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第56話 激突

「わー、一面モンスターだらけですね、師匠!」

「思いの外多いな。それに、装備も良さそうなものを揃えてる」

「………(ドキドキ)」


 国境防衛、その北方を担当するハルと千奈津、保護者の俺は眼前に広がるゴブリンの軍勢を眺めていた。朽ち果てた使い古しのボロ装備などではなく、身に着けているのはしっかりとした作りの鉄製品が多い。兜に鎧に、武器としての剣や槍、その全てがだ。ここ最近でゴブリンによる大規模な被害を聞いた覚えはないし、あいつらの中に鍛冶職人がいると考えるべきか。2メートルの巨体を誇るオーガ族も仲間に引き入れているようだし、なかなかに興味を惹かれる面子となっている。


「煙と肉の匂いに誘われてんのかな。まずは作戦通り、真っ直ぐこっちを目指してる。さ、お前ら準備は良いか? 特に千奈津、そんなに緊張するな」

「だ、大丈夫です……(ドキドキ)」


 全然大丈夫に見えない…… そういや、千奈津はこの遠征が初めてのモンスター討伐だったか。その初戦となる相手がこの大群じゃ、緊張するなっていう方が酷な話か。


「ステータスやレベル面で言えば、千奈津はハルの大分上をいってるんだ。ゴブリン相手なら問題なく戦える。だから強張らず、力を抜け。相手は多いが、お前には頼りになる仲間がいる。それを常に意識しろ」

「便りになる、仲間……」


 千奈津の頭に手を置いて、こっそりと『リフレッシュ』の光魔法をかけてやる。この魔法はハルの『ハートハッシュ』とは逆に、触れた対象の精神状態を安定させる作用がある。気休めにしかならないかもしれないが、緊張とは実戦に移る前の時間に最も高まるもの。実際に戦いが始まれば、こんなまじないなしでも千奈津なら慣れ始めてくれるだろう。


「……ありがとうございます。少し、落ち着いた気がします」

「よし、なら行って来い―――」

「あの、師匠。私には?」


 ぴょこんとハルが頭を出す。いや、お前の鋼メンタルなら絶対必要ないんじゃ…… まあ、いいけど。


「あー…… ハル、この戦いでお前はまた大躍進するだろう。目指すはレベル4だな。だけど今はそんな事は考えないで、いつものように全身全霊、全力でアタックしてこい。それができれば勝てると俺が保証する」


 撫でり撫でり。一応、リフレッシュもかけてやる。


「よーし、気合い十分です! 千奈津ちゃん、行こう!」

「うん。ではデリスさん、行って来ます」

「気を付けてな~」


 ひらひらと手を振り、2人を送ってやる。とは言っても、俺も後ろから付いて行くんだけどな。その辺りは気にしないでくれると嬉しい。


「悠那、今のうちに補助系魔法唱えておくね」

「うん、お願い!」


 千奈津は自身と悠那に『リジェネ』と『リカバーブレス』を施す。リジェネは光魔法のレベル40で覚える自動回復効果付与、レベル80で会得するリカバーブレスは状態異常耐性を付与する。どちらも一定時間効力を発揮するから、できれば戦闘前に掛けるのが望ましい補助魔法だ。


「リカバーブレスが効いている間は、悠那の毒霧の中にいても大丈夫だと思うわ。私を気にしないでいつも通り使って」

「了解、光魔法って本当に便利なんだね」

「便利だけど、万能ではないわ。浅い傷とかはリジェネで直ぐに治るけど、大きなダメージに対してはあまり過信はしないで。怪我したら私が回復するから、危なくなったら素直に退避する事。分かった?」

「分かった! 無理をしない程度に死ぬ気で戦う、だね!」

「う、うんっ……? ま、まあいっか。なら行きましょうか!(ドキドキ)」


 ちぐはぐな会話には若干の不安を残すが、最低限の意思疎通はできていると信じよう。2人がゴブリン軍団に突貫する。偵察が何回か覗きに来てたし、やっこさんも俺達の存在にはもう気付いているな。鉄兜に鉄鎧、鉄製武器と盾でガチガチに防御を固めたゴブリンが横一列に、それが何層にもなって並びつつ行進。その更に後ろでは弓を装備したゴブリンがちらほらと見える。オーガは――― もっと後ろの方か。


「千奈津ちゃん、まずはこの周辺に毒を撒くから、ここを基点に殲滅しよう!」


 ハルが地面に手を付いて、フュームフォッグの魔法を発動させる。別に地面に手を付ける必要はないんだけどな、ポーズを気にしているんだろうか? 紫色の毒霧はハルを中心に拡がっていき、ゴブリンの軍勢が大きく迂回しない限りは、すっぽりと行進範囲に収まる程度に空気を汚染していく。俺は俺で自前のリカバーブレスを自分に施しておく。


「……見た感じ、特に気にしている様子はない?」


 毒霧が目の前に現れたのはゴブリン達にも見えているだろう。だが、それを避ける訳でもなく、そのまま真っ直ぐ行進を続けている。


「意地でも私達を倒したいとか、かな? 流石はゴブ男君の血統、潔いっ!」

「そのゴブ男君って誰なのよ…… 兎も角、今のうちに数を減らしておきましょうか。悠那は例の鉄球を使うの?」

「うん。数に限りがあるから、使い終わったらちゃんと回収しなきゃだけど。千奈津ちゃんは?」

「私は魔法、かな。グリッターランス」


 千奈津が魔法を唱えると、光の粒子が宙に大型の槍を作り出した。同魔法レベル50で覚えるグリッターランスだな。使い方は――― 今目の前で千奈津が実践してくれるだろう。


「か、格好良い……!」

「そ、そう? そ、それじゃ飛ばしてみるね!」


 ハルに褒められて照れる千奈津。やや頬を赤くしながら、照れ隠しなのかグリッターランスを盛大に放出した。宙に浮いていた光の槍は勢いよく飛んで行き、ゴブリン達の先頭集団に直撃する。あれだけピカピカ光って目立つ槍だ。放った時点で何らかの攻撃が来ると向こうも分かっただろう。だが、そもそも千奈津の魔力とゴブリンの耐久力(+鉄装備)では差があり過ぎる。ゴブリン達は盾で防御体勢を取っていたが、その盾ごと貫かれて無残な姿になってしまった。当然ながら、前線は予想外の攻撃に大混乱である。被害は背後の列にまで及び、大体10匹くらいはこの攻撃で屠ったか。地面に深々と突き刺さったグリッターランスはその役目を終えて、また粒子となって分散していった。


「わー、すっごいなぁ……!」

「ああ、なかなかの威力だな。グリッターランスは光魔法の数少ない攻撃手段だ。ここならまだ弓の届く距離でもないし、暫くはその調子でアウトレンジ戦法ができそうだな」

「よーし、私も戦線に一投を投じますね!」


 ハルもやる気だ。所々言葉の使い方は間違えているが、やる気なら些細な事なのである。ポーチから取り出すは、例の如くガンさん印の超重量級鉄球。滑り止め剤の粉末を手に付けるように、丹念に毒を生成して更にボールを重くしていく。ハル選手、振りかぶって――― 投げたっ!


「ギィアッ!?」

「ッバガァ!」

「避ケロ! 避ケガァダッ!?」


 ……これ、何て言えばいいんだろうな? ボーリングのピンに向かって鉄球クレーン車使っちゃった、みたいな? 威力があり過ぎて当たったピンから粉砕しちゃったり、敵部隊の前から後ろまでそのまま突き抜けちゃったり、最後に指揮官らしき片言喋りのゴブリンを滅殺したところで、漸くハルが放った鉄球は止まった。塗った毒とか関係なく、当たった奴は全員即死である。敵先頭部隊の真ん中だけ綺麗に死んだな、おい。


「よし!」


 ハル的には良かったらしい。


「………」

「見事なオーバーキルだな」

「あの、ネル師匠はあれを防いでいたんですか……? しかも、連続で……? 素手でっ!?」

「千奈津。君の師匠はな、人の世の理で測っちゃいけない類の人間なんだ。深く考えるな」


 今頃オーク相手にハッスルしてるだろうしな。殺戮的な意味で。

今更ながら章設定してみました。意味は特にない。

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