第25話 スラム街
「師匠、これって本当に狩りなんですか?」
目的地へと到着するなり、ハルがそんな事を聞いてきた。鳥や獣を獲る狩りと誤認したまま連れて来たからな。ハルはてっきり山や森に入ると思っていたんだろう。しかし俺達が訪れたのは、城下町ディアーナのスラム街だった。
これまでの街並みと比べて劣化が著しい家屋が並び、全体的に不衛生で薄暗い路地が続く。それらが枝分かれしているような構造をした場所がここだ。国の首都たる城下町といえど、こういった居住区は依然として存在している。貧困と犯罪が蔓延するスラムの住人は訳ありの者が多く、当然ながら
スラム街を牛耳るは、表向きは異なる名で通る反社会的組織『ミッドナイト』――― とはいっても、好き勝手に何でもして良いという訳ではない。彼らには彼らのルールがあり、火遊びが過ぎると怖い怖い魔法騎士団(の団長)がやってくるのだ。やろうと思えば、あいつ1人でスラムの戦力壊滅できそうだもんな。怖い怖い…… まあ何事も程々に、お上が目を瞑ってくれるくらいで止めておくべきって事だ。それに利害が一致していれば、こういった輩も役に立つ時もある。今がそうであるように、な。
「紛うことなく狩りさ。こう、マンハント的な意味で」
「人を狩るんですか? さ、流石に人肉はちょっと料理した事が……」
いや、そういうボケは要らないから。ハルの場合、真面目に言っていそうな気もするが。俺だって食人鬼にはなりたくないよ。
「ここ最近、行方の分からなくなった少女が増えてるみたいでさ。今回のギルドの依頼はその調査、みたいなものだ」
「なるほど、人探しという訳ですね!」
うん、大筋は間違っていない。ただ、その過程で少しばかり荒事もあったりなかったり、やっぱりあったりするかもだが。
「それでしたら、帰りは市場でお肉を買いましょう。仕事の後はやっぱりお肉ですよ、お肉!」
「ハルはどんな鍛錬後もしっかり食べるもんな。かくいう俺も楽しみにしている。その手腕、遠慮なく(調理で)発揮する事を許そう」
「お任せください!」
夕飯のメインを飾る料理を何にするか話しながら、スラムを横断する俺達。すると、家屋の物陰から3人の男達がスッと現れ、待ち構えていたかのように進路を塞いだ。
「へっへっへ」
「よう、おっさん。こんな場所で豪華なディナーの話とは、景気が良いみたいじゃねぇか。羨ましいねぇ」
「そんなかわいこちゃんを連れて、これからお楽しみですかぁ? ちょっと俺らも混ぜてくれよ、なあ?」
どいつもこいつもガラの悪い顔と、不自然なまでに着崩した恰好をしている。壁に寄り掛かりながら値踏みする者もいれば、見せびらかすようにナイフを片手に持ち、意味もなく刃の峰部分を舐め回す者もいる。うーむ、如何にもで典型的な奴らに絡まれてしまったな。
「師匠、何やらひと昔前の不良漫画で出てきそうな人達が出てきました。コスプレでしょうか? それもモブっぽい配役です!」
「「「ぐふっ……!」」」
ハル君、時に君の素直さは何よりも鋭利なナイフになるから、そういう事は思ったとしても心に閉まっておこうな。でないと傷ついてしまう人もいるんだ。
「ヒソヒソ(ところでハル、こういう強面を見ても案外平気そうだな?)」
「ヒソヒソ(もっと怖いコボルトを相手しましたから。ボスさんに比べればチワワみたいなものです)」
まあ、そうだよな。自分よりも遥かに大きな猛獣とそこいらの不良、どっちが怖いかと問われれば、普通は猛獣を選ぶよね。
「て、てめぇこの野郎…… 少し可愛いからって好き勝手な事を言いやがって!」
「へっへっへ、もう謝ったって遅いぜぇ? 何せ、俺達はもうキレちまったからなぁ!」
「今吐いた言葉、よぉく覚えとけよぉ?」
うん、お前達もその辺にしておいてほしい。流れるようにお決まりの台詞を言われてしまっては、さっきの恥の上塗りでしかない。自ら肯定されては、俺もフォローできないのだ。もういいや、さっさと話を進めてしまおう。
「あー、君達はミッドナイトの一員かな?」
「あん? 何で俺らがてめぇの質問に答えなきゃいけねぇんだよ?」
「へっへっへ、まあいいじゃねぇか。俺らはよ、ここらを牛耳るミッドナイトの傘下なのよ。おっさん、この意味が分かるかい?」
「あの悪のカリスマ、レキエムが率いるミッドナイトだぜ? はぁん?」
お、初っ端からヒットするとは運が良いな。ここまでアホだと本物なのかと疑ってしまうが。
「そうか、助かったよ。それじゃ、レキエムの場所まで案内してくれ」
「「「……ハァ?」」」
荒くれ3人衆が、目を見開いたまま固まってしまった。
「おっさん、本当に立場を弁えているのか? てか、正気か?」
「俺はお前達こそ正気なのかと疑いたくなるよ。ひょっとして、最近ミッドナイトに入ったばかりの新入りなのか? うん?」
「え、な……!」
それっぽい事を言った俺の言葉に対する狼狽えが半端ない。どうやら本当に新入りだったらしい。
「お、おい。このおっさん、もしかして頭目の知り合いなんじゃねぇか……?」
「俺に聞くなよ。けどよ、もし違っていたら、俺ら赤の他人を案内する事になるぞ……」
「へっへっへ、やべぇ、頭いてぇ……」
急な作戦会議をし始める3人衆。どうも俺達をレキエムの所に案内するかを迷っているようだ。
「……師匠、少し時間掛かりそうですよ」
「だなぁ……」
間に知っていそうな奴を1人でも挟んで確認すれば済む話だろうに。ああ、面倒臭い。
「おい、お前ら。1つ提案がある」
「提案?」
「この子と喧嘩して、お前らが勝ったら俺はレキエムの所に行くのを諦めよう。こいつも好きにしていい。それも、武器ありの1対3でいいぞ」
「「「な、なにぃ!?」」」
食い付きようが凄まじい。入れ食いである。まあ容姿だけ見れば、ハルは小柄で可愛らしい少女だからな。惹き付けられる奴は惹き付けられるんだろう。
「その代わり、お前らが負けたら大人しくレキエムの所に案内しろ。ほら、これ以上ないほど分かりやすい簡単な条件だろ? お前達にも十分なメリットがあるし、これで決めないか?」
「えっと…… 師匠、良いんですか?」
ハルが不安げな様子で俺の顔を見上げる。その良いんですかは、殺しても良いんですかじゃないよな? 殺したら案内役がいなくなるから駄目です。せめて半殺しに留めておけと、ハルに耳打ち。それなら俺が回復してやれる。
「弱いもの虐めは趣味じゃないんですけど……」
あ、そっちですか。
「よーし、その条件でいいぜぇ」
「へっへっへ、鴨が葱を何とかとはこの事だな」
「おっさん、アンタはもう帰っていいぜ? 後は俺達で楽しむからよぉ」
途端に男達は下種な視線をハルに浴びせ始めた。何を考えているのかは探るまでもないが、気分的には良いものとは言えない。だが、ハルが女である以上はこういった場数も踏んでもらう必要がある。人間を相手にする時は、モンスターとはまた違った怖さがあるのだ。そう、人間の本質的な―――
「師匠~、終わりました~」
―――これ、何秒で終わったのかな。怖さを、などと考えているうちに3人衆は地面に転がっていた。ああ、そうだ。そういやチワワだったね、こいつら……
「……お疲れ」
泡を吹いている3人に簡単な回復を施しながら、どの程度がハルにとって適正なのかを思案した。