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第26話 マジックワード

 回復魔法で無理矢理起きてもらった3人に、ミッドナイトのボス、レキエムのいるアジトへと案内させる。レキエムは裏稼業を商うだけあって用心深い男で、毎回毎回スラム街内でアジトの場所を変えている為、こうして案内をしてくれる部下がいないと探すのが面倒になる。虱潰しに当たっていては日が暮れてしまうからな。俺達には夕飯という大事なタイムリミットがあるので、余計な時間は掛けていられないのだ。


「こ、ここです、旦那」


 ナイフ男が指差した場所は、あまり清掃の行き届いてなさそうな、格安のオンボロ宿だった。古びた扉が半開きの状態でギィギィと軋んだ音を鳴らしている。


「……本当か?」

「ほ、本当っすよ! 今、頭目はこの宿の地下を拠点にしてるんす。だ、旦那、一応確認なんすけど、マジで頭目のお知り合い、なんすよね?」

「さあて、どうだったかな?」

「そ、そんなぁ……!」


 ちょっとした意地悪のつもりが、3人衆が足に縋りながら泣き付く事態に発展してしまった。しかしながら、悪人面の男にそんな事をされても嬉しくない。鬱陶しいだけだ。


「師匠、そういうへそ曲がりな嘘はよくないですよ。罰はさっき十分に与えたじゃないですか」

「悪いな、ついつい興が乗ってしまってさ」


 罰といっても、ハルが一瞬で気絶させただけなんだけどな。ダメージはあるだろうが、果たしてそれで懲らしめた事になるのだろうか?


「あ、姉御は優しいっす! 普段、こんな可愛い子に優しくされないから、尚更心に染みるっす!」

「へっへっへ、て、天使だ……」


 飴と鞭とはこの事か。もうハルを完全に目上の存在と認識しているようで、姉御呼びになっていた。そして、へへへの男が何か別の快感に目覚めていないか心配になってしまう。


「それじゃ、誰か1人先に行って話をつけてきてもらえるか? デリスの名前を出せば通じると思うぞ」

「なら俺が。デリスの旦那で良いんすね? 分かりやした、ちょいとお待ちを」


 ナイフ男が颯爽とボロ宿の中へと入って行くのを見送り、さて、素直に通してくれるものかと待機する。この間、残った男2人は人質同様の扱いなんだが、当の本人達は微塵もそうだとは思っていないようだ。強い女の子が好みなのか、懸命にスラム街の見どころをハルに説明していた。



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 暫くして、スラム街にしてはやけに身なりの良い服装をした大柄な男が宿から出てきた。よくよく観察すれば、どこかで見た覚えのある顔である。恐らくはミッドナイトの幹部クラスの奴なんだろうが、どうも俺は人の顔を覚えるのが苦手で、ハッキリとは思い出せない。男は新入り達をひと睨みで黙らせた後、俺とハルを宿の中へと招いた。


 ボロ宿に入ると、中身も大方の予想通りにボロいのが目に付いてしまう。酒場らしきスペースには大樽の上に薄汚れた丸板を置いただけ、ウェイトレスの娘は存在せず、カウンターに年老いた爺さんがいるだけだった。通気性が悪いのか、空気も埃っぽい。


「こちらです」


 そんな爺さんに目もくれず、男はつかつかと無断で奥へと進んで行く。行先は関係者以外立ち入り禁止、と記された部屋だった。爺さんも特に注意する様子はない。見なかった事にしてくれているのか、もしくは爺さんも関係者なのだろう。それならば遠慮などする必要はなく、というか最初からする気はなかったが、俺達も彼の後に続いてこの街の裏側、その最深部へと向かうのであった。


 絨毯の下にあった隠し扉を潜り抜け、これまた光の薄い地下通路を歩かされ、グルグルと同じような道を進み続ける。最短距離ではなく、わざと分かり辛い遠回りをする道を通る事で、地下の構造を秘匿しようとしているのだろう。確か、前も似たような感じだった。


 ハルはこういった人工の迷路はどうも苦手らしい。必死に道を覚えようとして、頭から黒煙が出掛けている。同じような山道や森が続く場所は大丈夫なんだけどな。天然なハルらしい。


「どうぞ、お入りください」

「あいよ」

「どうもありがとうございます」


 最後の扉に行き着いたのは、たっぷりと5分ほど歩いた後だった。冷淡な態度の男に、わざわざ頭を下げて礼を返すハル。この辺りは日本人気質というか、長年住み馴染み、この世界の色に染まってしまった俺にはもう殆どないものだ。


「よう、レキエム。元気?」

「確かにお前が来るまでは元気だったな、デリス」


 地下だというのに広々とした、これまでとは異なる明らかに整備された部屋。その中央奥に置かれたデスクに腰を掛け、刺々しい返事をしてくれたスキンヘッドが、俺達の探し人であるレキエムだ。背中どころかその輝かしい頭にまでタトゥーを入れ、これでもかとばかりに威圧感を放ってくるナイスガイである。ちなみに俺とは歳が近いし、何かと便利なので友人になりたいと常々思っているのだが、なぜか嫌がるシャイな奴でもある。


「その子供は何だ。売りに来た、って訳じゃねぇよな?」

「?」

「……あ、いや、なるほど。そういう事か。あの団長様とくっ付かないのは、そういう個人的な趣味が―――」


 ハルを見ながら考える仕草をしたレキエムが、勝手に納得した。


「何がそういう事かだよ。悪いけど、そのくだりはもう何回もやってるからスルーするぞ。こいつは俺の弟子だ、弟子」

「ふん、まあそういう事にしておいてやるよ。どっちにしたって俺はお前に興味がない。こうして顔を合わせたのはほんの気紛れ、最低限の大人のマナーって奴さ。もうこれ以上は付き合えないぜ。俺はこれでも忙し―――」

「―――俺で用件を済ませないと、今度はネルが来るぞ?」

「っ!?」


 澄ましていたレキエムの表情がビクリと硬直する。油の切れた機械のように体の節々をギギギと鳴らしながら、徐々に俺へと視線を戻してくれた。


「……よ、用件を聞こうじゃないか。友よ」


 スラム街の者達にとって、『ネル』という単語はこんな強面のボスとも友達になれる有用なマジックワードである。これはかつてネルがスラム街で起こした事件がきっかけになっているのだが、それはまた別の話だ。まあ、この反応を見る限りで大体の想像はつくだろう。うん、大体その通りだと思うよ。


「ここ数日で、5人組の若い男がスラム街に来なかったか? この子と同じくらいの年齢だ」

「5人組ねぇ…… タッドス、何か聞いてるか?」


 レキエムは俺達を案内した大柄な男に尋ねた。タッドスという大男は腕を組み直し、低い唸り声を短く上げてこう言った。


「……3日前に、堅気の少女が流れてきました。まだ確定情報ではないんですが、どうも『灰縄』に入った新人が手土産に連れて来たようでして。確か、そいつらは複数人だったと記憶してます」

「だとよ。これで十分か?」

「まだ不十分だ。その娘は今どこに?」

「意識がないんで、今のところは保護してますが。恐らく、それも氷山の一角でしょう。まだ何人かはいるかと。予測程度の目星は付けていますが……」


 おっと、タッドスさん意外と有能だな。欲しい情報がいっぺんに入手できてしまった。


「その保護している娘、あと目星を預かっても大丈夫かな?」

「ふう…… 元々意識を取り戻したら、話を聞くだけ聞いて後は帰してやるつもりだったんだ。堅気の誘拐なんて、完全にアウトの線を超えているからな。好きにしな。但し、俺らの都合が悪くなるような事はするなよ?」

「分かってる。友を陥れるような事はしないさ」

「よく言うぜ…… まあ、ここ最近の灰縄の奴らの行動は度を越していやがる。これ以上火遊びを続けるようなら、きついお仕置きが必要かもな」

「そうだな。都合良くそんなヒーローが現れたら、俺達は何も言えないな」

「ああ、多少の荒事も許してしまいそうだよ。クソッたれめ」


 レキエムに代わって灰縄を抑えてくれるなら、多少はスラム街で問題を起こしても大丈夫だ、と…… さて、ミッドナイトの許可を得た事だし、早速行くとしますかね。

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