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第21話 来訪者

 用件を済まし、城下町ディアーナを後にした悠那は真っ直ぐデリスの家へと帰宅した。虎髭のガンから貰った練習用の黒杖で、早く本格的な特訓がしたかったのが半分、ギルドで歓迎されてしまった事を報告する為にが半分。兎も角、機敏なフットワークで急いで山を登ったのだ。


「師匠、ただいま戻りました!」

「おう、おかえり。お使いは大丈夫だったか?」


 デリスは居間のソファでお茶を飲みながら本を読んでいたようだ。仕事は終わったみたい、とこれからデリスを独占できる淡い期待を抱きながら、悠那はソファの隣に座ってギルドであった出来事を報告する。


「よし、上手い具合にギルドに恩を売って来たな。流石は俺の弟子だ」


 なぜか、デリスはこうなる事を予期していたかのような口調だった。隠す事なくガッツポーズを決めている。


「凄い大金を貰っちゃいましたけど、どうしましょう……」

「前に言った通り、それはハルが稼いだ金だ。自由に使っていい――― といっても、どう使えばいいのか分からない感じだな。んー、そうだなぁ…… 杖術の鍛錬用に新品の杖を買うか? 俺の家にもあるにはあるが、どれもお古になっちまうからな」

「あ、それがですね…… これ、ガンさんから頂きまして」


 帰り道の道中、シャドーボクシングをする為に一端バッグに収納した黒杖をデリスに見せる。するとデリスは、目を丸くして何か凄いものを見たような視線を悠那に浴びせた。


「あのガンさんが、無償奉仕か…… ハル、お前相当気に入られたな。普通はガンさんを鍛冶場から出すのに3日、会話のキャッチボールをするのに1週間、目を合わせてくれるまで更にひと月は必要なんだぞ?」

「え? 師匠だって普通に喋っていたじゃないですか」

「お前、俺がどれだけ苦労したと…… あ、いや、逆にハルみたいに素直なら丸く収まったのか? まるで娘さんとの交際を許してもらいに行くような心境だったからな、あれ……」

「し、師匠、その、お疲れ様です」


 懐かしき記憶を思い出しているのか、デリスはどこか遠い目をしている。しかし、そんな店に弟子を1人で向かわせたのはどうなんだろうか。悠那は全く気付いていないが、これもある意味修行のつもりでデリスは出したのかもしれない。


「うん、まあそれはいいや。この杖がそうか?」

「はい! ガンさんは練習用って言ってましたけど、立派な出来ですよね」

「あの人は堅物だけど、仕事に対しては絶対に妥協しないからな。それとハル、その杖を持つ時は立つ場所に気を付けろよ」

「場所ですか?」

「ああ。その黒杖、相当重いから脆い床だと抜けるからな」


 悠那は何気なく杖を持っているが、実際この黒杖はかなりの重量となっている。鉱石の小さな欠片を必死になって持とうとしていたアニータの姿を思い浮かべれば、その集合体とも呼べるこの黒杖のウェイトが如何に途轍もないか想像できるだろう。悠那は座っていたソファが悲鳴を上げ始めている事に気が付き、急いで黒杖をバッグに戻した。


「ハルに採って来てもらった鉱石は『黒魔石』っていう、あの鉱山跡でしか採掘できない貴重なものなんだ。俺が近場であるここに家を構えた理由の1つでもある。ま、独占したのは良いが、重過ぎるわ加工が難しいわで、欲しがる奴なんていないんだけどな!」

「師匠、なぜそんな理由で家を……」


 悠那、割と本気でデリスを心配する。そんな時、コンコンと玄関の戸を叩く音が聞こえた。


「お客さんですかね?」

「ハル、新たな任務が発生したぞ」

「は~い。今行きますね~」


 ソファから飛び降り、悠那は玄関に向かう。


(こんなへんぴな所に来る人なんてそういないだろうし、カノンさんが来たのかな?)


 桂城悠那は裏表のない、素敵で素直な娘である。


「お待たせしました。ええっと――― どちら様でしょうか?」


 悠那が扉を開けると、そこには驚くほどの美人さんがいた。見る者を恋焦がす黄金の髪を携え、透き通るような碧眼は宝石を連想させる。白い肌は雪景色を想わせるようで――― などと説明を続けてはキリがないほど。兎も角、彼女は悠那の視点から見て凄まじい美女だった。金髪碧眼は憧れの対象になりやすい要素もあってか、女の悠那も思わず緊張してしまいそうなのだ。高級な香水を付けているのか良い香りもするし、着ている衣服も洗練された女性のそれ。


 ただ、なぜか悠那に対して態度が高圧的で、腰に差した剣に手を伸ばし始めている点が気になってしまう。なぜにそのお洒落をした格好で帯刀? などと疑問は尽きないのだが、高圧的どころか纏う気配にどす黒い殺気までもが含まれ始めている。殺気が悪魔を形作っている。このままでは危ない。悠那は本能的にそう悟った。


「……ここは、デリス・ファーレンハイトの家だった筈なのだけど?」


 返答を間違えれば、死ぬ。突発的過ぎる即死イベントに、悠那の脳内はフル回転していた。


「し、師匠のお知り合いの方、でしょうか?」

「……師匠?」


 勇気を振り絞って出した声。その甲斐あってか、向かい合う女性の殺気がまるで嘘だったかのように消え去った。


「ネル、頼むから人の家の玄関先で殺気を駄々漏れにするの止めてくれ。俺の弟子だったから良かったものの、一般人なら卒倒しちまうだろ」

「し、師匠~……!」


 扉の隙間からいつの間にやら顔を出していたデリスが、金髪の美人さんを相手に文句を言っている。悠那は今日ほどデリスを心強く思った事はなかった。


「ちょっと勘違いしただけよ。デリスの家に泥棒が入ったのかと思ったの。それにしてもデリスが弟子、ね。ふーん……」

「勘違いで弟子を怖がらせないでくれよ」

「……まあ、そうね。確かに少し考えれば、こんなへんぴな所に泥棒が入る訳ないわよね。ごめんなさい、私が悪かったわ」

「なあ、もしかしなくても喧嘩売ってる?」


 あ、少し気が合いそう。悠那は少しそう思った。


「貴女もごめんなさいね。怖がらせる気はなかったのだけれど、先走って変に間違えてしまったの。ええと……」

「あ、申し遅れました! 私、師匠の下で弟子をしている桂城悠那と言います。よろしくお願いします!」


 挨拶をした悠那が顔を上げると、女性は纏っていた殺気をすっかり消してしまって、今では親しみやすいお姉さん然とした雰囲気になっていた。


「よろしくね、ハルナ。私の名前はネル・レミュール。デリスとは昔からの付き合いでね―――」

「―――昔からの腐れ縁な」


 ビシリと、どこか空気の流れが僅かに変わったような…… 悠那はそんな気がした。


「……これ、街で人気のケーキなの。もので詫びるつもりはないけど、喜んでくれると嬉しいわ。後で女2人で食べましょ?」

「……なあ、俺の分は?」

「わ、ケーキですか? 私、甘いもの大好きなんです!」

「とても甘くて美味しいから、きっと虜になっちゃうわよ。期待しててね」

「あの、俺も甘いの意外と好きなんだけど……」

「残念ね、デリス。ケーキ、2つしか買って来なかったの。所詮腐れ縁だし、男の貴方は我慢しなさいね?」

「は、はい……」


 口は災いの元。空気を読んだ悠那は口にチャックをする仕草をしながら、2人と一緒に家の中へ入って行った。

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