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第57話 蹂躙

 その後もハル達のアウトレンジ攻撃は続いた。ハルの一点突破貫通弾により敵の防御陣は無に帰し、千奈津のグリッターランスで密集したゴブリンを一掃する。ここまでは一方的なワンサイドゲーム。しかし、問題はMP残量が減ってからだ。回復薬を飲めば回復はするが、これはそう何度も飲めるものではない。もしかしたら大食いのハルなら問題ないかもしれないが、標準的な女の子の胃を持つ千奈津はまず無理だろう。なぜならば、単純に腹が膨れて飲めなくなるのだ。戦闘中に食い過ぎ飲み過ぎになっては目も当てられない。だから、回復薬を使うのは精々が1回まで。適度なところでMPを残しつつ、お次の接近戦に備えなければならないのだ。


「まあ、千奈津はハルの2倍近くMPあるから、まだ大丈夫そうか」


 師匠権限でハルのステータスを覗く。ハルの方はそろそろ打ち止めとなる1本目の回復薬が欲しくなる頃なのだが、千奈津はまだまだ余裕がありそうだ。ハルが回復薬を数回飲めると仮定すれば、丁度トントンの残量になるかもしれないな。


 今のところ的にしかなっていないゴブリン達はというと、仲間の屍を乗り越えて未だ愚直に突き進もうとしている。ただ、縦に長かった戦列を横に広げて、できるだけ被害を食い止めようという工夫は見られた。頭数を減らしながらも着実に前には進み、もうじき弓矢の届く範囲に入りそうだ。


「んん! 千奈津ちゃん、そろそろ矢が飛んでくるかもっ!」

「私は危険察知のスキルがあるから、大体は平気だと思う。この速さなら当たる方が難しいと思うし。悠那こそ気を付けて!」

「え、何か言った?」


 ゴブリンが放った矢をキャッチして、矢の主に投擲して返したハルが聞き返す。相手の矢が届くなら、ハルが投擲しても届く距離って事だからな。投擲スキル、敵にすると恐ろしい力だ。


「……うん、その調子!」


 千奈津も良い感じにハルに慣れてきたようだ。流石は幼馴染、適応が早い。


 さて、ここまでで大体200匹ほどのゴブリンを潰しただろうか。個々の力は完全にこちらが上だが、やはり数が多いな。数の暴力は侮れない。今は距離があるからいいが、接近戦になればそれが顕著に現れてくる。そうなる前に如何にして有利な条件を築けるかが課題になるのだが、それはもうハルが先手を打っている。


「先頭のゴブリン、毒霧ゾーンに入ったよ!」

「何か、凄い咽てるわね……」


 そう、最初に振り撒いていたフュームフォッグだ。漸く敵の先頭部隊がその有効範囲に入ったのだが、明らかに苦しそうにしている。自ら毒を浴びているのだから当たり前だな。この毒は即効性がない代わりに、じわじわと体力を削っていく。ネルの馬鹿みたいなHPがあれば別だろうが、レベルの低い者ほど毒の継続ダメージはきついのだ。俺や千奈津のように魔法で防ぐのも1つの手だな。今のところゴブリンが使う気配はないけど。


「千奈津ちゃん。そろそろ用意していた鉄球が切れそうだから、前線に出て戦ってくるついでに回収してくるよ。援護よろしく!」

「はいはい。あまり深追いしないでね」


 黒杖を片手にハルが駆け出す。千奈津はハルが向かう方向目掛けてグリッターランスを放ち、可能な限り道を作っていく。ドカンドカンと光の槍が降り注ぎ、その度にゴブリンが複数匹吹き飛んでいた。南無南無。


 ハルがまず接敵したのは毒霧の中を歩く一団だ。大分毒を吸ってしまったのか、その動きは緩慢。視界も紫に染まっている為、ハルが目の前に現れると驚いて身を震わせていた。


「せーのっ!」


 しかし、この子は手加減などしない。重みたっぷりの黒杖で胴体から薙ぎ払い、ゴブリンの体はくの字となって真横に吹っ飛ぶ。衝撃により鉄鎧は陥没、飴細工のように破れてめくれてしまっていた。元々単体で勝負にならない戦いが、毒霧によって更に戦力差が開いているなぁ。


 その後も同じ調子で一通りの清掃を済ませ、ハルは毒霧の向こう側、次なるゴブリンの部隊へと飛び込んだ。その瞬間に待ち伏せをしていた弓兵ゴブリン達が矢を放つも、杖によって全て弾き落とされる。返却されなかっただけでも彼らはラッキーだな、うん。ハルが投じた鉄球はこの部隊の背後にあるから、回収するとすればこの部隊とも戦う必要があるか。お、この部隊はオーガが3匹いるな。


「千奈津、でっかいのが来てるぞ」

「何が来ようとやる事は同じです。私の光は全てを滅す! グリッターランス!」


 そう言いながら千奈津が光の槍をオーガに放った。緊張が解けて逆に口上がノリノリになってるな、この子。優等生にもはっちゃけたい時がある。ああ、分かる、分かるとも。誰にも言いやしないさ。思う存分弾けるといい。


「グゥオオオーーー!」


 そして、千奈津の魔法は周りにいたゴブリンには当たったものの、肝心のオーガには避けられた。


「躱されたな」

「あ、あれ……?」


 千奈津、ちょっと困惑気味の模様。


「距離が開き過ぎたな。毒霧よりも向こう側だと、ゴブリンには当たるがオーガには対応される、と。ま、グリッターランス自体がそんなにスピードのある攻撃魔法じゃないし、練度不足が祟った感じか」

「グリッターランスで遅いんですか? 光の槍なのに?」

「別に光の速さで進む訳じゃないぞ。そういう魔法もありはするが、覚えるにはまだ早いかな。それよりも今使える魔法を上手く使えるようになるのが優先。グリッターランスだって練習すりゃもっと速く飛ばせるんだ。ほら、呆けるよりも援護援護!」

「は、はいっ!」


 遠くにいるオーガの相手はハルに任せ、千奈津はゴブリン殲滅に集中。とは言ったものの、初の戦闘でこれだけ使いこなしていれば十分だったりする。それでも折角の成長の機会なんだ。ハルだけでなく千奈津も親友として、そのライバルとしても大成してもらいたい。ネルの扱きに会う前に、できるだけ生存率を高めてあげたいしな。


「さて、漸くぶつかるか」


 霧の向こうで鉄球回収&肉体言語を行っていたハルの前に、3匹のオーガが立ちはだかった。間近まで近づくと大人と子供以上の身長差だ。鬼の形相を浮かべるオーガは肌の色と亜人族である事はゴブリンと同様ではあるが、比べものにならないくらいに凶暴で、その巨体と怪力で敵を捻じ伏せる手強いモンスターだ。総合力でいえばレベル3~4の境目くらいの強さかな。一方で頭はよろしくない為、罠を使えばレベル3程度の冒険者パーティでも倒す事ができる。ゴブリンと違ってあのオーガ達は丸腰、ハルなら適度な練習相手になりそうだが、どうだろうか。


「グゥオルォ!」

「せいっ!」


 オーガ先手、固く握った強靭な拳を力強く振るう。ハル、タイミングを合わせて拳の指に向かって黒杖を叩き付ける。痛い。


「ガァーーーッ!?」


 攻撃を受けたのは手の方の小指だけど、あれって箪笥たんすに勢いよく足の小指ぶつける痛さ以上だよな。あらぬ方に曲がってるし、鬼の目が涙で潤んでいる。周りのゴブリン達はオーガに矢が当たるのを警戒しているのか、はたまた痛いしっぺ返しを恐れてか、攻撃するのを躊躇っているようだ。もちろん、ハルは隙があらば全力を叩き込む。


「ギィ、ガァッ!?」


 四肢に向かっての黒杖連撃。当たる度に何かが折れる音が鳴り響き、オーガが膝をついたところで頭部への必殺、高く飛び込んでの振り下ろし。もう頭部がどうなっているかは解説しなくていいと思う。結果としてオーガは俯きになって倒れ伏した。


「んー、こっちの方が良いかな?」

「グゥ、グオオゥ……」


 威力が過剰過ぎると感じたのか、ハルは黒杖をポーチにしまって素手となる。次の標的はやや威勢がなくなっている2匹目、3匹目のオーガであった。

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