第14話 灰コボルトの巣
膝蹴りで倒した灰コボルトの尾を回収し終えた悠那は、採掘所の入り口から内部をこっそりと覗き込んだ。地面に敷かれたトロッコのレールが奥へと伸びているが、光源らしきものは殆どない。辛うじて壁際から突き出たクリスタルの結晶が、やんわりとか細い光を放っている程度のものだ。松明で自ら明かりを確保しなければ、進む事もままならないだろう。
「うん、行けそうかな。松明使ったら目立っちゃうし、このまま進んじゃおう」
しかし、夜目が利く悠那にとってはそれも些細な問題だったらしい。クリスタルの明かりだけで十分と判断した彼女は、臆する事なく鉱山の中へと前進した。足を踏み入れれば踏み入れるほどに、辺りは闇で覆われていく。奥からは狼の鳴き声らしき声が聞こえ出し、よくよく耳を澄ませば、カンカンと金属を叩く音もしている。
(師匠、灰コボルトは光物を集める習性があるって言ってたっけ。もしかして、採石所からツルハシで鉱石を掘ってたりする? カラスみたいな感じなのかな?)
不気味な雰囲気の中、そんな考えを浮かべる悠那はやはり頭のネジがどこか変なのだろうか。モンスターの巣に入る行為に緊張している様子もなく、淡々と辺りを警戒しつつ更に進んで行く。すると、それまで一本道だった通路からトロッコレールが途切れ、その先が巨大な空間へと様変わりしていた。
大きな支柱を中央に置いた大部屋だ。悠那の通路は大部屋の上層部に位置しているようで、空間は下へとまだまだ続いている。木製の足場があちこちに層を作る形で組まれており、灰コボルトがそれを利用して移動している姿を確認できた。外側の壁には幾つも穴が開いていて、そこから鉱石を採集している音が鳴り響いている。
(このレール、途切れたっていうよりは千切れてる…… 後天的にできた空間って事なのかな? うーん、まあそれは関係ないか。問題はこの空間にいる灰コボルトの数。パッと見ても十匹以上はいるし、今までみたな不意打ちは通用しない。それに、これだけ先に続く穴が多いと探索にも時間が掛かっちゃう。ええっと、いち早く灰コボルトを倒して、目的地に続く正解のルートを探すには―――)
悠那の頭から黒煙らしきものが出始める。こんな時、親友の千奈津がいれば良いアイデアを出してくれるかもしれないが、今ばかりは自分で考えなければならない。あまり得意でない考え事を悩みに悩んだ結果、悠那はポンと出てきた作戦を馬鹿正直に実行する事にした。
「おーい、こっちだよー!」
叫んだ。灰コボルト達がいるこの大部屋によく響き渡るように、できる限り大声で叫んだのだ。侵入者である自分はここにいると、自ら宣言するかのように。
「グオ!?」
「グオォォーーーン!」
当然ながら、そんな事をしてしまえば人間嫌いな灰コボルトは厳戒態勢に入ってしまう。至る所で遠吠えが上がり出し、壁の穴から次々と灰コボルトが出現する。各々棍棒やツルハシを携え、足場を上って悠那の場所を目指し始めた。
足場は壁に沿って緩やかな螺旋状に下るところもあれば、梯子を掛けて昇り降りする箇所もある。但し、悠那の場所へと続く足場は螺旋状の一本道のみとなっている。それも横幅にして2メートルあるかどうかという、とても不安定なもの。狭い上に足場も悪いとなれば、灰コボルトは一斉に渡って来る事ができず、精々2体程度しか先頭に立てない。更に手に持つ武器を振るうとなれば、横にいる仲間にぶつかってしまう為に動きが制限される。悠那はこの点に着目して、この場にいる全灰コボルトをまとめて相手する事にしたのだ。
―――正直、螺旋坂を登ってきたところを足場を崩して落下させ、一網打尽にしようかとも考えた。しかし帰り時間を考えると、ロッククライミングの往復では遅過ぎるとして、それは止めたようだ。足場、大事。
「グオオ!」
人型であるとはいえ、その身のこなしは獣そのもの。瞬く間に螺旋の坂を駆け上る灰コボルトの群れ。悠那は軽く準備運動をしながらそれを眺め、素直に思った事を口にした。
「わあ、怒ってる怒ってる。これなら相手しやすいかな?」
ただ、それだけである。
(また石で攻撃してもいいけど、それだとスキルレベル上がらないもんね。魔法はピンチに備えて温存したいし、何とか背水の陣で頑張ろう。おー!)
心の中で気合いを入れ、いよいよ眼前にまで迫りつつある灰コボルトの群れに向き直り、構えを取る。正面を見据えたまま右足を前に出し、両手は開いたまま前に出す。その瞬間、悠那の中でスイッチが入り、彼女を取り巻く空気が変貌した。瞳に宿るのは、かつて悠那と戦った対戦相手を恐怖させた不穏な煌めき。しかし、感情的になっている灰コボルト達はその事に気が付いていない。
「グオオーン!」
我先にと飛び出した先頭の灰コボルトが大きく跳躍し、棍棒を振り上げる。奇しくもその光景は採掘所の入り口で、悠那が膝を食らわせたものに酷似していた。
―――尤も、その後に待っていたのは全く異なる結果だったのだが。
「ふっ!」
振り下ろされた棍棒を悠那は難なく躱し、構えた腕で軽く灰コボルトをいなす。
「グオンッ……!?」
反撃を受けたかと身構えた灰コボルトだったが、ダメージは毛ほどもない。なかったのだが、彼の体は大きく吹き飛ばされ、宙へと放り投げられていた。
「グオオォォォォ……」
中身の詰まった風船が破裂するような、生々しい音がした。悠那がいるのはこの大部屋の天辺、詰まり螺旋坂の最上部だ。そこから投げ飛ばされた灰コボルトは落下を免れる事もできず、最後の時まで叫びを上げて地面へと追突。それ以上は語るまでもないだろう。彼が物理的に原型を留めていると呼べなくとも、悠那にしてみれば必要なのは尻尾のみなのだ。
「フー……」
大きく息を吐き出す悠那。彼女が使った武術は合気道だった。相手の力を利用して、倍の威力で吹き飛ばす。 ―――なんて達人めいた技は、いくら悠那といえど実現できるものではない。彼女が会得した『格闘術』のスキル。この恩恵を得て漸く体得し、ファンタジーめいた光景を作り上げていたのだ。
「グオッ!?」
「グオオン!?」
「グオー!」
それを皮切りに、悠那によって立て続けに奈落へと突き落とされる灰コボルト達。彼らに何が起こっているのか理解できる筈もなく、ある者は勇猛に、ある者は十分に警戒して、またある者は後列に押されて同様の結果を辿るばかり。より高度な技を使う事で悠那のスキルは立て続けにレベルアップしているが、そんな表示など悠那の眼中にはない。あるのは次の獲物がどう動くかという一貫した姿勢のみ。頭数が半分を切ったあたりで無謀だと悟ったのか、いつの間にか群れの足は止まっていた。
「ふう、何か調子良いな~」
襲い掛かって来ない灰コボルトの様子を見て、構えを解いた悠那は柔らかな雰囲気に戻っていた。下の地面には灰コボルトの屍が積み重なり、ちょっとした山を形成している。解体するの大変だな、と頭の片隅で考えながら、悠那は次に列の先頭に立ってしまった灰コボルトに視線を合わせた。
「あ、ごめん! 私だけ楽するのは狡いよね。それじゃ、次は私から攻撃しよっかな」
悠那が先ほどとは異なる構えを取り出す。再び纏う気配が切り替わった事を認識した灰コボルト達は、今度こそ悠那に恐怖した。ステータス上で