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第12話 初戦闘

 ギルドにて灰コボルト討伐の依頼を無理矢理受けてきた俺達は、1度ディアーナの城下町から家に戻ってきた。


「ジョルお爺さん、凄い形相で止めようとしてましたね……」

「あのくらいの歳になると、ハルの年代はちょうど孫になるからな。過保護になるほど心配なんだろ。ま、気にするな」


 ジョル爺め、違約金の前払いまでさせやがって。レベル1でもこの程度の依頼なら、クリアした前例があるだろうに。そいつらはパーティ組んでたかもしれないけどさ。


「すっかりお昼になってしまいましたけど、戻って良かったんですか?」

「ああ、目的地の鉱山跡は山を逆方向に下った場所にあるからな。それに、ハルの装備も渡さないとだろ」

「装備?」


 ハルの部屋の床板には、1枚だけ微妙に色が違うものがある。この床板、実は外れるのだ。で、その中にはっと。


「―――宝箱ですね」

「この部屋、前にいた居候が使ってたって言ったろ? この箱の中には、その居候が残した装備が入っている。ハル、これをお前にやるよ」


 箱から取り出した衣服『コンバットローブ』をハルに手渡す。オレンジを主とした明るい色合いの、動きやすいタイプのものだ。戦闘法といい、イメージ的にもハルにうってつけの一品だろう。


「ええっ!? い、戴けませんよ。それ、その方の私物ですよね?」

「大丈夫だって。あいつが見習いの時に使ってたもんだし。最適化の魔法が施されているから、着ればサイズも自動で調整してくれる筈だ。誰にも着られないよりは、こいつも喜ぶだろうさ」

「んー、そういう事ならいいのかなぁ?」

「居間で待ってるから、着られたら見せてくれ」

「はーい」


 ハルの返事を背に部屋を出て、待ち時間は居間でアイテム整理だ。ギルドからの帰りに購入した回復薬やらの必要な物資を、保管機能付きのバッグに入れてやる。それ以外の邪魔になるであろう不必要品は出して、と。あ、ハルの服も出しておかないとだな。


「師匠、着ましたよ――― って、居間が散らかってる!?」

「いや、整理してたんだが……」


 言われてみれば、居間がバッグから取り出したもので一杯になっている。やべぇ、いつもの調子でやってしまった。


「掃除する私の身にもなってくださいよー」

「素直にすまないと言っておこう。おっと、そのローブ似合ってるじゃないか」

「このタイミングで褒められても嬉しくないですって」


 コンバットローブを纏ったハルは、少し恥ずかしそうにしている。よし、前任者と最も差異が生じていた胸元もしっかり最適化しているな。区分上はローブであるこの装備であるが、近接戦でも動きやすいようにと蹴りまで放てる構造になっている。具体的にはスパッツが付いてる。これなら殴って蹴れる武闘派魔法使いだって、見られても安心なのだ。


「まあまあ、片付けは後にするとして…… 早速だが、ハルには灰コボルトの巣に行ってもらう」

「後で片付けするのも私なんですが、今はそちらを優先しましょう、ええ!」


 どんだけ行きたいんだ、お前……


「俺とて無意味にここを散らかしていた訳ではない。街でも使っていたこのバッグなんだが、この中にはHP、MPそれぞれの回復薬や松明、縄などの探索に必要となるものと、ツルハシが入っている」

「ツルハシもですか?」

「ツルハシもだ。ギルドからの依頼は灰コボルトの討伐だが、目的をもう1つ追加する。この鉱石を取ってきてくれ」


 バッグの中からひと欠片の真っ黒な鉱石を取り出し、ハルに見せてやる。


「これから向かう鉱山跡の最奥からこいつが採れる。この鉱石を使ってハルの武器を作ってもらうからな、採れるだけ採ってこのバッグに入れてくれ」

「炭よりも黒いですね――― お、重いっ!?」


 手渡した欠片を何気なく受け取ったハルが、思わず両手で鉱石を支え出した。そりゃ驚くよな。野球のボールくらいのこの欠片が、ボーリング球のようにズシリと重いんだ。足にでも誤って落としたら痛いでは済まない。


「あの、魔法使いの装備を作るんですよね?」

「うん、魔法使いの装備を作る」


 当たり前だよね。


「灰コボルトを倒したら、証拠として尻尾を切り取ってそれもバッグに入れておく事。鉱石はツルハシで削るにしても一苦労だから、きっちりモンスターを全滅させてから作業に移れ。危ないからな。それと、俺の予想ではこの鍛錬中にハルの職業レベルが上がると踏んでいる。無事に帰ってきたら、新しいスキルを一緒に考えよう。それまではレベルやスキルスロットを頭から離して、鍛錬に集中する事! 分かったか?」

「分かりました!」

「よし、出発! ……の前に、飯を食おう」

「今から支度しますから、少し待っていてくださいね」


 ローブの上にエプロンを付け、ハルは調理場へと足を運んだ。



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 昼食を終えたデリスと悠那は、街とは逆方向に下山して鉱山跡に向かった。木々が茂る道とも呼べない経路はそれだけで疲れを誘うもの。しかし、2人の表情に疲れの色は微塵もない。それどころか、遊園地に向かう直前の親子のような足取りである。


「ハル、この辺りからモンスターが出始める。俺はこの木陰で読書でもしながら待ってるから、ここからは1人で行くんだ。大丈夫そうか?」

「場所は教えてもらいましたし、大丈夫だと思います」

「これが初めての実戦だ。ま、無理せず楽しんでこい」

「はい!」


 ウエストポーチ型のバッグを腰に付け、悠那は元気な返事と共に走り出す。今までスピードをセーブしていたのだろうか。木々をすり抜け、大木の枝に掴まって山道をショートカットするなど軽快に進み、もうデリスからは姿が見えなくなってしまった。


「……山育ちなんかね?」


 呆れるような、感心するような。デリスはどちらとも言えない溜め息を漏らす。


 一方で、自身の最速で進み続ける悠那は早々にモンスターを視野に入れていた。薄汚れた棍棒を持ち、灰色の毛を纏った小柄な人型。大きさとしてはハルよりも小さい。されど、その頭部にあるのは人のそれではなく、狼や犬の顔。頻りに鼻を動かし、何を探る様に辺りを見回している。


(あれが、モンスター……)


 背の高い木の樹枝に乗って身を隠し、悠那は灰コボルトを観察する。


 灰コボルトとは茶色の毛並みを持つコボルトの亜種であり、より人間への警戒心が高く、そして凶暴である。何よりも怖いのが、奴らは集団で行動する為に乱戦になりやすい事だ。一匹だとしても雄叫びを上げて周辺の仲間を呼び寄せる性質があり、手慣れした冒険者であっても厄介な相手となる。単独同士の戦闘ならば戦闘職でレベル2、複数を相手するならレベル3のパーティが適したモンスターだと言われている。


(見たところ、灰コボルトは周辺にあの一匹だけ。でも、あまり時間を掛けちゃうと仲間を呼ばれる可能性がある。となれば―――)


 勢いよく樹枝から飛び降りた悠那は、地面に着地した瞬間に地を蹴り、前へと進み出した。弾丸の如く突き抜けた悠那は木々の死角を利用して、灰コボルトから極力見つからない最短の経路を走る。そして、灰コボルトの背後へと飛び出した。


(―――一瞬で沈めればいい)


 背後からの足払い。これ以上ないほど綺麗に決まったそれは、灰コボルトを宙に浮かばせ、彼の意識を空白にさせた。真上を仰ぐ形となった灰コボルトの視界に入るは、爽やかな青空と白い雲。次いで現れるは、黒い影。


「うん、やっぱりルール無用だとりやすいな」


 灰コボルトの顔面を歪ませた拳を抜き取り、悠那は変わらぬ笑顔でそう言った。

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