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第73話 千奈津のお悩み相談所

 ギルドで何も聞かなかった俺達は依頼を受けるのを諦め、その足で防具店に向かう事にした。なぜかというと、ゴブ男の装備を見繕う為である。遠征でのハルとの戦いで、ゴブ男の装備は破壊されてしまった。このまま何も持たせない訳にもいかないので、護身用程度の装備は整えてやろうとハルと話し合ったのだ。


 本当であればゴブ男には留守番を命じたいところだが、ゾンビである事から術者とあまり離れるのは好ましくない。それに体のメンテは今のところ俺の領分、こちらもこまめな点検が必要となる。ハルがより上位の闇魔法を覚えるまでは、ハルとゴブ男、おまけに俺は一心同体の状態。まあ、身の回りの世話をしてくれるし、小さな使用人が増えたと思えば何ともない。メンテはお給金みたいなもんだ。


「ゴブ男君の装備はこんな感じで良いですかね?」

「まあ、急ごしらえとはいえ、虎髭の最高級品だしな。壊れる事はないだろ」


 ゴブ男の体に合うサイズの装備はなかなか選ぶのが難しい。剣は兎も角、ゴブリン向けの鎧とか置いてる筈がないからな。代用品としてドワーフサイズの兜と、子供用の籠手を購入。籠手は子供用とはいえ、値段は最高価格。どちらも虎髭自慢の品である。得物は両刃の以前使っていたものと似た剣を採用。前のゴブリンソード(仮)と比べれば質は落ちるが、こちらも防具同様のお値段となっている。


「おいおい、うちの商品の耐久性を心配するとは大きく出たじゃねぇか。そのゴブリン、そんなに強いのか?」

「はい! 私のゴブ男君は最強のゴブリンなんです!」

「はぁー、最強かいな。お前、そんなに強いん?」

「ゴブ?」


 アニータがゴブ男を推し測るように凝視する。ゴブリンとはいえ、レベル6の勇者だったからな。ステータスが劣化するゾンビ化前は、クラスメイトの勇者君より強かったかもしれない。もちろん、ゴブリンとしては破格の強さである。


「ああ、そうだった。嬢ちゃん用に頼まれてる例のブツ、もう3日4日で完成しそうだぜ」

「おおー! 遂に噂のメインウェポンという奴のお目見えですね!」

「流石ガンさん、俺の見通しより大分早いです。それだと、俺らがアーデルハイト魔法学院から帰って来てからの受取りかな」

「何だ、また街を出るのか? 昨日帰って来たばかりだろ」

「ええ、そうなんですが、ちょいと用事がありまして。金は前払いで全額払っているので問題ないと思いますが、少し遅れるかもしれません。受取りに来るまで、預かっててもらっても大丈夫ですか?」

「問題ない。だけどよ、必ず取りに来いよ。あんなもん、他に使える奴なんていねぇしな。ガッハッハ!」

「ハハッ、そんな事ないですって。ま、遅れないよう留意します」


 明日ディアーナの街を出発するとして…… 何が起こるか全くもって分からないが、ゴーレムっぽい無機質なモンスターと一悶着ある予感がなぜかするからな。もうちょい時間が掛かると見積もるべきか。


 あ、ネルが絶対連絡しろって言ってたっけ。それも今日のうちにしておくか。さっきの店で、土産にケーキ買っておけば良かったな。朝に屋敷に戻ると言っていたから―――


「よし。ハル、ネルの屋敷に行くぞ」

「そうくると思って、さっきお小遣いでお土産買っておきました!」

「この有能さんめ!」

「ゴブ!」

「いよっ、社長! ハルちゃんは最高やっ!」

「っ……」 


 おっと、ガンさんが少しツボに入りかけたぞ。



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 魔法騎士団本部、その兵舎内の一室にて千奈津は座っていた。彼女の前には机を挟んで騎士団員が座っている。1対1の面談をしているような形式だ。騎士の男は千奈津を見据え、思いの丈を叫んでいた。その部屋の扉には、『千奈津のお悩み相談所』と書かれている。


「それで、今日から導入した新たな訓練法なんですけど…… きついんです! 吐きそうなんです! ダッシュしながら向かい合う相手に矢を射って、すぐさまに剣に持ち替え、迫り来る矢を打ち払う。無理でしょ! あんなの、人間業じゃないですよっ! 今は矢尻を潰してますけど、ネル団長のあの目…… 絶対いつか本物でやろうとしてますよっ!」

「ま、まあまあ、確かにあの鍛錬は厳しいですよね。ネル師匠、帰ってから何だかイライラされていたようでしたし…… でも、ネル師匠があの鍛錬をやろうと考え付いたのは、何も皆さんを虐めようと思ってる訳ではないと思うんです。師匠は直情的で短気に見られがちですが、決してその人に不可能な事はさせません。あの厳しい鍛錬は言わば、師匠の期待の表れなんです。どうか諦めずに、師匠にお付き合い願えないでしょうか? お願いします」


 椅子から立ち上がり、騎士に向かって深々と頭を下げる千奈津。まさかそこまでお願いされると思っていなかった騎士は慌て、同じく立ち上がってしまった。


「い、いや、チナツ殿が頭を下げられる事ではありません! ああは言いましたが、私もネル団長を尊敬しているのです! 国中から期待を一身に受け、困難な任務を全うする事は容易ではないでしょう。団長は私よりも大分お若いというのに、ああして我ら騎士団を背負っている…… 無才なる身なれど、その部下である私が弱音を吐いている場合ではない! ありがとうございます、チナツ殿。貴女に溜まった不安を打ち明ける事で、自分の真の気持ちに気付く事ができました。感謝致しますっ!」

「いえ、私はただ聞いていただけです。ですが、少しでも皆さんの心から悩みを取り除く事ができたのなら、これ以上の喜びはありません。また何かお困りになったら、気軽にいらっしゃってください。この部屋防音ですし、いくら叫んでも大丈夫ですから。気持ちの整理は大切な事ですもんね」


 騎士の手を両手で取り、その温かな手で包み込む千奈津。その瞬間、騎士は年甲斐もなく顔を赤らめるのであった。


(チ、チナツ殿は何てできた娘なのだ。まだ、自分の娘ほどの年頃だというのに……! よし、また来よう!)


 そして年甲斐もなく心を高揚させる騎士は、次回の来訪を決意する。千奈津のお悩み相談所は、当初の想定よりも繁盛しているようだ。


「……そうそう、ここだけの話なんですけどね。この相談所、ネル師匠の要望で作られたんです。師匠、あれで実は心配されているんですよ?」


(ネ、ネル団長ーーー!)


 千奈津は師へのフォローも完璧であった。隙あらば団員達の士気を高めていく。今日1日だけでも効果は覿面だ。


「それでは次の方どうぞ。あ、ムーノさん」

「チナツ殿、先日はお世話になりました」


 次の相談者はムーノ。遠征を共に生き抜いた戦友だった。


「今日はどうされたんですか?」

「いや、それがですな…… 恥ずかしながら、このムーノ・スルメーニ。どうすればもっとネル団長に貢献できるかを悩んでおりまして。義兄弟カノンにも打ち明けたですが、もっと人の話をよく聞け、もっと空気を読めと意味不明な事を言われまして。私はこんなにも騎士団を、国を、民草を、そしてネル団長を想っているというのに…… 正直、どうすれば良いのか分からないのです。チナツ殿はこの意味をお分かりか?」

「ええっとですね、それは―――」


 ―――ズガァーーーン!


 突如として鳴り響く爆音。兵舎の外からだった。


「な、何っ!? 何が起こったの!?」

「あー、恐らくネル団長ではないかと。ヨーゼフ魔導宰相の客将の方々が来ておりまして、ネル団長に邪な視線をぶつけておりましたからな。いくら城内といえど、ここは騎士団の聖域。遂に堪忍袋の緒が切れたのかと」

「ム、ムーノさん、何でそんなに冷静なんですかっ!?」

「?」


 思いの外図太いムーノに驚き、クラスメイトの安否を心配する千奈津。他人の不安は解消できても、彼女の苦労は今のところ絶えないようだ。

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