第61話 我が家にペットがやってきた
「かっ…… たぁーーー!」
ハルが高らかに勝利宣言を上げたと同時に、バタリと地面に倒れ込む。そりゃそうだ。ハルが大好きらしい、ジャイアントキリングを成し遂げたんだ。普通であれば逆立ちしてもひっくり返らない格上を相手に、大勝利を収める大番狂わせ。しかも、その相手が今ではこれだ。
「……ゴブ」
そう、ハルのヴァイルによって、あの赤いゴブリンはゾンビに――― ゴブ!?
「おい、ハル。このゴブさんに何したんだ、お前……」
「あ、師匠!」
バッと起き上がったハルは、もう元気溌剌といった感じだ。興奮冷め止まず、鼻息も荒い。ふんすかふんすか。
「どうでしたどうでした? さっきの戦いっぷり!」
「いや、うん…… 満点だ。文句の付けようがない」
戦闘に関しては、今回俺がアドバイスできる事はない。それくらいに見事なものだった。本当に危なくなった瞬間に手助けしてやるつもりが、全くその必要がなかった。
特に驚いたのは合気を使う時はもちろん、相手の精神を揺るがすハートハッシュの魔法を、杖や蹴りを交わす際にも使用していた事だ。手で触れる時に発動するのは簡単だが、足ともなるとなかなか難しいのだ。杖に関しては体の一部でさえないからな。魔力をより円滑にコントロールする術を持っていなければ、とてもできない技術と言えるだろう。蹴りや杖を放つ一瞬、そのタイミングを見誤らずに魔法を詠唱する。それができるのは、騎士団の中でも数えるほどしかいない。
それと、黒魔石の杖の使い方についてもよく理解している。最初に魔力を通した者以外の魔法を受け付けない素材の特性を活かして、杖を盾に敵の魔法を打ち破っていた。普通はこれ、分かっていてもそうそうできるもんじゃない。直撃すれば死ぬかもしれない攻撃を前に、土壇場のあの胆力。うちの弟子、マジで心臓に毛が生えてるレベルのメンタルですわ。
「ふふん、そうでしょうそうでしょう! 今回のバトル、私的にも会心の出来だったんです!」
「それは良いけどさ…… で、このゴブさんは?」
「……ゴブ」
「すげぇあざとい感じでゴブゴブ言ってるけど」
「あざとくないです! ちゃんとゴブ男君を忠実に再現してるんですっ! そうするようにヴァイルを使う時に指示しましたから」
「ゴブ男君をか? ……何の為に?」
「え? 可愛いじゃないですか? 見た目は格好良いのに、台詞はゴブしかないこの男らしさ。これぞ最強です!」
「………」
ノーコメントで。まあ、元々このゴブリンの知能は高かったんだろう。ゾンビ化してもハルの命令を理解しているようだし。能力も低下しているとはいえ、高い事には変わりない。戦力としても期待できるだろう。
「師匠、ゴブ男君うちで育ててもいいですか?」
「いけません。拾ってきた場所に戻してきなさい」
「ちゃんと育てますからっ! ほら、家事手伝いをさせたら鍛錬の時間も取れますし、一家の癒しにもなります! 餌代も私が出しますからっ!」
ゴブリンに癒されんのはお前だけじゃねぇか…… てか何? ゴブ男君、ペット的な立ち位置なの?
「……ハル、お前の気概は分かった。お前の事だから、途中で飽きたとかもなる事は絶対にないだろう。だがな――― 腐るぞ?」
「―――っ!」
ハッと重大な事実に気付いた顔をするハル。このゴブ男君は肉体の損傷は少ないとはいえ、ヴァイルは最低級のゾンビ化魔法だ。戦わなくとも日が経てば、肉体はどんどん削げ落ちていく。見た目も悪いし、何より臭い。魂のないゾンビだから回復魔法も逆効果、修復させるには専用の魔法を使うしかないのだ。
「そ、そんな…… 私とゴブ男君は、
「
珍しくハルが打ちひしがれている。むう、こんな事で落ち込んでしまわれても、師として困ってしまうんだが…… あー、うーん……
「……ハル、ゴブ男君がお前の手伝いに入れば、修行の効率は上がるんだな?」
「そ、それはもう。ヴァイルで簡単な命令は理解してくれているみたいですし、掃除やお洗濯は格段に早くなると思います」
「なら、ハルが専用の魔法を覚えるまでは、腐らないように俺が手入れしとく。見た目もサービスでマシにしておいてやる。ちゃんと自分で飼えるように、日々の鍛錬を頑張れよ。オーケー?」
「……し、師匠ーーー!」
「抱きつくな、抱きつくな」
ま、今回の頑張りのご褒美だと思えば、妥当なところだろう。格好はこのままだとアレだし、家政婦っぽく着飾れば多少は可愛く見える、かも? 兎も角、ハルが嘘をついた事は今までにない。こいつの言葉を信じて、修行がより良いものになる事を願おう。
「あ、そうだ! まだ戦いは終わっていないんでした。師匠、私も千奈津ちゃんを手伝ってきますね」
「その必要はないぞ。言っただろ、他の敵は千奈津が総取りしちゃうって」
「た、確かにそうですけど……」
ハルが辺りを見回すと、周囲のゴブリン達は慌てふためいていた。頭であるゴブ男が敗れ、更にゾンビにされちゃったからな。混乱するなという方が無理というもの。逃げ惑う者、それでも戦おうとする者と反応は様々ではあるが、千奈津によって斬り伏せられる結果は変わらない。愛しのネル様に頼まれた弟子でもあるからな、千奈津にもしっかり経験を積ませないとならん。
「やっぱり、千奈津ちゃん速いですね。ゴブ男君並でしょうか?」
「かもしれないな。その分、攻撃や防御面が貧弱だから、ここで剣術スキルを上げようって算段だ。HPや筋力、ついでに敏捷も上がって更に速くなるだろうなぁ」
「千奈津ちゃんとの模擬戦のお蔭で、ゴブ男君のあのスピードについて行けたところがありましたし、後でお礼を言わないといけませんね。それにしても、まだ速くなるのかぁ…… 楽しみです!」
俺はこの戦いで成長したであろう、お前のステータスを見るのが楽しみだよ。だけど、それはちょっと野暮用を済ませてからにするか。
「ここまで戦況を覆せば、もう俺が付いてなくても大丈夫だろ。ハル、俺は少し席を外すから、敵を逃がさないように千奈津のフォローに回ってくれ」
「了解です。ちなみに、師匠はどこへ?」
「何、覗き見してる悪い子に、ちょっとお仕置きしに行くだけだ」
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南の戦場、対オークの軍団。そこには奇妙な光景が広がっていた。青々した草原、心に安らぎもたらす平和な風景に特に変わった様子はない。しかしその上には、丸焦げの焼死体が散乱していた。焼死体の数は優に1000を超え、黒ずみ、炭化して崩れ落ちてしまったものまである。
死体の殆どはオークのものだった。オーク、オークキャプテン、オークジェネラル、オークキング――― 中には更に上の進化形態、オークロードの姿もあった。しかしレベルは異なれど、その有様は全て同様。ゴブリン達と同じくしっかりとした武装が施された軍隊に、生き残れた者はもう1体しかおらず、その命もまた潰えようとしていた。
「さ、貴方で終わりね。何か遺言はある? ええっと、オーク…… 何だったかしら?」
この惨事の元凶、ネル・レミュールが問い掛ける。彼女の眼前にいるのはオークを率いていた長、オークサタン。四肢は既に焼け焦げ、もはや立つ事もできない。唯一できる事は、その醜悪な顔を歪ませる事だけだろう。
「フハ、フアハハハハ! 貴様、よく覚えておくがいい。貴様らが手を出した我らには―――」
捨て台詞を吐こうとしたオークサタンの体が、一瞬のうちに炎に呑まれ、燃え尽きる。
「―――ああ、やっぱり言わなくていいわ。それよりも事情に詳しそうな奴を見つけたし」