第42話 顔合わせ
―――修行7日目。
街での用事を終えた昨日は、ハルが新たに覚えた魔法の練習に終始した。俺の家の周りなら人も滅多に来ないし、毒の霧も放ち放題。運悪くカノンが来たとしても、まあ死ぬ前には回復できるだろ。それなりに形になったところで夜になり、その日の鍛錬は終了。いつものように飯を食い、ハルと共に就寝。規則正しい生活のお蔭で俺まで早朝に目覚めてしまった。
遠征は明日だし、まだ時間はある。ってな訳で、今日も元気に鍛錬――― と思っていたのだが、ネルから王城にある魔法騎士団本部に呼び出される。唐突だ、アポを取れ。アポを。
「何の用なんかねぇ……」
王城に渡る吊り橋の手前で、そびえる城を見ながら呟く。まあ、向かうのはこれじゃなくて騎士団の兵舎なんだけど。
「明日の打ち合わせじゃないですか? 師匠、こっちです」
ああ、そういやハルは王城にいたから大体の道が分かるのか。見張りの兵士から許可を貰い、城壁の門を潜って騎士団の兵舎へ歩く俺ら。通り道で団員と思われる男達の訓練風景が見えた。相変わらずレベル低いな、おい。 ……いや、ハルに見慣れ過ぎただけか。こいつとそこいらの騎士を比較するのは可哀想だ。
「あら、来たわね。おはよう」
「おはよう。急に呼び出してどうした?」
頭をかきながら愚痴っぽく言ってみる。ネルは休日に着るような軽装で、その後ろには部下の騎士達が並んでいた。歴戦の猛者っぽい雰囲気を漂わせる老兵、精悍な面構えだがまだ若い男、萎縮するカノンの3人だ。ネルとは真逆に彼らはフル武装である。
「明日の遠征の顔合わせをしようと思ってね」
「別に明日でもよくないか?」
「一応、これでも引率する立場だからね。雑魚相手に死なれちゃ困るから、今のうちに連れて行く部下の力量をお互いに把握しておこうと思って」
「ネ、ネル団長。雑魚と申されますが、今回の討伐対象って魔王と聞いたんですけど……」
鬱なカノンが不安げにネルに質問する。
「安心しなさい、自称魔王よ」
笑顔で言い返すネル。とても良い笑顔だ。カノンの笑顔を吸い取るほどに。
「まあ、良いけどさ。それで、この面子で全員か? 騎士の遠征にしては少ないな」
「少数精鋭よ、少数精鋭。いくら連れて行っても、移動が遅くなるし結局倒すのは私になるもの。あと、私の弟子をお披露目するわ。チナツ、チナツー!」
兵舎に向かってネルが声を張る。その表情は新しく見つけた玩具を一緒に共有したい子供のようで、どこか輝いて見える。つうか、この顔合わせを口実に弟子を自慢したいだけだろう。
「……千奈津?」
ぽつりと、ハルがそう呟いた。これは、もしや――― 兵舎から階段を一気に駆け下りるような、ダダダという足音が聞こえてきた。そして、扉が開けられる。現れたのは軽装を身に着けた長い黒髪の少女。十中八九、日本人だった。
「は、はい師匠、何でしょうか、って悠那っ!?」
「わあ、やっぱり千奈津ちゃんだ!」
示し合わせたかのように駆け寄る2人。どうやらネルの弟子とは、ハルと同じく転移者であるクラスメイトだったようだ。しかも、かなり仲が良さそうだ。ネル、もしやこれを知って?
「あら、ハルナとチナツは知り合いだったの? 偶然ね」
ああ、偶然でしたか。そうですよね。
「悠那、大丈夫だった? 変な事とかされなかった?」
「えへへ、大丈夫だよ。千奈津ちゃんこそ、お城で元気してた?」
「心配でそれどころじゃなかったわよ!」
「ご、ごめんなさい……」
確か、ハルは転移して直ぐにクラスメイトの元から離されたんだったか。仲の良い友人なら、そりゃ心配しただろう。見た目優等生っぽい綺麗な子だけど、ハルの友達ならやっぱり変人なのかねぇ。あのネルの弟子になるくらいだしなぁ……
「改めて紹介するわね。私の弟子のチナツよ。ほら、挨拶しなさい」
「あ、はい!
「私の師匠だよ」
「悠那の? ええっと……」
千奈津からジロジロと値踏みされるような視線を受ける。まあ、普通の反応だわな。唐突に現れた親友の師がこんな三十路の男だったら、誰でも心配するだろう。親御さんだったら、下手をすれば拳が飛んでくる。
「チナツ、デリスは私が冒険者だった頃の仲間よ。実力は保証するわ。人柄はまあ、保証しかねるけど」
「えっ……」
「待て待て、誤解を招くな」
少なくともネルには言われたくない。どんな悪人もお前だけには言われたくない。
「あはは、大丈夫だよ。師匠、とっても
「そ、そう? まあ、悠那がそう言うなら大丈夫なのかしら……」
うむ、流石は我が弟子よ。そこで「うわ、何言ってんだこいつ」みたいな顔をしているネルとは違うな。俺だって人を選んで誠実にも良い人にもなるさ。
「あー、まあよろしく頼む。それで、これで全員揃った感じか?」
「そうね。ああ、私の部下も紹介しておこうかしら。左から騎士隊長を任せているダガノフ、魔法使いのレベル4。真ん中が新人のムーノ、魔法使いのレベル3。右は知ってるでしょうけど、カノンよ。この子も魔法使いのレベル3ね」
老年でありながら騎士隊長を任されるダガノフ以外は、ハルと同じレベル3か。若いなりに優秀ではあるが、ちょっと心配だな。ムーノは如何にも貴族上がりといった感じで、素性の知れない俺とハルを、む? 千奈津まで睨んでるな。俺ら3人が気に食わない様子だ。カノンはカノンでネルを前に恐慌状態だし、戦力としては当てにできそうにない。大丈夫か、これ?
「ネル、この面子を選んだその心は?」
「ムーノとカノンの根性を叩き直す為だけど? 私は第一線に出るから、ダガノフはその時の御守役ね」
ああ、いつもの感じか。そう思ったのも束の間、ムーノが我慢ならない様子で口を開いた。
「ネル団長! 自分は納得できません! なぜ、女子供まで崇高なる騎士団の遠征に連れて行くのですかっ! 邪魔になるのは目に見えていますっ!」
「チナツは私の弟子で、ハルナはデリスの弟子よ。それで十分じゃない?」
「全く十分ではありませんっ! そもそも、その男の実力も怪しいものです!」
「……ふぅーん」
おお、あのネルに反発した。凄いぞムーノ、俺の中で君の好感度が急上昇したぞ。空気を読めないとかそういう事は別にして、その度胸と根性だけは認めたい。両脇の2人は笑顔のまま青筋を浮かべているネルを見て、今にも泡を吹く勢いで恐怖しているというのに。
「……申し訳ありません、団長。ムーノは今月に入団したばかりで、デリス殿を知らないのです。どうか、寛大な配慮を」
ダガノフ老が一歩前に出て、そう進言した。いくつもの戦いを経て刻んだであろう傷の上に汗を流して、必死に訴えているようである。一方でカノンは固まったままだ。
「ふふっ、寛大も何も、ムーノの言う事はもっともじゃない。それに、最初に言ったわよね? 力量を確かめ合うって」
無邪気で見惚れてしまうような、美しい微笑み。しかし、発するオーラは邪悪そのもので。ダガノフ老はそれ以上は何も言わず、諦めて退いてしまった。うん、それが正解だ。流石は長年この職に就き、生き残り続けただけはある。しっかりとそれ以上踏み込んでいいものか、死線が見えている。ちなみに、この時カノンは実際に泡を吹いていた。
「ちょっとした模擬戦をしましょう。私がハルナの力を測るから、ムーノはデリスの相手をしてあげて。そこまで言うのなら、自分で実力を確かめてくれるわよね?」
「……おい」
ネルがムーノをぶっ飛ばせって目をしてる。教育的指導をしろと命じている。最悪殺してもオーケー、ってそれはちょっと不味いだろ。
「承りましたっ! このムーノ、見事ネル団長の期待に応えてみせましょう!」
応えたら死ぬぞ、ムーノ君。
「わ、ネルさんと戦えるんですか? 光栄ですっ!」
こちらは純粋に模擬戦を楽しみにしているハル。先行きが不安だ……