)は無視。用があるのはネルだけです。


「まずは騎士団本部そっち側に行くか。ハル、ゴブ男、飛び越えるぞ」

「はーい」

「ゴブ!」


 足場を踏み締め跳躍し、炎の壁を飛び越える。ちと壁は高めだが、しっかりと加減はされている。これならハルや劣化したゴブ男も越えられる高さだ。


「うわっ!?」

「と、跳んだっ!?」

「……? あれは―――」


 予想以上に驚かれてしまった。筋力が300もあれば、これくらいはできるもんなんだけどな。


「よっ、朝ぶり」

「ネルさん、これお土産です。いつも貰ってばかりでしたので」

「これ、この前開店したばかりの……! コホン。ま、まあ、折角来たのだから、お茶くらいは出さないといけないわね。カノン、団長室に案内して」

「は、はいっ!」

「それとダガノフ、国王とヨーゼフに文句言ってきなさい。今度無断で騎士団の敷地を跨いだら、客将だろうと容赦なく燃やすって」

「は! もう少々柔らかな表現でお伝え致します」

「別にそのまま伝えたっていいわよ。私はちょっと着替えてくるから、アレの後始末もお願い。まだ邪魔してくるようなら、我が騎士団の明確な敵として処理しなさい。分かった?」

「承知致しました」


 そう言うと、ネルはさっさと建物の中へと行ってしまった。先ほどまで燃え盛っていた炎はその瞬間に消え、ダガノフをはじめとする精強な騎士達が入り口の片付けと封鎖に取り掛かる。


「申し訳ありませんがお客様方、この場所は立ち入り禁止区域です。無理に入ろうとするのならば、我々は貴方方の排除、そしてヨーゼフ魔導宰相殿に通告せねばなりません」

「で、でも、さっきの人達は入ったじゃないか! 炎でよく見えなかったけど……」

「あの方々は団長の正式なお客様ですので。ささっ、お引き取りを」

「織田、戻ろう。これ以上騎士の人達を刺激したって、何の得にもならないよ。強いて言うなら、織田の死亡フラグが立つかな?」

「そ、そっちのフラグはいらない!」


 どうやら3人組も大人しく帰るようだ。うん、死人が出なくて良かった。何よりも、ネルの機嫌が直って良かった。甘味の力は凄い。


「今のは何の音ですかっ!? って、デリスさん? それに悠那も?」

「あっ、千奈津ちゃん」


 かと思ったら、今度は千奈津が兵舎から飛び出して来た。騒ぎを聞いて駆けつけたって感じだな。


「あ、あれ? さっき大きな爆発音がしたと思ったんですが……?」

「それならもう片付いたよ」

「ええっ……」

「ああ、そうだ。丁度良いし、千奈津も一緒に行くとするか」

「そうですね。私もそうした方が良いと思います」

「えっと、何のお話しでしょうか? ちょっと状況整理が追い付かなくて……」

「「まあまあ」」

「ゴブゴブ」


 千奈津の両腕を俺とハルとで拘束完了。背後はゴブ男が殿として護っている。


「で、ではデリスさん、団長室にご案内しても?」

「ああ、頼んだ」


 カノンの案内に従って、そのまま行進。捕らわれた千奈津はよく分かっていない様子で、団長室へと運ばれるのであった。

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