第99話 交渉
ハルと千奈津のクラスメイトの乱入、こいつらの目的は新たに発見されたこのダンジョンに巣くうモンスター、石巨人や獅子型ゴーレムの素材といったところか。討伐するにしたって、その証拠を持ち帰らなければならないだろうしな。だけど今はハルと千奈津の一言も聞かなかった事にして、理解していない振りで通す。向こうの出方、スタンスを確認したい。
「それで、お前らは何をしていたんだ? ここのボスだけ倒させて、帰り際に宝を横取りしようとでもしていたのか? こちらにいらっしゃるのは領主オルト公がご令嬢、テレーゼ・バッテン様だ。嘘を口にすれば罪が重くなるだけだぞ?」
オブラートに殺意を込めて4人に言い放つ。途中、人間の邪魔者が入った際の交渉は俺に一任されているから、この場ではハルと千奈津も言葉を口にしない。察しの良いテレーゼも同様だ。ネルはそそくさとテレーゼの後ろに隠れた。
「も、元はと言えば、その任務は俺達が受けるもので―――」
「織田、割と本気でちょっと黙ってて。これ、僕達の生死が掛かってるかもしれないから」
顔は覚えているんだが、名前はどうにも忘れてしまったな。ええと、あの眼鏡君が織田で…… まあいいや。眼鏡君の言葉を遮り、小柄な少年が当たり障りのない笑みを浮かべながら一歩前に出てきた。害はないと示したいのか、両手を軽く上げている。
「まずは謝罪します。覗き見をするような行為をしてしまい、申し訳ありませんでした。ですが、僕達は決して貴方達の敵ではないんです」
「え、俺は敵対したいんだけど?」
「刀子さんも黙ってて! 交渉は僕に任せるって言ったでしょ!」
蹴った時の痛みが退いたのか、刀子が不満そうに少年に文句を言っている。ああ、少し分かってきたぞ。彼はうちで言う、千奈津的なポジションにいるんだな。不遇だってそのうち良い事あるさ、元気出せよ。手心は加えないけどな!
「それで、ですね。僕達はそちらにいる桂城悠那さん、鹿砦千奈津さんとクラスメイト――― 同じ学校の同級生なんです」
「ああ、知ってるよ。そこの刀子とは昨日直接話もしたしな。ハルを責め立て追放した情に厚い奴らなんだろ? 特にそこの眼鏡君は色々言ってくれちゃったみたいだな?」
「ぐっ……」
眼鏡君がばつが悪そうに顔を背ける。心当たりがあるとその表情が語っている。
「デリスの旦那、それを言ったら俺だって同罪だぜ?」
「刀子もそうだが…… まあ、昨日引くほど謝ってくれたし、真っ向からハルの望みを叶えてくれそうだから、そっちはいい。気配も全然消してなかったし。兎も角、君ら3人は騎士団本部前で騒ぎを起こした前科もある。警戒するのは当然だろう?」
「尤もな話だと思います。ですので、桂城さんには改めて謝罪を―――」
「―――だぁー! もう、まどろっこしい! 渕、お前は話が長過ぎるっ!」
「ちょ、ちょっと、刀子さん?」
刀子の突然の叫びに、不憫少年が呆気にとられる。渕という彼が目を白黒させる暇もなく、刀子は立て続けに叫んだ。
「……へ?」
そして彼女の右手には、なぜか眼鏡君の頭が握られていた。
「デリスの旦那ぁ!」
「お、おう……?」
「こそこそと後ろから変態みてぇに覗き見してたのは、全面的に俺らがわりぃ! 俺やこの織田が、悠那に対して陰口を言ったのも俺らの責任だ! 城の騎士団を相手に馬鹿やったんなんて、正直話にもなんねぇ! 昨日の今日で何やってんだと思うかもしんねぇけどよ、まずは謝らせてくれ! マジですまんかった! この通りっ!」
「ふがっ!?」
刀子が膝を折って頭を下げ、石畳の床に向かって勢いよく額を叩き付けた。本気で頭を下げたのか床はバカリと割れ、刀子の額から周囲に血が飛び散る。そしてお前も続けと言わんばかりに、右手で頭を掴んでいた眼鏡君も同じように地面に叩き付けられていた。あれ、眼鏡ごと地面にめり込んだな……
「あ、あの、僕も謝ります。桂城さんに向けられた悪口を黙って見ていたのも、友達として織田君を止めなかったのも、きっと同罪です。ごめんなさい」
「真丹君…… うん、そうだね。何はともあれ、まずは口先の謝罪より、先に誠意を見せるべきだった。僕も謝ります。申し訳ありませんでした」
刀子と眼鏡君に続いて、不憫少年とふくよかな少年も同様に頭を下げる。全員が土下座状態、高校生という歳ではプライドが邪魔してなかなかできない事だろう。眼鏡君は半強制的に、不憫な渕は空気を読んでやった感もあるが、刀子とふくよか少年に関しては本気で謝ってる気持ちが伝わってくる。色々やらかしてしまった佐藤や伊藤のように犯罪を犯した訳でもないんだ。
「む、むむん……?」
しかし、その謝罪対象であるハルはそもそもが彼らに怒りを感じていないのだ。となれば土下座される筋合いもないので、どう反応すれば良いのか戸惑ってしまう。現にどうすれば良いですか? とでも言いた気な表情で、俺を見上げている。ハルとしては自分達よりも強くなったクラスメイトをぶっ飛ばし、壁を乗り越える事さえできれば満足。要は求めているものが違うのである。ならば―――
「事情は理解した。だけどな、それじゃあハルは満足できないんだ。ハルは俺が責任持って教育してる。詰まりさ――― 刀子は分かってるだろ?」
ハルの頭をぽんぽんしながら問い掛ける。刀子には俺がハルの師匠として付いている事を話しているし、相応に強くなっている事も分かっているだろう。自称ライバルとして、さっきから妙に戦いたそうだもの。刀子ならハルが何を求めているのかを理解している筈だ。
「え、あ、教育……!? わ、わりぃけど、俺にはちょっと、想像はできない、な……」
どうした事か、刀子が急に顔を赤くして挙動不審になった。あれ、思いの外伝わらなかったか?
「詰まりさ、ハルと戦ってほしいんだ。模擬戦だよ、模擬戦。ほら、ハルって試合が大好物だろ? 1対1でも良いし、1対4でも良い。それがハルに対しての最大の贖罪だ」
「……あ、ああー! そっちか、そっちな! うんうん、俺は分かってたぜ!?」
急に肯定して激しく頷き出す刀子。何だ、分かっていたんじゃないか。そっち以外に何があると言うのか。
「それで、どうする? ハルと戦ってくれるか?」
「あの、一応の確認なんですが、桂城さんはそれで良いの?」
「私?」
答えて良いとハルにアイコンタクト。
「うん、むしろ万々歳だよ! 推理が得意な渕君なら、何となく分かってくれてるんじゃないかな?」
「それはまあ、そうだけど……」
渕は顎に手を当て、深く考え込んでいた。彼としてはハルとの戦いに気が進まないようだ。2週間前までレベル1だった村娘相手じゃ、手加減できるか自信がないとでも思っているんじゃないよな? そんな調子じゃハルに足を掬われるぞ。
「……申し訳ないけど、僕は多人数戦を選びたいです。やるとすれば、1対4で桂城さんと戦いたい」
「ハァッ!? 何馬鹿な事を言ってんだよ! やるなら1対1だろ、男らしく!」
かと思えば、渕はハルが不利になる戦いを選択してきた。ちょっと意外。逆に今度は刀子が不服の声を上げている。
「刀子さんも桂城さんも女の子でしょ。それに僕は、男のプライドなんかで死にたくない。1対1じゃ刀子さんは兎も角、僕らは確実に負けてしまう。そんな未来が見えるんだ。ここは譲れないかな」
「……ッチ、無理強いはしねぇよ。だがよ、せめて俺だけは1対1にしろ」
「交渉成立だね」
「話がまとまったようだな」
話し合いの結果、まずは渕ら男3人組。ハルが勝てば回復をした後、刀子との一騎打ちを行う事となった。実に理想的な展開である。
「……ハッ、何が起こったんだ!? 俺は一体何をっ!?」
お、眼鏡は無事だったか。