第70話 出会いは唐突に
「デリス様、またのおいでをお待ちしております」
「ああ、またよろしく」
「「「「「ありがとうございました」」」」」
クワイテット魔具店でスクロールを買い漁った俺達は、オーナーを始めとした店員総出の見送りを背に店の外へと出て行く。まさかこのタイミングで掘り出し物に出会えるとはな。ここでの買い物だけで、遠征報酬の殆どが吹き飛んでしまった。ふふん、しかしこれは良い買い物だ。恰好さえキチンとすればゴブ男を連れて歩いて大丈夫だったし、やはりこの店はサービスが行き届いている。
「今回購入したスクロール、私と師匠とで1つずつだけでしたけど、これだけで良かったんですか?」
「手段が多ければ戦術は増える。だけど無暗にあれこれ覚えたって、使いこなせないと意味ないからな。ただでさえ今のハルは覚えたての魔法が多いんだ。今のを活かすまで、スクロールはとっておきを1つ覚えれば十分だよ」
値も張った事だし、是非ともハルには購入したスクロール『オールブレイク』の魔法を極めてほしい。無論、それは俺も当て嵌まる。特に上位のスクロールは扱い辛い魔法の宝庫、研鑽を重ねない事にはまともに使えないのだ。
「なるほど、己の技を磨いて牙城を崩す…… 鍛錬とは素晴らしいものですね、師匠!」
「ああ、その通りだとも、弟子よ!」
「ゴブゴブ!」
高級ショッピングエリアの一角で、俺達のモチベーションはマックスまで駆け上がっていた。
「ヒソヒソ……」
まあそんな事をしてるから、周囲から注目を集めてしまっているのだが。いかんいかん、クールになれ。昨日のネルとのキャッチボールといい、最近気持ちが若返ってしまっている。それほど生活が充実しているとも呼べるが、いい歳なんだ。自制を忘れてはならない。
「よし、落ち着いた」
「「?」」
何が? と、ハルとゴブ男は頭に疑問符を浮かべている。この2人は周囲の視線など、全く気にしていないのだ。伊達にゾンビとその主人をしていない。
「あ、そうだ。ネルさんから聞いたんですけど、新しい甘味処ができたそうなんですよ。買い物も終わりましたし、これから行きませんか?」
「ネルがか? あいつも甘いものが好きだからな」
「師匠はどうなんです? この前のケーキは結構ぐいぐい食べてましたけど」
「……糖分は良いぞ。脳を酷使した時の最良の薬だ」
「で、本音は?」
「甘いお菓子、大好きです」
「決まりですね。こっちです!」
ハルに手を引っ張られながら、街の大通りを走り出す。別に良いじゃない、大の男が甘い菓子が好きだって。別に良いじゃない、ネルが毎回手土産に買ってくる菓子、楽しみにしたって。
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ハルに案内された店にてくつろぐ。店内は真新しく、落ち着いた雰囲気の良い店だ。ただ、開店したばかりなのか客は多い。主に女性客が多い。というか、俺以外全員女性である。店の雰囲気だけを見れば落ち着くのだが、ハルと一緒でもなければ入る事を躊躇ってしまうな、これは。ちなみにゴブ男はペット枠なので、男としてはカウントしていない。今はペットらしく、目立たぬようテーブルの下で犬のように丸まって寝ている。
「これとこれとこれと――― わっ、これも美味しそう! ここからここまで、1つずつお願いします!」
「食った分、後でちゃんと消費しろよ……」
メニューの端から端までずずいと注文する奴を、まさか眼前でされるとは思っていなかった。若干引き攣りながらも注文を受け取った店員は、ケーキを持って来ては空き皿を下げ、持って来ては空き皿を下げての往復を幾度となく繰り返す事となる。
「師匠、それだけで足りますか? 甘いの好きなんですよね?」
「別に主食じゃないし、大量に食すもんでもないからな、これ」
俺が一皿分をチビチビと食している間に、通算すれば塔が築かれるが如くの量がハルの胃袋へと消えていった。味も良いと思うんだけど、ハルの食いっぷりが気になってそれどころじゃない。ほら、また人々の要らぬ関心を集めてしまっている――― ん、あれは……?
「……すげぇな。あそこにいる女の子も、ハル並に食ってるよ」
「ふぁい?」
口の中でケーキを咀嚼中のハルはさて置き、俺達から少し離れた壁に面する席にて、女の子が凄い勢いで空皿を積み上げていた。その速さ、ハルの如し。背中を向けている為に顔は見えないが、体格からして間違いなく男ではないだろう。逆に男だとすれば、1人でここに来て更にはあそこまでの大食いを披露している彼(仮)に、俺は敬意を表したい。
「もぐもぐ…… ゴクリ。ん、んんー? あの食べっぷり、どこかで見た事があるような……」
「どこかでそう何度も拝めるもんでもないと思うけどな。俺なら確実に忘れない」
「………(ぱくり)」
必死に思い出そうと頭を酷使するハルは、糖分を摂取しながらその努力を続けている。ぱくりとケーキを口に運んで彼女を凝視し首を右に傾げ、ぱくりとケーキを口に含んで彼女を見詰め首を左に――― キリがねぇ。目の前の甘味がなければ、頭から黒煙が出てたんじゃないか?
「気になるなら、正面から見て来たらどうだ? 正面からぶつかるのも好きだろ?」
「あ、その手がありましたね! 正々堂々、真っ正面からお話しして来ます!」
「人違いだったら、失礼のないようにな~」
軽く手を振って、意気揚々と店内を突き進むハルを見送る。店の中で密かにフードバトル宛らの食いっぷりをしていた片割れが動いたのだ。自然とその成り行きを見守っていた他の客達の視線もそちらに向かう。さてさて、ハルの見覚えがある人物だとすれば、大体の候補は絞られてくる。鬼も出ず蛇も出ず、出てくるのは十中八九―――
「はぁ、やっぱ味は大分落ちるのなぁ…… こう、薄味っつうのかな。それでもはしごした中じゃまだ食える方か。一応、この店の場所も覚えて…… よし、覚えた。たぶん忘れない。ま、ねぇよりマシって考えねぇ、と?」
「じー……」
「………」
「……ああっ! 刀子ちゃんだっ!?」
「なぁ!? ぐ、ごほっ、ごほっ! は、悠那っ!? 何でお前がここにっ!? あいたっ!」
―――ハルのクラスメイトである。健康的な小麦色の肌をした、日本人にしては珍しい灰色の髪をした彼女は、ハルの登場にかなり驚いているようだった。ガタリと勢い良く立ち上がってそのまま腰を抜かし、床に向けて見事な尻もちをついてしまう。
「……ゴブ」
何かを感じ取ったのか、ゴブ男は彼女に対して哀れみにも似た視線を送っていた。