第17話 無冠の師弟
読んでいた本に栞を挟み込み、空を見上げる。空はオレンジ色に染まっており、そろそろ帰らねばならない時間になってきた。まあ、そろそろハルも帰って来る事だろう。念の為、気付かれぬよう外から見守っていたのだが、弟子を持つというのはどうも慣れないな。必要以上に心配性になっている気がする。
「師匠~、今戻りました~」
おっと、噂をすれば何とやらか。採掘所方面からハルが手を振りながら走ってきた。
「ご苦労さん、大体時間通りだったな。初めての遠征はどうだった?」
「とってもきつかったです。でも、それ以上に楽しかったです!」
ハルが鉱山跡で起こった出来事を、身振り手振りを交えて熱弁してくれた。灰コボルトボスとその子分らを相手にしておいて、無駄に元気なものだ。だが、収穫は十二分にあった。正直なところ、ハルの戦いぶりは俺の予想以上のものだった。少々素直過ぎるきらいがあるものの、状況判断が早く1度やろうと決めたら迷いがない。ここ大一番での肝の据わりっぷりなんかは舌を巻いたものだ。どこかの場面で助けるつもりが、丸っきり杞憂に終わっちゃうんだもんな。お前、本当にちょっと前まで女子高生だったの? と、心の中でセルフツッコミを何度した事か。
……ただ、今は師匠としてこう言っておこう。
「ハル、よくやったな。お前を弟子にして良かったよ」
「……ええっ!? あの、行き成りどうしたんですか、師匠? 何か裏があります?」
「なぜそうなる……」
お前、今日1番の動揺なんじゃないの、その反応? お前の中で俺はどんな人間になってんだよ。
「あ、それよりも師匠。採取した黒い鉱石なんですが、その、思っていたよりも小さな欠片ばかりになってしまいまして…… 量はあるんですが、大丈夫ですかね?」
ハルは申し訳なさそうにバッグからひと欠片の鉱石を取り出し、俺に見せてくれた。ハルの小さな手の中にあったのは、見本として渡していたものよりも更に小さな欠片だった。
「ん? ああ、量があれば鉱石が小さくても問題ないぞ」
「で、でもでも、師匠からお借りした鉱石よりもかなり軽いですよ? 持ち歩きも楽々なんです!」
「そりゃあ、お前が成長したからだろ。今のステータス、まだ確認していないのか?」
「へ?」
うん、これはしてない。スキルがレベルアップすれば表示されるもんなんだが…… よっぽどバトルに集中していたのかね。灰コボルトボスのすっぽ抜けたメイスが鉱石にぶつかったのも、結局最後の最後まで気付いてなかったし。
「ハル、取り敢えずステータスを見てみろ。たぶん、職業レベルが上がってるぞ」
「マ、マジですか!? 少々お待ちをばっ!」
「逃げるもんでもないから、落ち着け。あ、俺も見ていいか?」
「どうぞどうぞ。師匠なら別に確認されなくても、自由に見て大丈夫ですよ」
む、そうですか。それなら遠慮なく。
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桂城悠那 16歳 女 人間
職業 :魔法使いLV2
HP :210/210
MP :105/105(+20)
筋力 :41
耐久 :41
敏捷 :41
魔力 :45(+10)
知力 :18
器用 :1
幸運 :1
スキルスロット
◇格闘術LV40
◆闇魔法LV17
◇未設定
◇未設定
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「……レベル、アップぅ~! 師匠、職業レベルが上がって、スキルスロットも増えてますよ!」
「うん、そうだな。だから少し落ち着いてお願い」
パワーアップしたハルに肩を全力を揺さ振られ、ちょっと酔ってしまった。しかし、上がり辛くなっている筈の格闘術の方が、闇魔法よりもレベルアップしているのは何でだろうな。敵を凄い勢いで投げ飛ばしていたからか? 相変わらず成長率の伸びがおかしい。いや、闇魔法も十分おかしいけどさ。
「あれ? でも何か、聞いていた話と違うところがあるような……?」
お、ハルにしては敏い。
「まあ日も暮れてきた事だし、続きは家に帰ってからしようか。言っておくがハル、これから帰って夕飯の支度をする大任もあるんだぞ? 大丈夫か?」
「大丈夫ですよ。軽くランニングしながら帰りましょう。それくらいの元気は残してますから!」
「山道のランニングって、そんな軽いもんじゃないと思うんだけどな…… 帰ったらしっかりストレッチも―――」
「師匠、置いて行きますよー」
もう走り出してるし……
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鉱山跡からの帰り道はモンスターに出会う事もなく、至って普通のジョギングとなった。家に到着してから食事と風呂を済ませ、今はハルと一緒に柔軟体操中だ。これ、久しぶりにやると体の衰えを実感してしまうな。ハルの奴、滅茶苦茶体柔らかいし。 ……え、何それ、ストレッチなの? ヨガじゃなくて?
「師匠~」
「ん~?」
「あれからノートで確認したんですけど、職業のレベルアップで増えるスキルスロットって、1つだけですよね? 私、2つも増えていたんですが~」
「あ~、それな~」
慣れないストレッチを終え、いつものテーブルに座る。テーブルの上にはどこから見つけてきたのか、茶菓子入りのバスケットが置いてあった。台所はすっかり掌握されてしまったな、これ。
「前に、俺と師弟関係を結ぶ契約をしたのは覚えているか?」
「覚えてます。無冠の師弟、ですよね? 私、絶対忘れると思ってメモしておきましたから」
ない胸を張ってフフンと得意気なハル。でもな、それってステータス画面で確認できたりするんだよ。ま、これは後で教えておこう。
「それは俺の持つスキルの1つなんだ。まあ、会得しようとして会得した訳じゃないんだがな。職業レベルを上げていけば、途中で運良くこういった特殊なスキルを覚える事もある」
「特殊なスキル、ですか?」
「固有スキルとか、神からの贈り物、なんて呼ぶ奴もいるな。スキルスロットとは別枠で、レベルはなくステータスにも関わらない。これを得て早十数年、使う機会はないもんだと思っていたんだが、人生とは面白いものだ」
固有スキルを覚えた時は、そりゃあもう喜んださ。喜んだよ。喜んだものの、よくよくスキルの内容を確認してみれば弟子をとるスキルと書いてある。当時の十代だった俺は凄く困惑した。
「あれ? 前にもお弟子さんがいたんじゃないんですか? その、居候の方が」
「ハハハ、面白い冗談だな。残念だけど、俺の弟子はハルが初めてだよ。師匠歴が浅くてすまないな」
「いえ、師匠は立派な師匠ですよ! 私が保証します!」
「お、おう」
こいつ、真顔で毒舌を吐くが、こういう事も平気で話すからな。こっちが恥ずかしくなってしまう。
「ちょっと話が逸れたな。スキルスロットが一気に2つ増えた件、その無冠の師弟の効果なんだ。契約を結んだ弟子は、職業レベルが上昇する毎にスキルスロットが2つ増えていく。普通1つのところを、2つだ。結構良い効果だろ?」
「おおー! それって色々とお得なのでは!?」
「お得か。うん、お得だな」
お得どころか、本当はかなり反則気味の効果なんだよな。ただ、弟子にする対象には制限があったりもする。試用期間を短縮して駆け足でハルを弟子にしてしまったのは、対象の設定が職業レベル1でなければならない等の問題があったからだ。ハルの成長速度は尋常じゃないからな。あのまま弟子にせずに魔法の鍛錬を開始していたら、恐らくこのスキルは使えなかった。
「それじゃ、謎が無事に解けたところで――― お楽しみのスキル会得の時間と洒落込もうか」