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第72話 秘密の依頼

「それじゃ、俺は城に帰るからよ。街で菓子買って来てほしいだの、うちの女子達がうるせぇんだ。土産も買った事だし、悪くならねぇうちに戻るとするぜ」

「刀子ちゃんだって、甘いの好きだったよね? 休みの日とか、よくそういうお店でばったり―――」

「―――あ、あれは空手部の差し入れ! キャプテンとして持って行く為にちょっと寄っただけ! もう行くからな! それと、奢ってくれてありがとよ! じゃーな!」

「気にするなって。気を付けてなー」

「ばいばーい!」


 ハル達は雑談を、俺としては情報収集をし終え、刀子は両手に結構な量のお土産を携えて帰って行った。見た目はギャルっぽかったけど、裏表のない素直な子だったな。お蔭で勇者達の現状が大体把握する事ができた。うん、良い子である。


「刀子ちゃんは変わってないなー。私としても張り合いがあります!」

「お、刀子はハルのお眼鏡に適ったのか。向こうもハルを意識してたみたいだけど、何かあったのか?」

「ええっと、私と刀子ちゃんはスポーツの特待生として学校に入学したんです。私は剣道部、刀子ちゃんは空手部に。刀子ちゃんは1年生にして空手部の部長さんを務めるくらいに注目されていたんですが、私とたまたま練習試合をした時に、その……」

「ハルに負かされちゃったのか」

「ええ、割とボコボコに……」

「ボコボコか……」


 まあ、ハルだしなぁ。そもそも剣道部のお前が、なぜに空手の練習試合をしているのかと疑問も尽きないけど、大体はこの言葉で片付いてしまいそうだ。大方、その身体能力を買われて他の部から応援を要請されたんだろう。こいつ、ボクシングやら合気やら拳法やら噛みまくってるし。


 しかし、そんな言葉で当の刀子は納得できる筈がない。自らが歩んで来た空手の道。その実績が認められて進学したというのに、校内に自分以上の実力を持った、その上別の部活で進学してきたような奴に大敗してしまっては、とても立つ瀬がないんだろう。ライバル視してしまうのは無理もない事だ。


「手加減という言葉は……」

「ないです。相手に失礼です」

「だよなぁ」


 ハルもこんな感じだし、試合をする度に全身全霊で打ち破ってきたんだろう。いや、むしろここはあの状態のハルを相手して、食らい付いて更に再戦をし続ける刀子の気概を褒めるべきか。うーむ、どちらにせよ美味しい人材である。


「折角街に下りて来た事だし、ギルドで依頼見てくるか。実戦の方が魔法の覚えも早いだろ」

「賛成!」


 俺たちは冒険者ギルドへと足を向けた。



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「―――という訳なんだよ。どこかにハルの相手になりそうなモンスターはいないもんかね?」

「どういう訳じゃよ……」

「そういう訳です!」


 俺ら専属の受付嬢であるジョル爺改め、ジョル嬢に手頃な討伐依頼がないものか直談判。掲示板? もはやそっちに載ってる依頼書は、手頃といえるものがなかったのだ。精々が前に倒した灰コボルトボスと同等かそれ以下、今のハルの相手としては些か力不足というものである。かと言って、ゴブ男のような国を揺るがすレベルのモンスターはネルに仕事が回ってしまう。となれば、掲示板に出ていない訳ありの依頼をギルド長であるジョル嬢から聞き出すしかない。目指すはその中間くらいかな。レベル5程度でいいから訳ありの依頼を出すんだ、ジョル嬢!


「ハルナちゃんに言われてしまっては弱るのう。じゃが、訳ありとは言ってもなあ…… ここ最近は騎士団長のネル殿が、片っ端から面倒事を片付けてしまっておる。残るとすれば――― む」

「あるんだな。それを寄越せ」

「待て、待てと言うに、この阿呆がっ!」


 ジョル嬢が僅かに視線を止めた依頼書を奪わんと、カウンターの乗り越えて手を伸ばす。が、ジョル嬢は年齢に似合わず機敏だった。俺の伸ばした手は、むなしくも空を切ってしまった。


「ふん。流石は現役時代に『剣鬼』と呼ばれただけはあるな、ジョル嬢!」

「デリス、お主…… 前にも増して、最近やたらと行動的じゃな……」

「毎日が輝いていると言ってくれ」

「言ってて恥ずかしくないか?」

「ほんの少し」


 ジョル嬢のあの反応を見るに、これくらい押さないと取り合ってくれそうにないしな。無理矢理にでも内容くらいは聞き出したい。


「で、どんな依頼なんだ?」

「まったく…… 高難度の討伐依頼じゃて。場所はギベオン遺跡、数年前に発掘されたダンジョンになる」

「ギベオン遺跡っていうと、魔法学院に近いところだったか」

「うむ。出現するモンスターは下層に潜らない限りは、レベル1から2の雑魚が主流じゃ。冒険者に向けての難易度が低いのもあって、今では学院の生徒らの修練にも使われておる」

「らしいな。それで、その如何にも新米向けなダンジョンに、何で高難易度の討伐依頼が出されているんだよ?」

「何でも、下層の閉ざされた扉が破壊されたらしくての。そこから大型の四つ足ゴーレムが出て来たそうなんじゃ。外見は獅子の石像といったところか」

「そいつが討伐対象か。よし、受けた」

「だから待てぇい!」


 再び空振る黄金の右腕。今日はやけに強情だな。


「この依頼は数日前に領主のオルト公が既に受けておる。同時に他の冒険者達に依頼を受けさせないように、との言伝も拝借しておる」

「オルト公――― 学院周辺を統べる領主か。結構影響力のでかい貴族だったな。で、そのオルト公がどうしてそんな事を? 百歩譲って治める領土の安全を確保するにしたって、冒険者がやったっていいだろうに?」

「何でも学院に通う娘にその依頼を達成させ、箔を付かせたいそうじゃの」

「娘にか?」

「うむ、自称百年に一度の天才らしい。まあ、護衛は付けておるだろうが」

「自称なのか……」

「残念ながら自称じゃ。2週間後に控える卒業祭の代表を決める選考に、どうしても受かりたいんじゃろうな」

「いや、そんな天才なら別に箔なんて必要ないだろ。学院の教師達が勝手に評価してくれる」

「だから、自称なんじゃって」

「あー……」


 自称天才のその娘さんは、恐らく卒業祭の選考に落ちてしまう程度の実力なんだろう。しかし、それでは領主の娘として面子が潰れてしまう。そこで無理矢理ではあるが、娘に護衛を同伴させた状態で例のゴーレムを倒させ、その功績を讃えさせて選考に繋げようという算段か。教師達を買収しないだけまだマシなのかもしれないが、このモンスターはなかなか手強そうだ。一歩間違えればネル派遣レベルである。面子よりも命を大切にした方が良いと思うんだけどな。貴族とは体裁を気にする面倒な生き物である。


「大よそは理解した。けどさ、渋りながらもこんな機密情報を教えてくれた訳は?」

「流石に領主の娘に死なれてしまうと、依頼を提供したワシの立場も危うくなるのでな。オルト公に知られん内に、こっそりと偶然ゴーレムを倒す分には問題ないわい。ワシはここでデリスに依頼を提供していないし、デリスはたまたまゴーレムと鉢合わせになり、応戦しただけ。問題ないじゃろ?」

「あくどいなぁ……」

「お主ほどではないわい。安心せい。仮に露見したとしても、ハルナちゃんだけは守ってみせるわい」

「はいはい、頼もしいこって。倒したら報酬は用意しておけよ。うっかり倒してうっかり証拠品を持ってくるかもしれないからな」

「その時はワシも仕方なく報酬を払うとしよう。不可抗力は仕方のない事じゃ」


 契約成立。ちょうどアーデルハイト魔法学院に行く用事があった事だし、ついでに済ましてしまおう。


「―――詰まり、ゴーレムを倒して良いんですね!」

「「………」」


 さっきからやけにハルが黙っていると思ったら、結論が出るのを待ってたのか。黒煙を出さず、考えなくて済むもんな。よしよし、成長したな、ハル。


「別に俺らは依頼の事なんて知らないからな、問題ないだろ。何かあったとしても、俺らのバックにはネルがいる!」

「うわー、騎士団長を盾にするのは狡いんじゃないかのう……」


 使える権力は十全に使ってこそ! この世にあくどいなんて言葉は存在しないのだ!

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