第20話 魔法使いです!
ギルドの中は以前と同じく盛況で、巨大掲示板の前では人が集い、受付カウンターには大勢の冒険者達が列を成していた。受付を担当する女の子達は慌ただしく働いており、どこのカウンターも大変忙しそうだ。
―――尤も、相変わらず暇をしている者もいるようだが。
「ジョルお爺さん、こんにちは!」
「おや、お前さんはデリスんとこの」
「はい、桂城悠那です。いつも師匠がお世話になってます」
「……あのデリスから、どうやったらお前さんのように礼儀正しい娘ができるんじゃろうなぁ」
「?」
老眼鏡を外して目頭を押さえるジョルジア。何やら思うところがあったようだが、悠那にとっては見当のつかない事だ。悠那は少し首を傾げる仕草をするに留め、感傷的になっているジョルジアの反応を待った。
「おっと、すまない。ハルナちゃんみたいな若い子が、こんな老いぼれの所に来てくれたから嬉しくてのう。それで、今日は何の用だい? 昨日の依頼、やっぱり難しかったかい?」
デリスに対するいつもの口調とは打って変わって、ジョルジアはとても穏やかな雰囲気で悠那に話す。隣で忙しなく仕事をしていた受付嬢は、その様子に思わず肩を震わせて笑いを堪える。
「いえ、もう巣の駆除が完了したので、その報告に来ました!」
「……本当かい? ほっほっほ、デリスの奴め。ああ言いながらも手伝うとは、素直じゃないのう。ほっほっほ―――」
「あの、師匠から巣の場所は教えてもらいましたけど、特に討伐を手伝ってもらったりはしていないですよ? 苦労しましたけど、何とか自力で頑張りました」
「―――っほ、う?」
ほんの少しだけデリスを見直したジョルジアであったが、悠那にそれを否定され僅かに困惑してしまう。職業レベル1の魔法使いが、単独で灰コボルトの巣を駆除する。普通に考えればまず不可能で、そこいらの新人冒険者であれば与太話だと一笑に付すような事だ。しかし、目の前にいる悠那からはそのような様子は見受けられず、真摯に事実を話しているように感じられた。
「あの、ジョルお爺さん? 灰コボルトの尻尾、どうすればいいですか?」
「あ、あー…… このトレイに載せてくれるかの?」
「えっと、すみません。量が多いので、もう少し大きなものを用意して頂けると……」
はったりかどうかを試す為に出した、規格の小さなトレイにも引っ掛からない。ジョルジアはこの反応に確証を得た。眼前の小さな少女は、本当に灰コボルトを駆逐して帰ってきたのだと。
「特にボスさんは丸ごと持ってきたので、ひと部屋分のスペースがないと危ないです。とっても大きいので」
「……ボスさん?」
そう考え直したのも束の間、悠那の予想外な言葉に思考が停止してしまう。巣の駆除の対象は灰コボルトのみだった筈で、灰コボルトボスの存在はギルドでは確認されていなかったのだ。通常の灰コボルトだけでも状況に応じてレベル2、3相応の討伐になる依頼だ。その頭領である灰コボルトボスはレベル3のパーティでも対処し切れず、レベル4の強者で漸く戦えるようになる凶悪なモンスター。それをレベル1で、それも単独で倒すなんて前例がない。ただ悠那が嘘をついているようには、どうしても思えない。
「……おい、急ぎの用じゃ。鑑定室を空けろ」
意を決したジョルジアは、カウンター奥の事務室で働くギルド職員にそう言い放つ。
「えっ? ギルド長、今ですと別の予定が入っていますが……」
「構わん、遅らせたもんはワシが後で処理しておく。いいから早く空けろ」
「は、はいっ!」
パタパタと小走りで事務所に隣接する部屋へと向かう職員。ただならぬ雰囲気に、何事かと周りの目も集まっていた。悠那の隣にいた新人冒険者なんて、この人ギルド長だったの? みたいな見当違いな顔をしている。
「さて、ハルナちゃん。大型モンスターの持ち込みはここではちと狭い。扱うものがものだけに、人目に触れさせる訳にもいかんからな。ワシに付いてきてくれるかの?」
「了解です!」
そんな注目を浴びるも、悠那はいつもの調子で気にする事もなく、ジョルジアの後を追うのであった。
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鑑定室では3人のギルド職員が悠那を待っていた。フードを被りマスクをしている為、目元程度しか顔が見えない。分かるのは、皆女性である事くらいだろうか。ジョルジアと悠那が部屋に入ってくると、3人は軽く会釈をしてくれるも、声は発しなかった。
「彼女らはモンスターから素材を解体するプロじゃ。大型ともなれば、自分で解体できなくなる場合も多いのでな。持ち込みであったり、王城からの依頼でそういった仕事を引き受けておるのじゃよ」
「あ、私知ってます。解体スキルですよね!」
「うむ、その通りじゃ。ハルナちゃんは勉強熱心じゃのう」
「え、えへへ……」
たまたま知っていただけです。とは言えない悠那は、苦し紛れに笑うしかない。
「では、話していたボスさんとやらを出してもらっても良いかの?」
「あ、はい。このバッグに入れてます。少し離れてくださいね」
「うむ。お主ら、壁際まで下がるとよい」
全員が安全な位置にいる事を確認した悠那は、ポーチを開けてその中を探る。すると、入った際と逆に時が流れるように灰コボルトボスの巨体がズズズと出現。その瞬間に体中から血を流し始め、部屋の床に少しずつ血溜まりが形成されていった。
「これは…… 見事なものじゃな。ハルナちゃん、よく無事じゃったなぁ」
「当たらなければ大丈夫でした」
「いや、まあ、それはそうなんじゃろうけど…… 体中に切傷、そして部位によっては変色しているところもあるのう」
「打撲、でしょうか? 結構投げ飛ばしちゃいましたから」
「投げ飛ばしたの!?」
「それとも毒の影響……? 毒殺したようなものなので、お肉は食べないでくださいね」
「毒殺したの!?」
色々とツッコミどころが多過ぎて、ジョルジアの指摘が追い付かない。灰コボルトボスの体を確認していた職員達に確認しようと視線をやると、全員が肯定するようにコクリと頷いている。悠那の言葉に嘘はなかったのだ。
「……ハルナちゃん、魔法使いじゃったよね?」
「はい! レベル2になったばかりの見習いですが、魔法使いです!」
どこの世界の見習い魔法使いが、こんな凶悪なモンスターを放り投げ毒殺するというのか。可愛らしい見た目に騙されてはいけない。彼女は立派な戦士だ。ジョルジアはそう考える事にした。
「う、うむ。ギルド長のこのジョルジア、確かに確認したぞい。依頼達成じゃ」
「わぁ、ありがとうございます」
「それと、ハルナちゃんや。ギルドを代表して1つ謝らんといけない事がある。本来であればこの依頼、この灰コボルトボスの討伐は内容に含まれておらんかったのじゃ。事前の調査が甘かったギルドの不手際、ここに謝罪する。申し訳なかった」
深く頭を下げるジョルジアに続いて、後ろの3人も初めの挨拶のような軽いお辞儀をする。
「え、ええっと……」
唐突な出来事にどうすれば良いのか戸惑う悠那は、前払いで払った違約金、そして当初設定されていた報奨金の10倍はあろう額の大金を手渡され、更に困惑。デリスの弟子云々を抜きにして、その実力が本物であると認められ、これから何かと優遇するという保障もされてしまう。こうして悠那は、冒険者として手厚く歓迎されたのであった。
大金の使い道を全く考えていなかった悠那は、取り敢えずその日の夕食におかずを一品追加した。