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第71話 思い違い

 偶然出会ったこの少女の名は水堀刀子みずほりとうこというらしい。悠那のクラスメイトで、何かと悠那に対して対抗心を燃やす友人との事だ。スポーツは然り、大食いも然り。


「それにしても、刀子ちゃんがいるとは思わなかったなぁ。世界って広いようで狭いんだね!」

「お、おう、そうだな……」


 流れで俺達が座っていた席へと移ってきた刀子が、若干言いよどむ。再会を喜ぶ悠那と比べて、刀子はやや落ち着かない様子だ。さっきの尻もちもそうだが、かなり動揺している。


「その、悠那…… この前は悪かった。俺、ちょっと気が動転してたみたいでさ。あの後、千奈津にかなりこっ酷く怒られた。本当にすまん!」


 刀子が唐突にテーブルへ額をガンと叩きつけ、猛烈な謝罪を悠那にしてきた。何事っ!?


「あはは。刀子ちゃん、頭を上げてよ。別に私、怒ってないよ?」

「ああ、分かってる。てめぇなら全然気にしてねぇってのは分かってた。けど、こうして頭下げなきゃ俺が気持ちわりぃんだ。暫くはこうさせてくれ」

「ううん、その必要はないよ。ただ、私は皆をぶちのめしたいだけだから。そんな事されると萎えちゃう」

「いや、だが――― ん? 今何かおかしな事を言わなかったか?」

「言ってないよ?」


 悠那はキョトンとしているが、刀子が耳にした言葉は彼女が指摘した通り、たぶんおかしな事に含まれる。


 悠那の生き甲斐はジャイアントキリング。弱者の立場から自らを鍛え強者に挑み、天狗の鼻をへし折る事で達成感を全身で味わうというもの。表沙汰にはなっていないものの、不良であったらしい佐藤達には早速それを決め込んでいるのだ。しかし、その時彼らは既に悠那よりも弱い存在となっており、クラスメイトの打倒による快感を得る事が微塵もできていなかった。


 その中で現れたこの刀子という少女、聞いた話では、クラスメイトの中でも最高位の力を持っているという。だからこそ、悠那の中では最高の標的となっている。だからこそ、彼女には謝罪などしなくて良いから、鍛錬を積んで更に強くなってほしい。悠那はそう願っているのだ。要は首を洗って待っていろ、である。


「まあまあ、君の言い分は分かったよ。悠那もこうして大丈夫だと言っているし、もう頭を上げてくれないか?」


 兎も角、このままでは話が進みそうにない。おもてを上げいと俺からも催促してやる。


「いや、だが…… って、さっきから気になってたんだけどよ、おっさん誰だよ? 何で悠那とこんなところにいるんだ?」

「認識はしてくれていたのか。ずっと無視されていたから、見えてないものかと思ったぞ……」


 さっきから俺を挟んで悠那ばかりを見ていたからな、この子。


「私の師匠だよ!」

「し、師匠~!?」

「うん。お城から出て、今は師匠の家でお世話したりお世話してもらったりしてるんだ」

「~~~!?」


 刀子に露骨に驚かれた。開いた口が塞がらない的な。何その反応。


「初めまして。悠那の師をやってるデリス・ファーレンハイトだ。うちの悠那がいつも世話になってるね」

「あ、ども。水堀刀子みずほりとうこっす…… ちょ、ちょっと、悠那、こっち来い!」

「え、何々?」

「お前、学校で全然色恋沙汰がないと思ったら、そういう趣味だったのか?」

「えっと、どういう事?」

「いや、何つうか…… へへっ! まさか、そんなところまで似てるとは思わなかったぜ! よくよく見れば、顔も悪くねぇじゃん! この、このっ、見直したぜっ!」

「?」


 機嫌を良くした刀子がバンバンと悠那の背を叩き出す。俺も悠那もよく状況が分からない。


「そういやよ、千奈津の奴もあれから城を出ちまったんだ。騎士団のお偉いさん? みたいな、すげぇ美人に連れて行かれてよ。悠那は何か知らねぇか?」

「千奈津ちゃんなら、昨日師匠の家に泊まりに来たよ。えへへ、(私と)一緒に寝ちゃった」

「ごふっ!?」

「刀子ちゃん!?」


 水を口に含んだ刀子が、盛大にそれを吹き出した。ああ、この子はリアクション芸が持ちネタなのかな? 分かってる、俺は詳しいんだ。


「す、すまん。そ、そうか、千奈津も旦那のところに行ってるのか……」

「旦那って…… まあ、いいけどさ。千奈津はたまたま泊まりに来ただけだよ。あいつの師匠は俺じゃなくて、さっき君が言ってた美人さんだ」

「ネルさんって言うんだよ。すっごく強いんだ」

「へ、へえ、そうなんだ。しかし、まさか千奈津も同志だったのか…… しかも、結構大胆…… でも、真面目系は1回落ちると脆いっていうし……」


 刀子は心ここに在らず、といった感じだ。この子もなかなか面白い子だな、反応が。


 彼女が落ち着いたところで、またケーキを食べながら談笑を再開する。同時に、テーブル上にペトロナスツインタワーが築かれていく。ここからここまでを更に追加注文。最近の女子高生の胃袋は皆こうなのか?


「ところで刀子ちゃん。刀子ちゃんが街にいるって事は、皆も城から出られるようになったの?」

「ん? あー、そんなんじゃねぇよ。先週になってレベルに応じた自由行動が解禁されたんだ。レベル3なら決められたフロアまで、レベル4なら城内まで、レベル5の俺やあきらは街まで、って感じでな。まだレベル5は俺らしかいないから、外に出たいと思ってるやつは必死に特訓してる。現状に満足してる奴は稀かな。レベルが高いと何かと優遇されるし…… あ、わりぃ。悠那に話す事じゃなかったな……」


 刀子は頭をかいて気まずそうにしている。彼女が悠那のステータスを見たのは2週間も前で、その時は正に村娘と変わりないものだった。レベルの話を引き合いに出して、申し訳なく思っているのかもな。だけど、当の悠那は――


「わあ、皆頑張ってるんだね! 私ももっと努力しないとなぁ!」


 ―――めっちゃ喜んでいる。現状に満足する才能の持ち主よりも、その上で努力を重ねる天才。そちらの方が悠那の食指を動かすのだろう。


「……ああ、そうだな。てめぇはいっつもそんな前向きで、後から追い掛ける癖に、すげぇ勢いで走り抜くような奴だった。俺も負けちゃいられねぇな。旦那も悠那をよろしく頼むぜ!」

「ん? ああ、分かってるよ」


 言われるまでもない。悠那を強くし、どこまでいけるかを見届けるのが師匠の務めであり、俺の趣味だ。何者も邪魔はさせない。


「君も―――」

「刀子でいいって、君とか痒くなるっつうの!」

「―――刀子も、レベル6への道のりは遠いだろうが、諦めず努力を続けてくれ。たぶん、勇者の職業持ちの方がレベルアップは早くなると思うけどさ」

「ああっ!? それはないぜ、旦那! 俺はこれでも晃より頑張ってるつもりだぜ?」


 刀子の様子を見るに、普段の鍛錬は自分の方が上だと主張したいらしい。しかし、事職業のレベルアップにかけては、勇者の職業持ちは有利になる。


「勇者って奴はどのスキルにも適正があってな、何のスキルを覚えようと職業レベルの向上に繋がるんだ。刀子だって、覚えているスキル全てが職業に関連してるって訳じゃないだろ?」

「いや、まあ、それは……」

「誰だって目指す方向性があったり、ステータスのバランスを考えてスキルを会得するもんだ。これは別に恥ずかしい事でも何でもない。勇者って職業が特殊なだけだ。ただ―――」

「「―――ただ?」」

「勇者はその恩恵を得る代わりに、スキルのレベルが強さに直結してしまう。全部のスキルレベルを統合してまだレベル5って事は、総合力じゃ弱い可能性もあるんだ。仮にハルが勇者なら、もうとっくにレベル6になってるしな」


 ちなみに、レベル6には適正スキルレベルが合計400は必要だ。


「あ、確かに。普通の職業のレベルを見ただけじゃ、関係ないスキルがどれくらいかなんて分かりませんもんね」

「そう、レベルが低い奴が相手だからって油断すると、時には手痛く負ける事もあるんだ。その辺りも注意するように」

「はーい!」

「あれ? 今、何か凄い数字を聞いたような……」


 気のせい気のせい。

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