第48話 夜の密会
ネルの屋敷でのディナーはやたらと豪勢なものだった。これ、予め準備していただろってレベルの希少品まで出ていたから、今日は最初から俺達を招待する気でいたんだと思う。ハルと千奈津が恐れていたテーブルマナーについては、無礼講という事でそれぞれに使用人を付かせて、教わりながら食べるという形式になった。美味しいんだけど、落ち着かない。2人の顔からそんな胸の内が伝わってくるようで、見ている身としては大変面白かった。
「師匠、私と千奈津ちゃんはこっちの部屋なので」
「おう、あんまり夜更かしするなよ?」
「その言葉、そっくりそのままお返しします!」
ハルと千奈津は久しぶりの再会という事もあって、2人は同じ部屋にしてもらった。久し振りの親交を楽しむなら、その方が良いだろうと俺が提案したのだ。優しい? いやいや、ハルが俺のベッドに入って来ないようにする為だ。添い寝まで許してはいたが、流石にネルの屋敷でそんな事をしたら大問題になるのは目に見えている。それとなくハルには注意しておいたが、念には念を。千奈津という枷を与え、万が一にも間違いを起こさない工夫を凝らしたという訳だ。策士は如何なる時も、一歩も二歩も先を見据えなければならないのだ。
「デリス、ちょっと付き合いなさいよ。良いワインを仕入れたの」
「夜更かしするなとハルから指令が来てな。今日はもう寝るべき―――」
「良かった。時間はあるのね? ほら、大人しくこっちに来なさいな」
そう、だからこんなネルの誘いも予想はしていた。ただ、対抗策が思いつかなかっただけだ。明日の遠征に備えて寝ようとする俺は、抵抗もむなしくネルに首根っこを掴まれ、ズルズルとネルの部屋に連れて行かれるしかなかった。
「ハルナに聞いたわよ。お酒、全然飲んでないんだって?」
窓際に置かれた小テーブルにワイングラスを置き、トクトクと葡萄酒色の液体を注ぎながらネルが尋ねてきた。その動作はディナーの際に見せた洗練されたものではなく、少し荒々しい。2人きりだからというのもあるんだろう。冒険者時代はいつもこんな感じだったし。
「まあ、酒は控えるようにしてる。お前もあんな事があった後で、よく酒の席に誘えるな……」
「別に気にしてないもの」
「いや、女としてそこは気にしろよ」
俺は昔、酒を飲み過ぎてやらかした事がある。詳細は省くが、やらかしてやってしまったのである。残念な事に俺にその時の記憶はなく、その結果のみが朝起きた際に発覚した。そんな事もあって昨日ハルが俺のベッドの中にいた時、実は心底動揺していた。
「それじゃ、責任取ってくれるの?」
「何度も取ろうとしただろ。家を全焼させるほどの喧嘩別れを3度するくらいには」
「……あれは嫌な事件だったわね」
「お前の魔法が原因だったけどな」
ネルの言う嫌な事件を再び起こさない為にも、それから俺は極力酒を飲まないようになった。幸いと言うべきか不幸と言うべきか、俺もネルもお互いに好意はあったようで、同棲したり別れたり同棲したり別れたり――― そんな事を繰り返していくうちに、今のなあなあとした関係に収まってしまった。
時には派手な喧嘩をしたのもあって、この関係、ネルんとこの騎士達には白日の下に晒されていると思う。まあ、暗黙の了解で知らないふりをしてるとか、ネルの堪忍袋の緒が切れるような真似はしない体制は築かれているだろうな。ムーノ君は異端だけど。
「お酒、弱い訳じゃないでしょ。なら、少しは付き合いなさい」
「……本当に少しだけだぞ?」
椅子に腰を下ろし、グラスを受け取る。あの時みたいな酒場の安酒じゃなく、桁外れに高級なものだろう。なら、悪酔いはしないか。
「何に乾杯するんだ?」
「んー、可愛らしい弟子達に?」
「何だそりゃ。まあ、いいけど」
グラスを軽くカァンと打ち付けて、乾杯する。本来であればワイングラスは鳴らさないものだが、冒険者上がりの俺達は樽ジョッキで乾杯するのが普通だったんだ。それに比べて随分と上品になった分、これくらいは許されるだろう。
「それで、可愛い弟子の千奈津はどんなもんだ? 沢山いる転移者の中から、わざわざあいつを選んだんだろ?」
「そうねぇ。何と言うか、城では殺気と野心がむき出しだったのよ。一目惚れって奴かしらね。この子、化けるかも! って。今は不思議と雰囲気が変わっちゃって、そうは見えないかもだけど……」
「見えないなぁ……」
千奈津の心配の源であったハルが、思う存分この世界を堪能していると知ったせいかもしれないが。逆に言えば、ハルがピンチにならないよう、これから努力も惜しまないとも思うけど。
「そうだ。これ、チナツのステータスの写しなんだけど、見る?」
ネルがメモの切れ端をひらひらと見せる。
「俺が見てもいいのか?」
「今日ハルと戦ってみて、何となくあの子のステータスは把握しちゃったもの。このままじゃフェアじゃないわ」
「別に勝負している訳でもないんだけどな」
「してるわよ? 卒業祭にも出す予定だし」
「は……?」
千奈津を卒業祭に出す? 何それ、初耳なんですけど。つうか、団長権限で出す気なのか? 横暴だ、権利濫用だ!
「ふふっ、その顔を見れただけでもチナツを弟子にした甲斐はあったわね。ほら、さっさと確認しなさい」
唖然としていた俺に、メモの切れ端が無理矢理に渡される。いや、まあそういう事なら見るけどさ。
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鹿砦千奈津 16歳 女 人間
職業 :僧侶LV4
HP :65/65
MP :470/470
筋力 :44
耐久 :20
敏捷 :254
魔力 :278(+60)
知力 :510(+60)
器用 :74
幸運 :185
スキルスロット
◆光魔法LV84
◆演算LV79
◇回避LV54
◇危険察知LV55
◇剣術LV7
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「……随分と基礎値が高いな」
「やっぱり分かる?」
「ああ。ざっと見た感じ、耐久が上昇するスキルは会得していないみたいだし、この20って数字は初期の値なんだろ。ハルの奴なんて全部1だったのに……」
こうなるとクラスメイトの中でも、スキル会得前のステータスから差が出てる事になるのか。同じレベル4だったらしい佐藤君も、こんなに高かったのかね? そこまで体感する前に壊れちゃったからなぁ。
「1つだけレベルの低い剣術スキルは自分で会得したのか。僧侶に剣術って変だしな」
「そ。この一週間は素振りを頑張っていたらしいわ。まあ、素振りだけなら妥当な線でしょうね」
空いたグラスにネルが酒を注いでくれる。ハルの上達に見慣れてしまったせいか、ここだけ凄い違和感を感じてしまう。そうだよな、これが普通なんだよな。
「総評としては悪くないんじゃないか? 割かし僧侶のレベル5もスキルのランクアップも間近だし」
「長い目で見て行くつもりよ。卒業祭まで、あと3週間もあるしね」
「あー、そういや、まだそんなにあったな……」
「何よ、そのやる気のない顔?」
「ああ、いや。今日ハルが瞬殺したムーノ君、去年の卒業祭に出たんだろ? カノンの奴も上位だったらしいし、今更出てもハルに新しい刺激はなさそうかなって」
当初はネルのように、もっと長い目で見ていたからなぁ。嬉しい誤算ではあるけどさ。
「私のチナツがいるじゃない。それに、今年は例年にない天才がいるそうよ? 何でも、学院始まって以来の傑物なんだとか」
「へえ、そういやガンさんも言ってたっけ。まあ優勝のうま味もあるし、大して期待しないでおこう」
「言うじゃない。天才は兎も角、チナツがいるんだから後で吠え面かかないでよ?」
そうなれば更に嬉しいんだけどな。ネルに注がれたワインを飲み干し、俺は良い気分になっていた。