第36話 人生は諦めが肝心
あれからどれくらいの時間が過ぎただろうか。連戦の積み重ねはかなりの数になったものの、1戦1戦が瞬間的に終わってしまう為に感覚が麻痺してしまっている。そろそろハルの方も、事を終わらせた頃だろうか?
「ほら、ちぎれた腕その他諸々をくっつけてやったぞ。次も気合い入れてやってみようか」
今さっき壊した伊藤達の体を治療してやり、次の鍛錬も頑張ろう! と、青春ドラマ風に言ってみる。しかし、そんな俺の気遣いは儚くも彼らに無視されてしまった。
「グ、グスッ…… も、もう…… 許、し……」
「………」
「ギャハ、ギャハハ……」
あー、これは潮時だろうか。佐藤は赤ん坊みたいに泣きじゃくってるし、他の奴らも無反応だったり乾いた笑いばかりをしていたり。どうも、体は治っても心が先に壊れてしまったらしい。まだ二桁くらいしか、俺のブランク解消に付き合ってもらってないんだけどな。
「それで、伊藤君はどうする? 次はハルとの―――」
「ふへ、ふへへへ…… 悠那、ちゃん…… ふへ」
「む、こっちも駄目かぁ。完全にトリップしてら」
意外にも伊藤君は一番頑張ってくれていたんだけど、連戦記録もここでストップか。致命傷を治してやる度に、砂糖混じりの甘い血反吐が出てきそうなハルとの創作物語を聞かせてやってたんだが、嫉妬心によるブーストも遂に底をついてしまったようだ。
それにしても、この気持ち悪い笑いは一体…… 俺が出任せで喋った話の内容を、自分と重ねているんだろうか? うーむ、ストーカーって怖いなあ。くわばらくわばら。
まあ伊藤君はさて置き、勇者候補5人相手に1人頭これくらい戦えられれば十分か。質より量ってね。これでもないよりはマシな程度に、ハルとの組手にも張りが生まれるだろう。
「グスッ…… うう……」
「しかし、ちょっと期待外れだったな」
俺が実際に戦ってみての感想としては、どいつもこいつも単にステータスとスキルレベルが少し高いだけで、それを操る実力が伴っていない感触だった。運転免許を取得したばかりの初心者が、行き成りレーシングカーに乗っていると例えればいいだろうか。そりゃそうだ。彼らは転移の副産物の上に胡坐をかいていただけで、それらの力は自分で時間を掛けながら鍛え上げたものではないんだ。どうしたって、操縦者とその身のポテンシャルが見合わない。
その点、ハルの場合は逆パターンだ。ハル自身のポテンシャルが高過ぎて、初期のマシンがどんどん魔改造されていく感じになっている。彼らはそんなハルに逆立ちしたって勝てやしない。あの戦いの結果は当然の帰結だったのだ。
しかし、勇者候補の端くれとはいえ、まさかこの程度だとは…… アーデルハイト魔法学院の卒業祭を待つまでもなく、ハルの実力なら十分に通用してしまいそうだ。ハルの件もあるし、転移の恩恵が偏って分散してしまってるのかね? 中にはレベル5だった奴もいたらしいが、この調子だと過分に期待するのは止しておいた方が良さそうだ。残りのクラスメイトとやらに当たりがいれば良いのだが……
「ふへ、悠那悠那ぁ~…… ちゃーん……」
「おっと、そうだそうだ。これはハルに見つかる前に処分しておかないとな」
倒れて起き上がろうとしない、人生諦めモードの伊藤や佐藤達に向けて、救いの手を差し伸べてやる。
「ぶ、べ―――」
すると彼ら5人の体は綺麗さっぱり闇に飲み込まれて、血の一滴も残さずに消えてしまった。よーし、ゴミ掃除もこれで完了だな。やはり、掃除をして部屋を綺麗にするのは気持ちが良い。
「……掃除好きか。だいぶハルに毒されてるな、俺も」
たまには本棚でも整理しようかね。
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「あ、師匠! お疲れ様です!」
「おう、ご苦労さん」
灰縄の屋敷入り口、別名血みどろエントランスで待っていると、1階の奥からハルが走って来た。このやり遂げた感が滲み出る笑顔を見るに、俺の出したオーダーは無事に完遂できたようだ。
「首尾はどんな感じだ?」
「はい! ええと、ですね……」
ハルは腰のポーチからメモ帳を取り出す。わざわざ戦果をメモしてくれていたらしい。
「灰縄の組員らしき人達は全員打ち倒しました。師匠と別行動をした後、お屋敷の2階で16人、1階で27人です。奴隷の方々は外へ避難して頂いています。頭目のトロンさんは佐藤達がいた近くの部屋にいました。殲滅する割と序盤に会ってしまったので、一先ずは気絶させ両足の骨を折って放置。これから回収に向かうところです!」
「よーし、良くやった。これで今晩の晩御飯は安泰だ」
「えへへ、帰りに市場で買い物しましょうね」
頭を撫でてやると、ハルがころころと笑いながら喜んでくれる。むう、この感触は意外と癖になるかもしれん。長いポニーテールが尻尾のようで、これがなかなか。しかしな、ハル君。その手と黒杖に付着してる血糊は洗って来なさいよ? その状態で市場に出たら、不審者どころの話じゃなくなるからな。巡り巡って師匠である俺の悪評が高まってしまう。
「あ、そうだ。師匠の方はどうでしたか? 誘拐された方達、見つかりました?」
「無事に地下で発見したよ。ハルが誘導してくれた奴隷の子はミッドナイトが保護、佐藤達と誘拐少女は騎士団に渡してきた。ミッドナイトの奴らが後始末をしてくれる事になってるし、後はトロンを確保して今日の仕事は終了だ。 ……あー、伊藤の奴だけは佐藤に無理強いされたようだったから、街の外に逃がしておいた。立場上、もうこの国には来られないだろうが、国に裁かれるよりはマシだろう。それとなくネルにも、俺から根回ししておくよ。どこか遠くの地で、穏やかに暮らしてもらいたいものだな」
「そうでしたか…… ええ、それで良かったと思います。人生、諦めなければ何でもできますからね!」
「ハハハ、全くだな」
ハルのように諦めずに向かってくれば、いつかはレベルアップして勝てたかもしれないのにな。素材が良かっただけに、全く以ってもったいない。
「それじゃ、トロンの奴の顔を拝んでミッドナイトに引き渡そうか」
「はーい」
その後、俺達はトロンをミッドナイトのレキエムに引き渡し、夕飯の買い出しに出向くのであった。今日は肉料理が良いと言ったが、豚肉以外にしてもらおうと思う。いや、流石に油が乗っていたとしても、あの豚を見た後ではちょっとなぁ…… 男である俺もヘルシー志向に走ってしまいそうになる。
「師匠、奮発してお魚にしましょう!」
―――それならよかろう。むしろよかろう!
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この感覚、凄く懐かしい……!