第67話 ある少女達の特訓風景
悠那と千奈津は秘密の特訓に汗を流していた。空ではジリジリと太陽の陽射しが容赦なく降り注いでいるが、幸いここは森の深いところ。鬱蒼と茂る大木達が頭上に巨大な傘を広げて、森の中はそれなりに涼しいものである。それでも、少女達は汗を流す。特訓における運動量が度を越していたのだ。
「ほっ!」
森の中を駆け抜ける悠那が適度な大きさの小石を拾い、極力速さを維持したままそれを投擲。手に小石が触れるとほぼ同時に放たれた剛速球は、木々の間を縫う様に通り抜け、更にはその最中に変化を巻き起こしてくの字を描いて曲がる。飛距離もかなり出ており、投げた球と言うよりは弾丸ライナーのような球、と例えた方が近いかもしれない。
そしてその危険な球を追い掛けるのは、刀を抜いた千奈津だ。悠那以上の速度を有する彼女は、風の如く悠那の放った魔球に疾走する。攻撃の弾速、変化方向による到達点への軌道修正、風向き等々――― 何度も繰り返した経験からも予測を培って、薄暗い森の目的地を割り出し向かう。かなり際どいところで追い付ければ、やる事は1つ。
「ふっ!」
高速で飛んで来た小石を刀でぶった斬るのだ。距離を見誤れば、悠那の毒入り特製弾を直接食らってしまう。ギリギリまで引き付けて、小さな小石を正確に斬らなければならない。もしもの時に備えて、自身には状態異常耐性を付与するリカバーブレス。こちらも絶えず付けておかなければならないので、常に気を配る。そうする事で体力、精神、頭脳の全てを酷使し、漸くその辺に落ちていた小石が処理されるのだ。
「37投目は成功、っと! 距離離すよ!」
成功した後も2人が足を止める事はない。繰り返し繰り返し、そのまま広大な森を横断して行く。この森はモンスターの生息区域であり、当然ながらそんな事をずっとやっていれば、いずれモンスターと出くわしてしまう。
「グオ?」
2人の進路方向、その先にはいた灰コボルト2匹が何事かと悠那達を発見した。野生の勘というべきか、自らに迫る危機を察知したのだろう。対して悠那達はそちらを見もしなかった。
「次、38投目っ!」
「グギ……!」
「さっ、来い!」
「ギャッ!」
見なくとも、2人の研ぎ澄まされた感覚は敵の大体の位置を掴んでいたのだ。鍛錬のスピードをこのまま維持すれば、仲間を呼ばれる前にモンスターの居場所に到着する事も分かっていた。となれば、後の工程は実に容易い。
擦れ違い様は一瞬の出来事、通り魔的に片や無慈悲に首が捻じ曲げ、片やザックリと首を落とされた灰コボルトは運が悪かったというしかない。恐らく、結局何をされたかも分からなかっただろう。その後も悠那と千奈津は何の障害もなかったかのように、特訓の続きに興じるのであった。
そうして目標にしていた100投を終えた時、2人は倒れるように大木の根元に寄り掛かる。
「「ゴク、ゴク、ゴク――― ぷはぁー、不味い!」」
鍛錬後、MP回復薬で喉を潤す2人。ちなみにこの回復薬、濃い目の青い汁な味がする。これを飲んだ後に、別途用意した水筒の特製飲料でしっかり口直し。
「ハァ、ハァ…… つ、疲れた…… 意外と地面の傾斜が激しいし、走り回るのがそもそも大変。予想以上に厳しい鍛錬ね、これ」
「でも、とっても良い気分かな。今までできなかった鍛錬ができるようになったし、千奈津ちゃんがいると空気が引き締まるよ」
「ま、まあね。でも、何で悠那はそんなにケロッとしてるのよー…… 相変わらずスタミナも無尽蔵ね」
「まあまあ、迎撃側の千奈津ちゃんの方が疲れる内容だったしさ。次は逆でやろうよ。私が黒杖持って走るから、千奈津ちゃんはグリッターランスを投げてくれるかな?」
「あの重たい杖持って走るの? だ、大丈夫? 私も持つのがやっとな感じだったけど……」
「大丈夫! この前の遠征でも、これ振り回して戦ってたくらいだもん。それに来たるメイン装備が来るまでにこれで慣らしておけって、師匠も言ってたっけな」
「メイン装備、ねぇ……」
聞けば、卒業祭はそのメイン装備とやらで出場するという。悠那にこれ以上のどんな凶器を持たせる気だろう。対戦相手になるかもしれない千奈津は、やや不安なのであった。
「よし、それじゃあ後半戦といきますか。千奈津ちゃん、ボール出しお願い」
「ボールじゃなくて槍なんだけど…… 了解よ。最初のうちはコントロールが下手だと思うから、気を付けてね」
「むしろバッチ来いだよ!」
それからは役割を交代して、千奈津が投じたグリッターランスを悠那の黒杖が打ち消す、といった鍛錬になった。悠那は会得したばかりの魔力察知で力の流れを読み取り、千奈津は木々に当たらぬよう光の槍の制御に努める。今度は来た道を帰る経路で、森を逆側に横断。心持ち、モンスターの出現が来る時よりも少なかった気がした。
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「おー、やってるやってる」
俺とネルはハル達の様子を見に、気配を辿って森の中へとやって来た。幸い、気配察知系統のスキルを持つネルのお蔭で、特訓をするハル達は直ぐに見つける事ができた。いやまあ、千奈津のグリッターランスが光って暗い森の中では目立っていた、というのもあるけど。
「あら、懐かしい事をしてるのね。子供の頃、あんな遊びをしてた気がするわ」
「一応言っておくけど、あれは遊びじゃなくて鍛錬のつもりで俺はやってたからな?」
「そうなの? ま、楽しければ別に良いじゃない。そうね、鍛錬の中にもゲーム感覚で遊びを取り入れる…… うん、良い考えだと思うわよ。今度騎士団の鍛錬にも取り入れようかしら?」
だから遊びじゃないし、可哀想だから止めてやれ。あー、思い出した。こいつとこの鍛錬をしてた時、終始笑顔だったのはその為だったのか。苦痛が快感になったのかと、一時期心配したんだけどな。尤もその実体はドSであった。はっはっは、おじさん泣きそう。
「思ったんだが、あんな感じでハルと千奈津は一緒に鍛えた方が効率が良いかもれない。2人とも真面目に鍛錬するし、負けず嫌いなところがあるからな。毎日は無理だろうが、時間が空いたら千奈津を連れてうちに来いよ。ハルも喜ぶし、張り合いもあるだろ」
「えっ? あ、う、うん…… そうする!」
よし、これで多少なり千奈津が壊れる心配が緩和された。何しろこの走って投げて斬ってループを、子供の遊びと称してしまうネルだ。遊びから修行に移行したら、何をしでかすか分かったもんじゃない。俺の目の届く範囲にいる限りは、まあ無理をさせる事もない筈だ。これで恩は返したぞ、千奈津。
「久しぶりに、ちょっと私も混ざって来ようかしら。ふふん、師である私の腕を弟子に見せてあげ―――」
「あー、急に俺もやりたくなってきちゃったな! よっしゃネル、俺が相手になってやるよ! 火消しのデリスと言われた俺の実力、また見せてやる!」
「そう? デリスが相手なら、それなりに本気を出しちゃおうかな。子供の時の雪辱、晴らしてあげるんだから!」
お、恩は返したぞ、千奈津……!