第63話 宴
波乱のゴブリン軍団と、悠那と千奈津が戦う戦場。時間は要したものの、ここでの戦いも漸く終わりを迎えようとしていた。
「これで――― 最後っ!」
「ギィアッ!」
風の如くゴブリンコマンドの背後に回り込んだ千奈津が、刀で敵の首を一刀両断する。途轍もないスピードで駆ける千奈津の姿はゴブリン兵程度では捉える事ができず、その殆どが一刀の下に斬り伏せられた。唯一ゴブリンキングだけは僅かに見えていたようだが、それでも千奈津の剣に対応できるほどではなかったようだ。
「千奈津ちゃん、お疲れ~」
毒霧を撒きながら千奈津のサポートをしていた悠那が、ポーチから出したタオルと水筒を差し出しながら労う。血を掃った後でカチンと刀を鞘に収め、笑顔でそれを受け取る千奈津。
「悠那もお疲れ様。私、どうだった? ちゃんとできてたかな?」
「うん! 倒していくうちにドンドン速くなっていたし、師匠も褒めてくれると思うな。さ、これで目的達成だね」
「お互い無事で良かったわね。ネル師匠の方も終わったかしら?」
「途中までおっきな音が鳴ってたけど、大分前にそれも聞こえなくなったね。多分、もう勝ったんだと思うよ」
「ならキャンプに戻りましょうか。えっと―――」
千奈津は視界の端に、先ほど殺したゴブリンコマンドの首なし死体が起き上がるのを目にする。死者が動き出す異様な光景は、ホラーが苦手な彼女にとって悲鳴を上げるべき案件だ。しかし、今回に限っては顔をややしかめる程度で、叫ぶような事には至らなかった。というよりも、既にそれは済ませていたのだ。
「―――このゴブリンの動く死体達、放っておいて良いのよね?」
「う、うん。師匠がここ周辺に、私のヴァイルみたいにゴブリンの屍を動かす魔法を施したみたい。死体とか放っておくと衛生上良くないから、後片付けした後に自分から焼却用の炎に飛び込んでくれるって」
動く死体達は一先ず四肢が残っていれば動けるようだ。それ以上に損傷が激しいものを、その死体達が1カ所に集めて燃やしている。そして仕事を終えた者達から自らも炎の中に飛び込むという、かなりブラックな労働を強いられていた。
「直接触れもしないで勝手に命令に従ってくれるから、レベルの差は段違いなんだけどね。もっと上位の魔法らしいから、もっと頑張らないとなぁ」
「デリスさん並になれば、一気にこれだけ操れるものなのかしらね…… あ、そう言えばデリスさんは?」
「暫く席を外すって。終わり次第、先にキャンプ地に戻ってろって」
「そ、そう。戻りましょうか」
「……ゴブ」
後始末を物言わぬ彼らに任せ、2人と1匹はカノン達の待つバーベキュー会場に帰るのであった。
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キャンプ地では肉が焼ける良い香りが充満していた。運動した後の心地好い疲れとそろそろ食事時である事から、自然と口の中に唾液が溜まってしまう。
ネルが現地調達したものだろうか。鉄板の前で肉を焼くムーノの他にも、ダガノフが巨大な猪型モンスターを丸焼きにしている。ビックリするほど巨体なので、中まで火を通すのに苦戦しているようだった。その隣にも食材となる
「―――む? お、おお! ハルナ殿にチナツ殿っ! 無事でありましたかっ!」
ムーノがこちらに気が付いたようだ。それに伴って、カノンとダガノフも悠那達に駆け寄って来る。
「ただいま戻りました。北の方面は解決ですっ!」
「ほ、本当に倒しちゃったんですね。僕なんて、いつ襲われるか不安で震えてたのに……」
「だから
「まあ兎も角、お2人がご無事で何よりです。団長とデリス殿はもうじき戻ると思いますので、それまでテントでお休みになってください」
「いえいえ、私も手伝います! どちらかというと、ここからが本領発揮ですっ!」
「悠那、元気ね…… でも、私も手伝いますね。今、とっても感覚が冴え渡っているので良い仕事ができそうです」
「そうですかな? ならばお願いするとしましょう。 ……ところで」
怪訝な表情をしながら、ダガノフが悠那の隣に顔を向け直した。
「……ゴブ」
「この赤いゴブリンは?」
「ゴブ男君です」
「は?」
「ゴブ男君です」
「あの、悠那がモンスターを使役したと思って頂ければ…… デリスさんの了承も得ているので、安心してくださって大丈夫だと思います」
ゴブ男君一点推しの悠那の説明では要領を得なかったので、千奈津が代わりに説明を行う。モンスターの血抜き作業もできると申し出たら、カノンがやたらと歓迎してくれた。
それから一同はデリスとネルが戻るまで作業に没頭する事となる。悠那は猪の丸焼きに、千奈津は鉄板焼きに、ゴブ男君は血抜きを手伝った。そうこうしているうちに辺りも暗くなり始め、調理も終わりを迎えようとしていた。
「お、良い匂いだな」
「今戻ったわ」
「「師匠!」」
ネルとデリスの2人は北でも南でもなく、なぜか東から現れた。
「状況報告なさい」
「ハッ。悠那殿、千奈津殿がゴブリンの集団を撃破、調理した肉の状態も良好であります」
「よろしい。頑張ったわね、2人とも。南のオーク共も殲滅し終わったし、一先ずは遠征成功かしら。今日は食材が沢山ある事だし、目一杯食べて良いわよ。特にハルナ、遠慮しないでおかわりしなさい」
「良いんですかっ!?」
おかわり自由のお達しに、悠那が歓喜する。大きな大会の後など、悠那がいつもより大量に食べる事を知る千奈津は苦笑いを浮かべるも、自分も結構腹を空かせていたので口には出さないでおいた。千奈津自身もいつもより食べる自信があったのだ。
「師匠、用事は終わったんですか?」
「んー、終わったには終わったんだが、面倒な事にまた新しい用事が増えたって感じかな」
「新しい用事?」
「家に帰ったら教える。帰るまでが遠征とも言うし、最後まで油断するなよ」
「ご安心を。私、油断した経験がないのでっ!」
「ははっ、そうだったな。さ、ドンドン食え! おかわりもいいぞ!」
「わーい!」
諸手を挙げて喜ぶ悠那。労いの宴が始まった。
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国境の砦、その屋上から指揮官であるジャネットと、隣国タザルニアのライズが単眼鏡を覗きながらその様子を眺めていた。
「……どうやら、無事に撃退したようですな」
「ええ。流石は黒鉄と殲姫、そしてそのお弟子さん方です。その足で宴を始める辺り、冒険者としての豪胆さも消えていないと見える」
「この砦で準備するとも申し出たのですが、ネル団長にすっぱりと断られてしまいましたよ。遠征は戦も食事も含めて全てを鍛え上げる事、だそうです」
「ご、豪胆ですなぁ…… 黒鉄、殲姫、そして畏怖。いやはや、あの3人が冒険者として各地を回っていた頃が本当に懐かしい」
「恥ずかしながら、私はその頃の話に疎いものでして。しかし、畏怖…… ですか? その方も初耳なのですが、今はどうして?」
何気ないジャネットの言葉に、ライズが表情を曇らせる。ややして、ゆっくりと口が開かれた。
「……まだ私も冒険者をやっていた頃、もう十数年前も昔の話になりますかね。畏怖とは、これくらいのエルフの少女の二つ名でして、栗毛色の髪をした可愛らしい子だったと記憶しています」
ライズが手で示した身長は、大体150cmほどだろうか。悠那と同じくらいの背の高さである。
「もし成長していれば、ネル団長のような絶世の美女になっていた事でしょう」
「……もし、とは?」
「亡くなったらしいんですよ。何の依頼の最中だったのか詳細は分かりませんが、ただ、あの2人だけが哀し気な様子でギルドに帰還したそうです。その後直ぐに2人も冒険者から身を退き――― まあ、その後については貴国の方が詳しいでしょうな」
「つ、詰まり…… その際に、ネ、ネル騎士団長が負けたのですか!?」
「声が大きいですよ。この件に関し、当時のお2人は固く口を噤み、また周りも聞けるような雰囲気ではなかったのです。ここでの話は、どうか心の中に留めてください」
「………」
仲間を失い、そのような様子で戻って来るとなれば、誰の目から見ても敗北してしまったのは明白だろう。大八魔とでも鉢合わせになったのだろうか? 王国最強の騎士よりも強い存在がいるかもしれない。ジャネットの心はとてもではないが、穏やかではなかった。