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第34話 レッドテイル

 佐藤ら不良3人を前に、悠那は構えを取る。以前クラスで彼らを打ち倒したボクシングの構えだ。御託はどうでもいいというばかりに、テンポ良いリズムを刻みつつ、小柄ながらも強大なプレッシャーを佐藤達に放ち出す。


「くっ……!」


 堪らず、佐藤は退いてしまいそうになる。佐藤は喧嘩において、それなりの自信を持っていた。中学の頃に始めたボクシング経験を活かし、他校の不良を相手に1対3で負かした事もあったのだ。周りからの信頼も厚く、俺が俺がと自ら舎弟を引っ張って来た。それが、今は逆の立場。ボクシングをちょっとかじった程度の素人、それも女子である悠那に打ち負かされ、築き上げてきた自負心は心的苦痛に変わってしまった。


「お、おい、佐藤。本当にこいつ、最弱なんだよな? 俺達より弱いんだよなっ!?」


 トラウマを抱えた以前と何ら変わらない、圧倒的な重圧。戦士職の鈴木は構えた剣先を僅かに震わせながら、佐藤を問い質す。さっきまで高慢にも自らの固有スキルを誇張していた佐藤も、今や丁寧に説明している暇はないと口を噤んだまま。彼はそんな佐藤の様子に、不安になってしまったのだ。


(こ、この震えは武者震い、そうさ、武者震いなんだ! 悠那がステゴロなのに対して、こちとら2人も剣を持ってんだ。ステータス差は明白、接近戦において俺と鈴木が圧倒的有利、更には高橋の魔法援護もある! 奥の手の烈怒帝流レッドテイルを出すまでもなく、勝てる戦いだっ!)


 佐藤は自らを鼓舞、というよりは勇気付けるように、勝利のロジックを脳内で積み重ねていく。そんな佐藤が、意を決して口を開く。


「俺が合図を出す。一斉に―――」


 だが、疾うに悠那は動いていた。悠那からすれば臨戦態勢となった敵を前にして、のうのうと作戦会議に勤しむ彼らは隙だらけだった。あまりに隙だらけだったので、開始数秒は罠かと様子を窺ったが、そういった気配はまるでない。これ以上様子見に徹しても利はないと見て、姿勢は変えず、足の跳躍力だけで佐藤らの正面に飛び出した。佐藤達からすれば、悠那が急に眼前に現れたようなもの。目の錯覚に驚いている暇はないのだが、喉にまで出掛けている衝撃には抗えなかった。


「「―――なぁっ!?」」


 前衛として立っていた佐藤と鈴木が、驚きを声にして漏らす。ボクシングフォームはいつでも攻撃を放てる基本姿勢。このままではまた・・やられる。佐藤は直観的にそう悟った。


「れ、烈怒帝流レッドテイル!」


 悠那の拳が佐藤の顎に触れる直前、叫ぶように宣言される固有スキル。すると佐藤はギリギリのところで顎を引いて、悠那のジャブを回避して見せた。


「ぐ、うっ……!」

「―――っ!」


 そのまま佐藤は大きくバックステップし、悠那と距離を置く。悠那もそれ以上の深追いはせず、その場に留まった。再び佐藤達を見据える悠那は、彼らの周りに赤いオーラのようなエフェクトが掛かっているのを認識した。


「ほう」


 デリスは少なからず感嘆する。てっきり、佐藤はさっきの一撃で沈むものだと思っていたのだ。自慢げに喋っていた能力を使う前に倒されるほど、間抜けな話はない。その点では、佐藤は及第点な働きをしてくれたようだ。


「な、佐藤! もうかよ!? 俺だって心の準備が―――」

「うるせぇ! いいから全力でいけっ!」


 共に退いた鈴木や後列にいた高橋が何やら焦っている。佐藤も焦燥しているような感じだ。


「おら、行くぞっ! もう時間・・がないっ!」

「クソがっ!」


 忌々しく啖呵を切りながら、今度は逆に佐藤と鈴木が突っ込んできた。剣を上段に構え、今にも振るってきそうな素振りである。そして何よりも、その速さは悠那に匹敵したものだった。


(―――やっぱり、速くなってる?)


 刹那に悠那が感じ取った通り、佐藤達の身体能力は先ほどよりも上回っている。佐藤に至ってはそれ以上かもしれない。これは佐藤の固有スキル『烈怒帝流レッドテイル』によるもので、範囲内にいる仲間の筋力・耐久・敏捷を2倍にまで高める強化能力だ。一見恐ろしく強力な力にも思えるが、言うまでもなくデメリットも存在する。この力が発揮される時間は10秒のみで、その刻限が過ぎてしまうと反動を起こし、次の10秒間は同ステータスが半減されてしまう。使用できる回数も1日に1度のみとタイミングを選ぶ固有スキルであり、できる事なら畳掛ける場面で使いたいと佐藤は考えていたのだ。


 しかし、もう開戦の狼煙は上げてしまった。使い所が急だった為、焦って鈴木や高橋にまで使用してしまっている。強襲を回避する為の緊急手段だったとはいえ、この10秒を逃せば敗北は必至。この時間内で悠那を倒せば佐藤らの勝ち、悠那が逃げ切れば負け、という方程式が彼らの中で成り立ち、手の平を返したかのうな血気盛んさで攻め立てる。佐藤達にはもう、後がないのだ。


「これで―――」

「―――終わりだっ!」


 同時に剣を振り下ろす2人。隠し玉を使っての肉体強化、そして信頼を寄せる長剣が彼らに勇気を与えてくれる、佐藤と鈴木の渾身の一撃だ。だが、悠那はそんな2人の刃を見ていなかった。


(こいつ、どこを見て――― っ!)


 佐藤は悠那の視線の先が、自分の後ろにある事に気が付いた。後ろにいるのは魔法使いの高橋だ。高橋は今、攻撃魔法による詠唱をしている最中。狙われでもすれば一溜まりもないが、この状況では悠那も攻撃手段はない筈。そう考える佐藤は、悠那の職業が魔法使いである事をすっかり忘れている。


(舐めやがって! どっちにしろ、これで決めちまえば終いだっ!)


「よっと」


 スカッ! と、風を斬る渾身の一撃は面白いほど簡単に躱されてしまった。佐藤と鈴木は「は?」といった表情で、空中で体を捻って回避して見せた悠那に驚愕の視線を送る。


 悠那が最も得意とするのはボクシングでも、合気でも拳法でもない。千奈津と共に切磋琢磨した、剣道である。『剣術』のスキルで多少扱いが上手くなろうとも、地力が素人な佐藤達の剣筋を見極めるのは、悠那にとってそう難しい事ではなかった。むしろ佐藤の場合、高いステータスとボクシングの経験を活かして拳で向かった方が、まだ悠那と勝負になっただろう。職業が剣士であるが為に、ボクシングを捨てた。結果論ではあるが、それが災いしてしまったのだ。


 2人の剣を躱した悠那は、空中で横に飛び込むような姿勢になっていた。目標は視線の先、高橋。


「見ーえーたー、っと!」


 悠那の拳に握られていたほど良い大きさの石が、地面スレスレのサイドスロー気味に投じられた。投石用として予め悠那がポーチに入れておいた、握り拳に隠れる程度の普通の石だ。ボクシングの構えをする際、悠那は既にこの石を片手に握っていたようだ。


 ―――ビュン!


 例の如く毒で侵され+10kgの重量補正が掛けられた石が、佐藤の真横を通り抜けて高橋に急接近。詠唱中の彼はこれを避けられる筈もなく、左肩に魔球を食らってしまった。豪速球の鉄アレイがぶつかるような衝撃だ。高橋は自分の体の内部から鳴り出す嫌な音を耳にしがら、後方へ吹き飛ばされる。


「が、はっ……!」


(ありゃ、ずれちゃった)


 悠那としては心臓を狙ったつもりだったらしい。しかし、リハーサルなしで当てた時点で十分におかしいと感じるのは気のせいか。まあどちらにせよ、高橋が時間内に復帰する事はないだろう。残るは、佐藤と鈴木だ。


「ぐはっ!」


 その片割れ、鈴木も脱落した。勢い余って剣を振り抜き、床に突き刺してしまったのが事の始まり。空中投球から着地した悠那の顔面蹴りを食らってしまい、顔が酷く歪まされる。威力としては高橋が頂戴した魔球とそう変わらない代物である為、尚更悲惨だ。だが戦士職である彼は元々耐久が高く、烈怒帝流レッドテイルの効果中だったのもあって、失神したものの最悪の事態には至らなかったようだ。


「悠那ぁー!」


 タイムリミットもあと僅か。鈴木よりも早く体勢を立て直した佐藤は、最後のチャンスにしがみつかんと、残りの力をこの攻撃に全て篭めた。


 けれども、悲しい事にその攻撃は最後まで剣であった。目を瞑っても躱せそうな斬撃を尻目に、悠那はポーチから黒杖を取り出して、佐藤のそれなりの名剣を横殴りに叩き折る。名剣は驚くほど綺麗に折れてしまい、同時に烈怒帝流レッドテイルの効果は終わりを迎えた。


「あ……」


 眼前に迫り来る黒が視界いっぱいに拡がった時、佐藤は体感2倍の激痛を味わった。意識を手放す1歩手前、離れていく黒の片隅に、したり顔を決める少女がいたような、そんな気がした。

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