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第98話 牽制

 ハルの叩き込んだ強烈な一撃により、石巨人はその機能を完全に停止させた。途中ネルが手を貸してしまう事態もありはしたが、大方は実力を発揮できた戦いだったと言えるだろう。違うところで俺がハラハラする場面があったような気がしないでもないが、終わり良ければ全て良し、である。


「師匠ー、砕いた頭の中から青い水晶が出てきました。とっても綺麗です!」

「わっ、サファイアみたいね」

「それはゴーレムを動かしていた魔力のコアだな。無傷なら高値で売れるし、色々と使い道があるぞ。手土産にハルのポーチに入れておけ」

「はーい」


 指輪とかの装飾品にすればステータスの足しにもなるしな。金はこの依頼でたんまり頂けるだろうし、売らずに使用用途を考えておくか。さて、石巨人の剥ぎ取りは簡単に指示をしてからハルと千奈津に任せるとして、問題はネルの方だ。


「うう、グスッ! ネ、ネル様にお褒め頂けるとは、名誉な事ですわっ……! 私、私ぃ……」

「ちょっとデリス、私を助けなさい」


 正体を明かしたネルに褒められて、テレーゼが現在進行形で号泣してしまっている。学院に通う者は、王城の魔法騎士団を志す者が多数を占める。もちろん、そのトップであるネルは生徒達最大の憧れであり、自らが目指す完璧な理想像となっているのだ。まあ本性の突貫好きはさて置き、式典などでしかお目にかかる事がない騎士団長様だ。職務上仕方なく、それっぽく振舞っていた姿を学生達は見てきたんだろう。その姿が騎士団の人気にも繋がる訳だしな。


 カノンの奴も去年ネルの外面に騙されて、仕事を共にしていくうちに段々と人となりを理解していったからなあ。ムーノ君という例外を除いて、騎士達は夢から現実へと覚めていくのが習わしなのだ。現実とは非情なのである。


「デリス、聞いてる?」

「聞いてる聞いてる。そこは思いっ切り泣かせてやれよ。テレーゼはまだ学生なんだ。夢から覚ますなんて可哀想だろ」

「はい?」

「わー、ネルいけないんだぁー。泣ーかーせーたー。ぷぷっ、クスクス!」

「―――ああん!?」


 また始まった…… この2人の犬猿の仲も、そろそろどうにかしたいものだ。後々、俺の命にも関わってきそうだし。うーむ。


「デリスさーん。適当な大きさに解体して、悠那のポーチに全て入りました。保管機能って凄いですね、全部収納できちゃいましたよ」

「でも、ちょっとギリギリな感じもあるかな? 最後の方は無理矢理詰め込んだ感触でした」

「お疲れ。まあ、あのサイズだったからな。後で俺のカバンに入れ替えて等分しよう。帰るまでは大丈夫そうか?」

「はい、そこまで問題はなさそうです」

「よーし。それじゃあボスも倒した事だし、奥の宝物庫に行くとしますね。テレーゼお嬢様、歩けそうですか?」


 先ほどまで泣きじゃくっていたテレーゼ嬢。ネルの豊満な胸を暫く貸していた成果があったのか、今は大分落ち着いているように見える。ああ、そりゃそうだ。アレは良いものだ。俺が太鼓判を押そう。


「……ええ、何とか。醜態を晒してしまい、申し訳ありません。ネルさ――― 冒険者様も、ありがとうございました」

「別に構わないわ。さ、行きましょう」

「あ、その前に師匠、ネルさん。覗き見してる人達がいるみたいですけど、放っておきます?」


 挙手をしたハルが、入り口側の通路をチラリと見ながらそう言った。そう、我々、実は誰かさんに覗き見されています。大体ハル達が石巨人の解体をし始めた辺りからだろうか。何者なのかは大体見当がついていたので放っておいたのだが、勘の鋭いハルはナチュラルに勘付いてしまったようだ。千奈津あたりもやや不自然に視線をやっていたから、スキルを使って気付いていたっぽい。ただ、千奈津の場合は俺とネルの空気を読んで流したんだろう。


「……っ! そ、それは一大事ですわね。お父様の部下であれば隠れる意味がありませんし、新たなモンスターが息を潜めているのではなくって?」

「残念だけど、ちょっと違うわ。もっと面倒な気配ね…… デリスに任せるわ。私、また変装・・するから」


 ネルがちょっと誇らしげに眼鏡を拾い、また掛ける。テレーゼの反応が良過ぎたせいで、自分の完璧であるらしい変装に、ちょっとだけ楽しくなってきてしまったようだ。眼鏡を掛けても美人である事は認めるが、それで押し通せるかと問われると、ちょっと、なあ……?


「大方、どこからかで仕掛けてはくるだろうしな。ハル、怪しいと思う場所にさっきの石を投げてみ? 当てずに、あくまで牽制としてな」

「お任せてください! 私、数多の走者を牽制球で刺してきましたから、自信があります!」


 それ、相手はアウトな状態になるんじゃ…… 当てるなよ? フリじゃなくて、当てるなよ?


「大丈夫ですよ、師匠。手足の1本や2本ならセーフです。いや、アウト? あはは、という事で、ほっ!」


 俺がツッコミを入れる暇もなく、ハルがポーチから取り出した石巨人の欠片(握りこぶし大)を取り出し、通路の右壁目掛けて投げる。エグイ変化を伴った石は、曲線を描きながら通路へと瞬く間に突っ込もうとしていた。


 この時点で感じていた気配が動く。具体的には先頭で巧妙に隠れているのが1名、その背後で気配を隠す気がさらさらない奴が1名、気配を消そうと努力しているのが2名の計4名だ。ハルが石を投げた途端、先頭で様子を窺っていた奴がすぐさまに通路の奥へと引っ込み、逆に特に強い気配を放っていた奴が前に足を踏み出した。どうもこいつは隠れる気がないらしい。


「ちょ、刀子さんっ!?」


 お仲間もこの行動は予想外だったらしい。そして名前を耳にした時点で疑いが確信に変わった。トウコ、なんて純日本人な珍しい名前、こっちでは聞く事がないんだ。というか、彼女はもう肉眼でも姿が視認できるところまで出ていた。


「あ、刀子ちゃんだ」

「げっ、刀子……」


 通路から飛び出した謎の人物、それはつい昨日お茶をしたハルのクラスメイト、水堀刀子だった。俺とネルの弟子達の反応はそれぞれ異なる。まあ、多少なり千奈津の反応が不穏なのが気になるくらいか。気にするまでではないかな。


「悠那っ! ここで会ったが3年、目? えっと、100――― だぁー!」


 多少馬鹿っぽくも気合いの入った掛け声と共に、刀子が投擲された石を空中で蹴り上げる。彼女は動きやすそうな武道服を纏い、その両手両足には銀色に輝く手甲と脚甲が装備されていた。千奈津の刀と同じく、ヨーゼフのじじいが大金を叩いて作らせたものだろう。そんな高価な代物で蹴られてしまった元石巨人の一部は、投擲された勢いを落とさぬまま天井へと軌道を変え、そのまま轟音を立てながら突き刺さってしまった。


「いっつ……! ただの石が何でこんなに固いんだよ!」


 様子見の牽制球だったとはいえ、ハルの魔法と正面からぶつかった刀子。しかし何度か片足跳びをして痛がるだけで、特にダメージを負っている様子はない。


「おい、さっきからそこでこそこそと何をしている? 通路に隠れている3人も出てこい」


 一応の警告。正体が分かっている分、こちらはやりやすい。耳を澄ませば男の声が聞こえてくる。


「ば、ばれてるみたいだよ……」

「はぁ~。うん、そうみたいだね」

「馬鹿な、馬鹿な……! マジで桂城と鹿砦さんがあの男と一緒にいやがるっ! しかも可愛いメイドさんと眼鏡美人付きっ! 今の俺なら、憎しみで人を殺せる気がする……!」

「うわ……」


 おっと、そっちも知った顔の奴らだったか。姿を現した3人を見て、ネルが死ぬほど嫌そうな顔をした。

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