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第53話 キャンプ

 青い空、白い雲、数日前の希望の朝を思い起こす、素晴らしきピクニック日和。白兎がのどかに寝そべるような草原は、今日も実に平和だ。しかし、もうじきここはモンスターの大群が押し寄せる戦場になる。その迎撃をすべく、俺達は額に汗を滲ませて準備に当たるのであった。


「ネルさん、お野菜切り終わりましたっ!」

「こちらもオッケーです」

「ご苦労様。鉄板の近くに置いといて頂戴」

「「はいっ!」」

「ネル団長! このムーノ、燃えそうな枝を集めてきました!」

「遅いっ! ダガノフが暫く前に焚き火台を作っちゃったわよ! ほら、急ぐ急ぐ!」

「も、申し訳ありませんっ!」

「おい、カノン。そっちもっと強く引っ張れ。テントが上手く立たないだろ」

「………」


 そう、ネル立案のバーベキューの準備は着々と進んでいるのであった。肉以外の具材切り分けるハルと千奈津、鉄板を置いて火を熾す焚き火台をダガノフ老が作り、ムーノ君が火の燃料となる枝木を拾い、俺とカノンは休憩所となるテントの組み立て。総司令として各班を手伝うのはネルだ。


「あの、デリスさん。僕達、モンスター討伐の遠征に来たんでしたよね?」

「ん? カノン、何を今更そんな事言ってんだよ。当たり前だろ」

「いえ、ちょっと不安になってしまいまして……」

「ちょっと、カノン! 手が止まっているわよ!」

「……まあ、混乱する気持ちは分からなくもないが、今はテントの設置に尽力した方がいい」


 このバーベキュー、何も考えなしにやっている訳ではない。確かに待っているだけだと暇だし、腹は減ったし…… などといった理由も少なからずはある。だがその真意は、モンスターの集団をここに引き寄せる効果を狙っているのだ! 煙が立てば遠目にも人がいる事が分かる。肉を焼く香しい匂いが漂えば、腹を空かせた獣達が寄ってくる。戦場が誤差なくここになれば、砦や周辺の村々への被害もない。要は俺達の腹を満たしながら相手が勝手に寄ってくると、良い事尽くめの作戦である!


 あの僅かな時間で巧妙なこの策略を思い付いたネルには脱帽せねばなるまい。冒険者やってた頃は火力全振り突撃少女だったからな。昔の知識を活かし、被害を最小限に抑える。実に素晴らしい事だ。


「あとは肉の確保ね…… 早く来ないかしらねー」


 兎を狩る獅子の如き瞳で、遠方を見詰めるネル。いや、色々待てよ。


「ネル、もしやと思うがこれから来るモンスターから食料を調達する気か?」

「え、そうだけど?」

「「えっ!?」」


 千奈津とカノンが声を揃えて驚く。無理もない、それは玄人向けだ。


「おいおい、ゴブリンやオークは肉が臭くて食えたもんじゃないぞ。昔、それでお互い腹壊しただろ。材料の厳選を要求する」

「それはダンジョンの中で飢えて、仕方なく食べた時でしょ…… 大丈夫よ。オークキングの集団の中に、ボア系のモンスターが確認されているそうだから。あれなら猪みたいなものだし、脂がのって美味しいわ」

「いや、師匠…… そういう話では……」

「ああ、なんだ。それを早く言ってくれよ。心配して損した」

「「デリスさんっ!?」」


 また2人が声を揃える。大丈夫だって、ボアなら普通の猪肉と変わんないって。過去の俺とネルが身を以って証明したから。


「ボア、猪…… 懐かしいなぁ。昔、山で修行してた時によく食べてました」

「あら、ハルナはいける口なのね。ほら、カノンも見習いなさい」

「え、ええっ……」

「そ、それよりも悠那、猪は資格がないと狩ったら駄目よ」

「お父さんとお母さんも一緒だったし、大丈夫だよー」

「ネル団長! このムーノ、火を起こしましたっ!」


 とまあ賑やかになってきたところで、ダガノフ老が兎を狩ってきてくれた。下処理は嫌がっていたがカノンに任せ、そろそろ頃合いかなと俺達は役割分担の確認、最後の打ち合わせに移るのであった。飯食う用の簡易テーブルに地図を広げ、ネルに投げられて進行役になってしまった俺は皆を見渡す。


「この遠征の役割だが、砦で話した通りの内容で進める。まず南から向かって来るオークキングの軍団、これを迎え撃つのはネルだ。逆側の北から迫るゴブリンキングはハルと千奈津、その保護者として俺が向かう。ムーノはこのキャンプ地で火の番、カノンは下処理係、ダガノフ隊長は臨機応変に2人のサポートに回ってください。何か質問は?」

「あの、下処理っていうと……?」


 カノンが自信なさ気に手を上げる。


「私が南のモンスターを相手しながら獲物を持ってくるから、その処理の担当よ。血抜きはこっちでやっておくから、皮を剥ぐなりのやり方はダガノフに教わりなさい。どうせこれから別の遠征でやらないといけなくなるんだから、今のうちにしっかり覚えておきなさいよ。まずはその兎から、かしらね」

「が、頑張ります……」


 カノンとムーノ君はダガノフ老が付いているし、まあ大丈夫だろう。失敗しても材料は腐るほどできるんだし。


「南もネルが担当するから安心かな。さて、問題の北担当の諸君」

「はいっ!」

「は、はい!」


 ハルと千奈津は戦闘服に着替え終わっている。ハルはいつものオレンジローブに黒杖、千奈津は動きやすそうな軽鎧、腰に帯刀といったスタイルだ。千奈津の軽鎧もネルのお古だな。かなり昔に見た覚えがある。


「俺も一応はいるが、まず戦力としてはいないものとして考える事。あくまでこの戦場には2人だけ、そしてモンスターを打ち倒すのも2人だ。それを頭に叩き込んでおけ。万が一にも2人がモンスターを洩らしてしまえば、背後にあるこのキャンプ地はお終いだ。キャンプ地に残る3人の命を背負っていると自覚して、臆する事なく、容赦なく、兎に角ぶっ倒せ。分かったか?」

「「分かりましたっ!」」


 まあ、気付かれない程度に手助けはするけどね。


「ハ、ハルナさん、チナツさん、くれぐれも気を付けてください……! (僕達の)命が掛かっているのでっ!」

「おお、流石は親友カノン、送り出す戦友の命を第一に考えているとは。ハルナ殿、ご安心ください。このムーノ、火の番は命を賭して臨む所存ですっ!」

「これ、カノンもムーノも変に焚付けるでない。お二人とも、まあそこまで気負わないで。多少背後を抜かれようとも、可能な限り私もカバーします」


 警備隊の連絡では、ゴブリンキングの軍勢は1000を超えるモンスターの混合部隊だ。ボア系を含むオークとは違い、こちらは完全に亜人種中心の構成。ゴブリンにしてはそれなりに良い装備を揃えているようで、弓矢を扱う者までいるらしい。モンスター相手ではあるが、ちょっとした軍隊を想定した訓練にもなるかな。


 そしてそんな模擬戦争をした後に控えるは、魔王を自称するゴブリンキング。普通であればレベル4程度のモンスターで、ハル1人でも十分に対処できる相手だが、さて―――


「師匠、私も食材捕まえますか? ゴブリンっ!」

「は、悠那っ!?」

「お前、本当に逞しいのな……」


 でもあれは本当に不味いのでNGです。ま、ネルみたいに食材を調達しながら撃退する訳でもないし、余程の事がない限り大丈夫だろう。それはフラグじゃないかって? むしろ、そうなってくれた方が来た甲斐があるんだよ。

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