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第41話 スクロール

 さて、続きましてはハルは初めて来るであろう魔具店だ。この国は魔法王国と名乗るだけあってマジックアイテムが発展していて、そういったものを取り扱う店も少なからずある。但し、マジックアイテムは総じて高価。よって店があるのも高級ショッピングエリアの一角にあり、いつもの気軽い恰好では結構目立つ。


「師匠がこの着替えを持って来いって言ったの、こういう理由があったんですね」


 その理由から、ハルにはいつぞや城から着て来た服を着てもらっている。俺もそれなりの恰好だ。虎髭にこの姿で行ったら逆にアニータに怪しまれるので、店を出てからギルドのジョル爺さんに部屋を借り、そこで早着替え。ダンディレディとなった俺達は、優雅にこの店へとやって来た訳だ。


「おや? これはこれはデリス様、いらっしゃいませ」


 店に入るなり、ここのオーナーが俺達に気が付いて挨拶に来る。白髪交じりの髪をオールバックにした、初老の男。どこかの立派な屋敷に務める執事、そう言っても差し支えない出で立ちが実にナイスミドル。豪快なガンさんとはまた違った、知性溢れる大人といった感じだ。


「や、オーナー久しぶり」

「当店をご贔屓頂きまして、誠にありがとうございます。本日はどういったご用件でしょうか?」

「ははは、俺がここで買うもんはいつも決まってるだろ?」

「ふふっ、そうでございました。どうぞこちらへ」


 魔具店には生活に役立つマジックアイテムや、俺やハルの持つ保管機能付きのバッグなどが販売されている。国で開発したマジックアイテム以外はダンジョンで発見されたものが殆どで、これまた殆どが希少品。この前ハルが灰コボルトを駆除した金でも、安いのが1つ買えるかどうか、って感じだ。俺は自分で見つけて自分で使う派なので、あまりそちらとは縁がないのだが。


 他にも魔法使いの杖などの装備を取り揃えてある。しかしながら俺は一式をガンさんに作って貰っているので、これも買った事がない。黒魔石を加工できる職人さんは珍しいのだ。


「ところでデリス様、そちらの方は?」

「ああ、俺の下で弟子をやってるハルだ。今日はこいつ用のスクロールを買いに来た」

「桂城悠那です。よろしくお願いします」

「これはこれは。ご丁寧にありがとうございます。私、『クワイテット魔具店』アーデルハイト店の責任者を務めております、オーナーと申す者です。どうか、よろしくお願い致します」


 そうそう、彼はオーナーという名前なのだ。ある意味間違えようのない名前だ。え、俺は間違った事は言ってないよ?


「こちらです」

「わぁ……!」


 ハルが感嘆の声を上げる。魔具店の奥にはスクロール、詰まりは特殊な魔法を会得する為の巻物が所狭しと並べられていた。新たな魔法は魔法スキルのレベルを上げれば覚えられる。しかしここにあるスクロールは、そういったレベルさえ上げてしまえば誰でも必ず覚えられる魔法とは別に、限られた数の強力な魔法を会得する事ができるのだ。スクロールは総じてダンジョンでしか入手する事ができず、ものによってはそれ1つで大きな屋敷が建つ。俺がこの店で買うのは専らこれになっている。オーナーからすれば、責任者自ら接客したい美味い客だよな。


「スクロールはレベル30までの闇魔法系統を見せてくれ。価格は気にしなくていい」

「ほう、そのお歳でレベル30でございますか。流石はデリス様の教え子ですな。さぞ明敏な知性をお持ちなのでしょう」

「「え?」」


 思わずハルとハモってしまった。どうやら俺らの表情にもその感情は出ていたようで、オーナーも「あれ?」とやや当てが外れたような顔をしている。すまない、オーナー。馬鹿と天才は紙一重なんだ。こいつは本当に馬鹿で、どうしようもなく愚直なんだ。


 ―――でも、だから良いと俺は思います。


「……それでは、ご希望に沿う商品を取り纏めて参ります。少々お待ちを」

「ああ、この辺で適当に待ってるよ」

「よ、よろしくお願いしまーす!」


 店内に似つかわしくないハルの掛け声を背に、オーナーは裏方へと消えて行った。さて、その間に俺も幾らか自分用に見繕うかね。


「た、高い……!」


 ハルが今度は驚嘆の声をあげていた。いつも自分が買い物をする額と桁が異なる値段に驚いているようだ。


「スクロールは金のある富豪や王族貴族が使う事が多いからな。希少故に売れば儲かる、そんな理由で冒険者がダンジョンで狙うアイテムの1つなんだ。この『ファイアストーム』は炎魔法を会得できるスクロールだ。そこそこの魔法レベルで取得可能、攻撃範囲の広さ、威力の高さから人気が高い。おまけに値段も同様に高くなってる」

「はぁ~…… これだと、普通の人は手が出せませんね」

「そうだな。そんな理由で強い魔法使いには金持ちが多いのは事実だ。ま、ダンジョンで偶然にスクロールを手に入れて、たまたま自分の持つ属性の魔法だったって奴もいるからな。一概には言えないさ」


 スクロール自体が珍しいアイテムであるが、そのスクロールの中にもレア度は存在する。今さっき説明したファイアストームなんかは汎用性が高い理由で人気だが、比較的流通している方でまだ目にしやすい。この店に置いてあるくらいだからな。だが、本当に珍しいスクロールは世界に1つしかないものもあり、仮にそれを入手できたとしたら固有魔法を手に入れると同義だ。国として所有する場合もあり、そういった時は国宝として厳重に保管される。


 クワイテット魔具店はその辺りの管理をしっかり行っているのでまずないが、価値の分からない商人が破格の値段でレアのスクロールを売っている事もあるからな。正に掘り出し物だ。そんなこんなで趣味の一環として、また魔法使いとして、俺は定期的にこういった店を巡っているのだ。


「お待たせ致しました。こちらは如何でしょうか?」


 オーナーがレベル別に分けたカタログを持って来てくれた。どれどれ。


「……この中だと、レベル30の『フュームフォッグ』、『ダウス』、『ハートハッシュ』がハル向きかな」

「その3つ、でございますか?」

「ああ、この3つだ」

「師匠、オーナーさんが何とも言えぬ顔をされてますが……」


 まあ、普通は選ばぬであろう3つを選んだからね。


「い、いえ、失礼致しました。各スクロールの説明をしますと、フュームフォッグは毒霧を発生させる魔法です。毒性は弱い方なのですが、範囲が広いので多くの敵に効果を発揮する事でしょう。但し、術者以外の全員に効果がある為、お仲間にも被害がいく場合がございます」


 ハルは単独での行動が多いし、毒で死ぬような奴はいないから大丈夫だ。


「次にダウスです。こちらは猛毒を含む液体を生み出します。このレベルの魔法にしては毒性が強力でして、並大抵のモンスターが相手であれば、これだけで事足ります。ただ、デメリットとして術者の手の平にしか生み出せぬ点、手にすくう程度の量しか出ない点がございまして、運用が大変難しい魔法です」


 ハルは投擲するもんに塗りたくればオーケーだ。接近戦で毒手代わりにしてもいける。アドヴァの強化版だな。


「最後にハートハッシュ。対象の精神を揺るがし、動揺を与える魔法です。決まってしまえば正常な判断がつかなくなる強烈な魔法と言えましょう。発動距離が非常に短く、術者と対象者が触れるほどでなければ意味を成さない、魔力が上回っていなければ効果が薄い――― などと条件は厳しいものでありますが」


 上記の理由で接近に関しては何の心配もない。むしろ接近した方が都合が良い。魔力も魔法使いであるハルなら大抵の場合優位に立てる事だろう。


「師匠」

「何だ?」

「いけますね!」


 ビシッ! と、ハルがサムズアップ。


「だろう?」


 ビシッ! と、俺もサムズアップ。


「それ全部お買い上げで。いくらか安くなる?」


 人気のないスクロール+ハルの値引きにより、半額以下になりました。

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