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第40話 自称魔王

 ネルが帰ったこの日の午後、俺とハルは再び街へと出ていた。討伐対象は兎も角として、明後日にはアーデルハイトを発つとの事で、その下準備にやって来たのだ。いつものツアーを鑑みれば、ハルに支給される食糧が足りないのは明白。そういった我が家のお家事情もあったりして、意外とこちらで用意しなければならないものは多い。俺のバッグやハルのポーチに入れてしまえば悪くもならないし、日持ちが良いものよりも、腹に溜まるバランスの良い食い物を見繕う。できるだけ買い溜めしておかないと、いつハルがガス欠を起こすか分かったもんじゃない。この小さな体で本当に素晴らしい燃費である。


「はぁー、自称魔王の討伐かいな? ハルちゃん、大丈夫なん?」

「師匠が許可したので、大丈夫だと思います。私は期待に応えるだけなので」

「えらい信頼しとんなぁ…… ま、うちは儲かれば何でもええけど!」


 武具店の虎髭でその事についてハルが話すと、アニータが朗らかにそんな事を口にした。うん、そうだね。君は魔王よりもお金稼ぎが大事だもんね。


「でも、魔王のお話は前に聞いた事があります。確か、魔王はお店でいうところの社長さんみたいなもので、単独ではなく組織毎にいるらしいです。この大陸にも大きな商店を作ったらしいですよ?」

「何や、私の商売敵なんかっ!?」

「違う違う。ハル、微妙に違う」


 そんな話、どこから仕入れたのやら。モンスターには派閥や組織があり、魔王とはそういったモンスターの階級のトップである事、この大陸にも人間の脅威となり得る魔王が存在する事を教えてやる。


「あ、それならかまへん。むしろ金の匂いがするやん」

「ホントにぶれないな、お前……」

「あの、師匠。そういった話ですと小さなモンスターのグループ、この前私が倒した灰コボルトのボスさんとかも、魔王を名乗れば魔王になるんですか?」

「んー、大まかに言えば魔王とも呼べるが、どっちかと言えば、そういう魔王は自称が付くな」


 さっきのハルの例え話にのっとれば、小さな町工房や零細企業の社長みたいなものだ。一方で大陸を脅かしているのは、大企業のそれに当たる。


「一般常識として、最も有名なのは『大八魔』と呼ばれる最高位の魔王達だな。魔王の中の魔王、キングオブ魔王、言ってしまえば大魔王、ここが凄いよ魔王ランキングを毎年独占している実力者達だ」

「こ、ここが凄いよ魔王ランキングっ!?」

「ハルちゃん、そんなんないからな~」


 アニータよ、ネタばらしが早いぞ。


「そんなにポンポン魔王がいたら、世界が大変になるんじゃ……」

「ああ、大丈夫大丈夫。魔王つっても、全部が全部敵って訳じゃないんだ。モンスターっつう括りも、人間が勝手に区分けしてるだけだからな。悪い奴もいれば良い奴もいる、それこそ人間みたいなもんだ。魔王同士で敵対する奴らもいるし、大八魔の中には国を作って人間相手に観光業を盛り上げてる奴もいたりだな―――」

「やっぱり商売敵やんけ!」

「……うん、お前からすればそうかもな」

「へぇ~。魔王は敵とばかり思ってましたけど、色々な事情があるんですね」

「ま、今回の遠征は自称魔王らしいし、そこまで大した事はないだろ、たぶん」


 野性味溢れるモンスターの集団、もしくは巣の駆除が妥当なところか。仮にも魔王を名乗るくらいだから、多少の知性はあるだろう。ハルの鍛錬にしたって、ちょっとキツイくらいが丁度良い。ついでにネルの弟子とやらも拝んでやろうではないか。ふはは。


「おう、デリスにハルナ。頼まれたもん、出来たぜ」


 奥の工房からガンさんの渋い声。もう作業を終えたのか。相変わらず良い仕事をしてくれる。


「すんません、ガンさん。急にこんなお願いしてしまって」

「前にハルナが仕入れた黒魔石がまだ残ってたからな。暇潰しみたいなもんだ、気にすんな」

「そやそや、お金もちゃーんと貰っとるしな。客はいないし、親方の暇潰しってのも言い得て妙や!」

「アニータ、客がいねぇから給金を減らそうと思うんだが」

「嘘ぉ!?」


 今日も飛ばしてるなぁ。ガンさんとアニータの漫才はともあれ、頼んだものは注文通りの出来になっている。うん、大きさもこのくらいがほど良いだろう。


「師匠、これって?」

「お前の投擲道具」


 ガンさんに急ぎで作ってもらったもの。それはハル専用のボールだ。大体野球の球ほどの大きさで、ハルの持っている黒杖と同じ素材、黒魔石で作られている。要するに、とても重くて頑丈。最早投石が攻撃手段の1つとなっているハルにとって、そこいらの石ころとは比較にならない威力を発揮できるであろう武器なのだ。うーむ、野球の球というより砲丸投げの球だな。


「迂闊に落とすなよ? 下手すりゃそれだけで床を突き破るからな」

「き、気を付けます!」


 ハルは恐る恐るといった感じで砲丸を自身のポーチにしまっていく。傍らではアニータが顔を真っ赤にしながら、必死に持ち上げようとしていた。が、全く動く様子はない。


「黒魔石で加工したものは、初めて触れた魔力しか通さない特性がある。しまう前に自分の魔力を流しておけ」

「そうなんですか?」

「前にガンさんから貰った黒杖は、俺が言う前にもうハルの魔力を通してあったみたいだったからな。伝えるの忘れてたわ」


 黒魔石はただ重くて頑丈なだけではない。ま、この辺りはまた今度詳しく教えるとしよう。


「で、魔王を倒しに行くんだって? また大胆な事をするな」

「違いますよ、自称魔王です。ネルの奴に誘われまして」

「ネル・レミュールか。懐かしいな、昔はよくあの嬢ちゃん達と一緒に武器や防具を直しに来たもんだ」

「もう10年以上昔の話ですけどね。色々と無茶な冒険者をやってましたよ」

「な、何や…… デリスの旦那、そない昔から親方の客だったんか……?」


 砲丸持ち上げを綺麗さっぱり諦めたアニータが、ぜぇぜぇと息を切らしながら聞いてきた。アニータが虎髭で働き始めたのは、ほんの1年前の事。ガンさんが進んで昔話をする筈もないし、その辺りは全く聞かされていないんだろう。


「まあな。俺がまだハルくらいの歳で、ネルなんてこのくらいだったよ」


 そう言って、ハルよりも低めに手で高さを示してやる。10歳やそこらだったかな。あの頃からあいつは何かと俺にちょっかいを出してくる奴だった。まあ、今と比べものにならないほど素直で、歳相応にストンとした体形だったし。それなのに年々今のグラマラスな体つきになっていくもんだから、成長期とは恐ろしいものである。


「はぁー、あの騎士団長様が? そういや、よく休みの日はデリスの旦那ん家に行ってるって聞くわ。やましい関係なんかと思っとったけど、昔からの冒険者仲間やったんね。納得納得」

「アニータ、てめぇは本当にずけずけと…… 一応これでもデリスは客だぞ」

「そうですよ~。前にお二人に聞きましたけど、顔を真っ赤にしてまで否定されましたもん」

「……ほう?」


 おい、ハルてめぇ。可愛く首を傾げても言って良い事と悪い事があるぞ。アニータの前では特に。


「アニータ、そこは触れてやんな。昔、ちょいと色々あったんだよ。冒険者やってりゃ、色恋もあれば仲間との別れもある。やぶ蛇な干渉はしてやんな。 ……度が過ぎると、あの団長様が来るぞ?」

「あ、それはアカンわ。すまんな、デリスの旦那。今日の話は聞かなかった事にするわ」


 ネル、どんだけ恐れを振りまいてんだよ、お前。

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