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第27話 腕試し

「おいデリス、ちょっと待て。その小せえ弟子とやら、力は確かなのか?」


 部屋を出ようとした矢先、レキエムがそんな声を掛けてきた。


「何だ、急にどうした?」

「どうしたじゃねぇよ。てめぇがくたばろうが俺に問題はないが、そっちの子供は別だ。スラムの問題に首突っ込んで、デリスの都合で死にでもしたら寝覚めが悪い。お前がどこに行こうが勝手だが、その子まで巻き込むんじゃねぇよ」

「……そう言われてもな」


 なぜにハルは行く先々でこう紳士的に優しくされるのか。友よ、さてはお前ロリコンか?


「こう見えてもハルは腕が立つ。お前んとこの新入り3人も秒殺だったぞ」

「……タッドス、本当か?」

「詳しくは確認していませんが、そちらのお嬢さん含め、デリスさん達に酷く心酔しているような様子でしたね。よっぽど清々しく負けたのでしょう。ただ、困った事に新入り3人は揃ってレベル2の半人前。強さを測る指標にするには些か無理のある面子です」


 うん、それについては俺も不満があった。


「ハァ、人材の品質低下は自慢できる事じゃねぇな…… まあ、分かったよ。そこそこに使えるってのは分かった」

「なら問題ないな。それじゃ―――」

「待て待て、話はまだ終わっちゃいない。あくまでも最低限の強さが分かっただけだ。聞いた話じゃ、最近この街に入り込んだっていう5人の男は、どいつもこいつも相当にできるという。そんな奴らがうろつくこの街を歩かせるには、まだ信用が足りねぇ」

「なら、どうすればいい? 生憎、俺達も忙しい身だ。手っ取り早く証明する方法を話してくれ」


 レキエムはタッドスに親指を差し、凶悪な目力をハルに浴びせる。


「タッドスと少し立ち合ってみろ。それで判断する」

「「え、良いの(良いんですか)!?」」

「……何で嬉しそうなんだ?」


 俺とハル、思わぬ腕試しに喜んでしまう。このタッドスという黒人の大男、今までの立ち振る舞いからしてレキエムの腹心なのだろう。チワワ3人衆とは違い、実力も伴っている筈だ。そんな裏稼業の住人がハルに胸を貸してくれるという。これ以上にハルに経験を積ませる絶好の機会はない。


「デリスは知っていると思うが、タッドスはミッドナイトで1、2を争う実力者だ」


 ……うん、知ってた。知ってたよ? それっぽいって事は。


「こいつとまともにやり合えたなら、俺も認めざるを得ねぇ。灰縄だろうが娼館だろうが、好きに歩き回りな」

「了解だ。もうここで立ち合って良いのか?」

「構わない。タッドス、力量を測るだけだ。手加減しろよ」

「ええ、もちろんです」


 ハルとタッドスがある程度離れてから向かい合う。タッドスは190cmはあろう長身で、引き締まった筋肉のせいか更に大きいものと錯覚してしまう。ハルとこうして並ばせると、大人と子供と例えても決して大袈裟ではないな。


「よろしくお願いしますっ!」

「ええ、よろしくお願いします」


 ズシリと地に足を付いた構えのタッドス。対するは、絶えずフットワークを活かした軽快な動きを見せるハル。あ、これかなり面白い試合になりそうだわ。


「―――始めろ」



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 ボロ宿から出て、眩い太陽の光を全身に浴びる。密閉されていない、新鮮な空気も堪能。ああ、外ってこんなにも空気が美味しかったのか。最近はハルが家を掃除してくれるお蔭で、すっかり綺麗な住居に慣れていたからな。一段と淀んだ空気には敏感になってしまっている。


「ま、拳を交えたのは僅かだったけど、無事に認めてくれて良かったな」


 レキエムはハルに資格ありと聴き入れてくれた。あの後ハルとタッドスがぶつかり合い、拳と蹴りの応酬をしたのはほんの少しの時間だけだった。ハルは新たに会得したスキル『回避』を活用して攻撃を全て躱し、がら空きとなったタッドスの体に渾身の一撃を叩き込んだ。そこで試合終了、合格である。


「でも、すんごい手加減されました。私の攻撃を受けても、表情1つ変えていませんでしたし……」

「そこは基礎能力の差かな。あのタッドスとかいう奴、たぶんレベル5くらいの強さがあったと思うぞ?」

「そ、そんなにですかっ!?」


 そんなにです。一から経験値を積んで裏の世界で這い上がってきた分、下手をすればハルのクラスメイトなんかよりも厄介な相手だったのだ。まあ、そのレベル5相手に見事一発入れたハルも大概なんだけど。いくら手加減されていたとはいえ、タッドスの攻撃も触れた瞬間に気絶してしまいそうな威力はあった。


「道理で…… 走馬燈みたいなのが見えましたもん。お蔭で時間がゆっくり流れたので、結果オーライですね!」

「ハル君、死ぬ気でやるのも程々にな」


 それ、マジで死ぬ直前に見るものだから。


「師匠、ちょっと思ったんですけど…… この行方不明の調査って、ネルさん達は動いていないんですか? 国として調査するのが手っ取り早い気がするんですけど?」


 ハルは疑問そうに首を捻り、ネルや騎士団がこの件について調査していないのを不思議に思っているようだった。


「そりゃ動いてはいると思うぞ。ハルの学友がいなくなって、その調査上で発覚したって経緯だろうがな。けど、ネルや騎士団はこのスラムには手を出し難いんだ」

「?」


 今回槍玉に挙がった灰縄の連中だって、ネルが騎士団を率いてアジトに突入するのが一番手っ取り早い。もしくはネル単独でもいいだろうし、ハルの言う通りだ。が、それだけ大規模に動くには、そうするに足り得る理由がまず必要になってしまう。


 表面上、魔法騎士団とミッドナイトは繋がりがない事になっている。だが、暗黙の了解レベルで互いに干渉し合わない事を前提に、スラム街とそれ以外の区画とで分担して治安を維持しているのがこの2つの組織なのだ。国に仕える兵や騎士がスラム街にまで警備の手を及ばせない。その代わりに、ミッドナイトは大きな揉め事を起こさないし、奴隷でもないような一般の人々には迷惑を掛けない。それとなしに裏から情報を流す事もできる。そんな微妙な形での協力関係が、綿々とこれまで続いてきたのだ。


 それらの理由もあって、互いに諸手を挙げて表沙汰に助力できないのが今の状況だ。ネルであれば今回の件だって関係なしに正面突破したいんだろうが、前科と団長としての立場があるだけに、恐らくはお上からストップが掛かっているんだろう。今の絶妙なバランスになっている昔からの関係を崩したくないとか、下らない理由だとは推測がつく。そんな時にご指名がくるのが、俺のような国に所属しない便利屋なのだ。報酬までもが直接受け取らないよう、ギルドの依頼を通して貰う徹底振りだ。今回はハルのクラスメイトも絡んでいる事だし、尚更事を大きくしたくない思惑もあるんだろうな。城の関係者が誘拐事件に関与していた、なんて絶対に世間に晒したくない筈だ。


「うーん、よく分からないです……」

「皆が対応できないでいるから、フリーランスの俺らに仕事が回ってくる。要するに、大人の事情って奴だ」

「あ、それ知ってます。その言葉があれば何でも解決する、魔法の言葉ですよね?」

「む、そうとも言うな」


 大人の事情、確かにネルと並ぶマジックワードだな。

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