第39話 お誘い
深夜の件で寝不足が祟り、やや疲れた佇まいで戸を叩く来客を出迎える。
「おはよう、良い朝ね」
「……おはよう、良い朝だったな」
来客は誉れ高き魔法騎士団の団長様、ネル・レミュールだった。ちょっと嫌な予感がして、ハルに対応させなくて正解だったな。この前は一触即発な雰囲気になっていたし。しかし、こんな朝食真っただ中な朝一番に何の用だろうか?
「これ、お土産よ」
「これは…… この前のケーキか?」
「デリス、食べたいって言ってたでしょ。今度はちゃんと3人分買って来たわよ」
朝からケーキ、などと贅沢は言ってられないな。俺の言葉を覚えていてくれたのは素直に嬉しい。昼食後にでも頂くとしよう。
「いつも悪いな。今ちょうど朝飯食ってたところなんだが、ネルはもう済ませたか? 良かったら、一緒にどうだ?」
「まだ、だけど。流石にそれは悪いわよ」
「いいよ、食ってけ。ネル1人増えたところで、足りなくなるとは思えないしな」
「………?」
うちの食事事情を知らないネルは、何の事だと不思議に思っているようだ。まあ、直ぐに分かるだろう。前と同じようにネルを居間に招くと、モクモクと飯を食らっていたハルがこちらに気付いた。
「あ、ネルさん! おはようございます!」
「おはよう、ハル――― って、何よこの大量の朝食は!?」
我が家のいたって普通な卓上の食事です。
「こ、これ、この前と同じ店のケーキなんだけど…… 流石にデザートも入らない、わよね?」
「いえ、その分運動すれば大丈夫です! 美味しく食べましょう!」
「そ、そう、喜んでくれて何よりだわ……」
王国最強の騎士様を、食事風景を見せ付けるだけでビビらせるとは大したもんだ。いや、ホントに。
一向に食欲の衰える気配がないハルの横にネルを座らせ、一端ケーキは台所へ。ネルは小食だから気持ち少な目、昔使っていたお椀にご飯をよそってやる。
「これくらいでいいか?」
「ええ、ありがとう。いただくわ」
このやり取りも少し懐かしい。その後は大方の予想通り、ネルが食卓に加わったところで大差はなく、料理の殆どはいつものようにハルが平らげてしまった。それでもお腹一杯という訳ではないようで、ご馳走様と同時にテキパキと片付けを行い、ケーキと紅茶をセットしてくれる。そして皿洗いに調理場へ再びバック。あまりに機敏だったので、俺は昼食後が良いと言いそびれてしまった。まあ、ネルに感謝して頑張って食うか。
「それで、今日はどうしたんだ? 昨日の件の続きか?」
「表向きはね。ヨーゼフの念押しが煩わしくって」
疲労感を隠す様子もなく、ネルは大袈裟に溜息をついて見せた。
「ええっと、何だったかしら? 端的に言うと、あれだけの報奨金渡したんだから、絶対に口外しないように。もし何か問題が発生すれば、私が貴方を消す事になってるから、その辺よろしくね」
「あー、了解了解。面倒事はまっぴらだ。適当にやっとくよ」
物凄くやる気のない様子でネルがそう言うので、俺も同様に返事をしておく。王国最高戦力であるネルを向かわせる事で、ヨーゼフなりの警告をしているんだろうが…… 正直、こんな感じだと危機感もへったくれもない。そもそも、俺に仕事をさせたくないならしっかり管理しろというものだ。
「ま、これはあくまでついでの用件よ。ここからが本題なんだけど、私から重大発表があるの」
「重大発表?」
何だ、遂に結婚でも――― あ、いや、そんなに睨まないで。というか、心を読まないで。
「コホン! えっとね…… 私も弟子、とっちゃった」
「……はぁ?」
弟子? あのネルが、弟子……!?
「熱でもあるのか?」
「私、そんなに変な事言ったかしら?」
額に手をやって確かめると、ジト目で怪訝な表情をされてしまった。これはちょっとイラッとした時の顔だ。精鋭揃いの騎士が青ざめる時の顔だ。でも、いや、だってなぁ。
「お前さ、人の育成に興味なかっただろ? 騎士の部下を育てるのも放任主義、ハルの時も断ったってカノンから聞いてるぞ」
「それを言ったらデリスだってそうじゃない。興味を持ったら熱中しちゃう癖、また出たんでしょ?」
「う、それはそうなんだが……」
「なら、今回は私もその症状が出たのよ。この前、ハルナと同じくらい面白い子を見つけてね。たぶんだけど、良いライバルになると思うわ」
優雅に茶を飲む姿が嘘みたいに様になっているネルが、そんな事を言い出した。ほう、俺のハルと張り合うときたか。碌に部下も育てた経験のないネルが、面白い冗談を仰る。
「ハルとか? どうだろうな、なかなかそんな人材が現れるとは思えないが……」
「いつも可能性を否定しないデリスが、今日はやけに軽薄な台詞を言うのね」
「いやいや、弟子を信じるのは師匠の仕事の1つでもあるからな」
「ふふん、なら私は私の弟子を信じるわ」
「「………」」
パキン。静かなるプレッシャーが部屋に充満し始めると、紅茶を入れたカップに亀裂が走り始める。そのひび割れは更に深くまで走り―――
「お二人とも、殺気が駄々漏れで食器が大変な事になってます! 外でやってください!」
「「あ、ごめんなさい……」」
調理場から顔を出したハルの一声によって、嫌な空気はことごとく四散。俺達は2人揃って頭を下げて謝罪するのであった。
「……まあ、確かにいないとも言い切れないよな。例の異世界から来た奴らもいる事だし、不思議でも何でもない。俺も少し興味あるな」
「そ、そう? えっと、実を言うと私もね、ハルナと弟子が互いに競い合ってくれれば、もっと強くなるんじゃないかと思って…… それで、今日はちょっとお誘いに来たのよ」
「誘い?」
手をもじもじさせながら視線を逸らすネル。
「今度の騎士団の遠征、私の弟子も連れて行こうと思うんだけど…… ハルナも一緒に参加しないかと思って。もちろん、良ければデリスも」
魔法騎士団の遠征。それは、普通の冒険者では手に負えない凶悪なモンスターを討伐する為、団長であるネルが自ら騎士を率いて出向く征伐だ。ネルに割り当てられる任務は、どれもがその時期に起こっている最高難易度のもので、行軍する騎士は死地に赴く覚悟で供をする。
―――といえば恐ろしいものに聞こえるが、その実態はネルが単独で凶悪モンスターを蹴散らす様を間近で見られる観光ツアーとなっている。当然ながら関係者以外は参加できないが、最強の力を垣間見ようと団内での人気はなかなかに高いらしい。但し、小生意気な貴族の新人が入ればこのツアーに強制参加させられ、間近で恐怖体験をさせられた、なんて噂もある。詳細は知らない方が身の為だ。
まあ、単にネルが城の中で働きたくなくて、そんな口実を作ってるだけなんだけどな。キチンと相手の首と共に実績を持ち帰るから、城の中でも文句を言える奴がいないとか何とか。
「良いのか? 俺達が参加しても?」
「そんなの団長権限でどうとでもなるわよ。そもそも誰を連れて行くのか、選ぶのは私だしね」
お膳立ても済んでいると。さて、どうするか。ネルの戦いを見られる機会は滅多にないし、そのネルが入れ込む弟子とやらもかなり気になる。結局昨日の灰縄の連中は期待外れだったし、大きな刺激を与えるのはハルにとっても悪い事ではない。
「なら、お言葉に甘えようかな」
「本当っ!?」
ガタリと勢い良く立ち上がるネル。椅子を倒さないでください。
「俺は必要のない嘘はつかないって知ってるだろ。それで、どこに行くんだ?」
「……あ、ええ。コホン。ちょっとした自称魔王退治よ。そんなに危なくないから安心して」