第10話 虎髭
「デリスの旦那が女を連れ込んだ、連れ込んだでぇー!」
「おい、何で2回言った?」
出会い頭に何て意味不可解な叫びを上げているんだ、こいつは。思いっ切りガンさんの作業場に向けて叫んでるよな。絶対に意図的にやってるよ。
「はぁー、スッキリした。で、その子どこで捕まえたんや? 小さくて可愛い娘やん。この、このっ」
「肘で小突くなって」
「まさかデリスの旦那がこういう趣味だったとは、意外やわな~。私はてっきり巨乳大好きスケベかと誤解してたわ。これはこれで犯罪的やけど。しかし、デート場所としてここ選ぶのはどうかと思うで?」
「誤解の上塗りしてんじゃねぇよ。ハルは俺の弟子で色恋沙汰は全く関係ない。ほら、挨拶挨拶」
アニータの先制攻撃で呆気に取られてしまっているハルの背中を叩く。
「あ、はい! 師匠の弟子になった桂城悠那です。魔法使いに成立ての見習いですが、よろしくお願いします!」
「あーこれはご丁寧にどうも。私はアニータっちゅうもんです。って何や、ほんまに弟子とったんか旦那?」
「成り行きでな」
「……ほんまにぃ~?」
「お前、今日はやけにしつこいな」
普段店番が暇だからか、ここぞとばかりに茶化しにきている気がする。いつか数少ない常連までなくすぞ。
「ガンさんは奥か?」
「せや、いつものよーに一心不乱にハンマー振ってるで。ようやるわ」
「お前もそれくらい一途に仕事できれば大成するんだけどな。何でそんな話し方になったんだ? 胡散臭いぞ?」
「余計なお・世・話・や! 私が商人の下積み時代に学んだ、由緒正しき話法やで。その昔、金の神ダマヤが話したとされるもんで、金運商売運に恵まれるっちゅう―――」
「分かった分かった。そのご高説はまた後で聞く。ガンさんを呼んでくれ」
「相変わらずせっかちやな。まあええ、ちょい待ってぇな」
そう言うと、アニータはなぜかその場で深呼吸をし始めた。そして、ガンさんの作業場へと晴れやかな笑顔を浮かべながら振り返る。
「大変やぁー! 1つ屋根の下、同じ屋根の下で同棲生活やでぇー!」
「うるせぇーぞアニータ! さっきから作業場までガンガン音響いてんだよ! デリスの趣味趣向なんて知らねぇよ!」
作業場から炭で真っ黒になった顔を覘かせたのは、虎髭の店主であるガンさんだった。背丈が150cmほどのハルよりも小さいというのに、全身の筋肉ははち切れんばかり。手に持つ巨大なハンマーは鍛冶用なんだろうが、武器としても使えそうな代物。ガンさんは亜人族のドワーフ、俺が知る中でも随一の鍛冶職人なのだ。
「ほら、来たで?」
ああ、うん。でも素直にありがとうと言えない。
「……久しいな、デリス。ついに身を固めたのか?」
「ガンさん、そのくだりはもういいですから」
「フッ、冗談だ。そこの嬢ちゃんの元気な挨拶が聞こえてきたからな。大方、今日は可愛い弟子の為に装備を揃えようとしてんだろ?」
ガンさんは初対面だと取っ付きにくいところもあるが、それなりに交流を深めればこんな洒落も口にするナイスガイだ。本当に面白い冗談を言ってくれる。
「可愛いは余計ですけど、そんなもんです。特注で頼みたい物もあるので、ちょっと相談してもいいですか?」
「あー、まあ構わねぇよ。デリスの頼みってんなら、結構な大仕事になるだろうしな。商売あがったりなうちの店も、少しは潤うってもんだ。俺の作業場で聞いてやる」
「ありがとうございます。アニータ、その間にハル向けの服と下着を見繕ってくれ。そいつ、殆ど衣服持ってないから」
下着なんかは男の俺がいると買い辛いだろうし、今にうちに暇なアニータに頼んでおく。
「んなアバウトな…… そないな事を私に頼んだら、いくら金が掛かるか分からんよ? ぎょーさん買わせるよ?」
「ハル、容赦なく値切っていいから、不自由しない程度に買っておけ」
「分かりました!」
「くふふ、私を相手に値切るなんて面白い冗談やわ~」
アニータは勝ちを確信しているようだが、その油断が足をすくうんだよなぁ。ここは1つ、オカンの本気を出してもらって勉強してもらおう。商人としての自信が欠片でも残っていればいいな。
「それで、オーダーメイドってのは何を作る? 得物か? 鎧か?」
蒸し暑い鍛冶場に入ると、丸太のような椅子に腰掛けたガンさんが早速尋ねてきた。
「あれでも魔法使い志望なんで、戦闘服はローブにしようかと。そっちは別として、ガンさんにお願いしたいのは得物の方です。昔、俺の杖を鍛えてもらった事がありましたよね。アレと似たものを作ってもらいたいんです」
「……お前、本気であのお嬢ちゃんに使わせる気か? ぶっ潰れるぞ?」
「言いたい事は分かります。だけど、俺はいけると踏んでるんです。ハルの奴、あんな見た目で基本脳筋ですから」
「魔法使いが脳筋な時点でどうかと思うがな…… まあ、デリスの弟子だ。俺からこれ以上は何も言わんよ」
「気を遣ってもらって、すみません」
俺はガンさんに深々と頭を下げる。近付き過ぎず、離れず。ガンさんの微妙な距離感は本当に助かる。
「だがな、ちと材料が足りねぇ。作り出す前に、かなりの数の鉱石を取ってきてもらう事になるぞ?」
「それも考慮してますよ。この後にギルドに行く予定でしたから、適当な討伐ついでに採取してきます。ハルにもそろそろ実戦を積ませたかったので、丁度良い機会です」
「……ったく、本当に師匠してんだな。前のデリスからは考えられねぇ姿だぜ。ああ、でもおめぇは1度興味持つとそれに没頭しちまう
「凄いというか変というか…… まあ、面白い奴ですよ。一応、ひと月後にはアーデルハイト魔法学院の卒業祭に出そうかと思ってます」
「ほう、卒業祭に…… って待て、卒業祭にか!?」
―――アーデルハイト魔法学院とは、この国の未来を担うべき人材の学び舎で、特に重要視される魔法使いの育成機関である。生徒は皆厳しい試験をパスした才能溢れる者ばかりで、この学校を卒業し国に従事する事は最も誉れ高く、最も出世するには近道だとされているのだ。
その魔法学院の卒業祭は、まさにその最たるもの。その年の卒業生から参加者を集い、魔法による闘技でその中から首席を決める大きな祭りだ。出場条件は学院の卒業対象学生である事から、普通であれば部外者であるハルは参加できない。が、毎年この祭りには1つだけ学生以外の参加枠がある。
「学長推薦枠を使って、ハルの力を測ろうかと。昔の王族が気紛れで作った参加枠で、もう何年も使われていないものですが、あそこの学長には貸しがありますので。まあ、何とか参加できるでしょう」
過去にこの参加枠を使って優勝した者はいないが、仮に優勝したとすればそれだけで首席での学院卒業を認められる。学生身分のキャリアとして、これ以上はない。
「その無駄な行動力は何なんだよ…… だがよ、あそこの学生の力は本物だぜ? 卒業してからは魔法騎士団に入る奴も多いし、そいつらをスカウトする為にお偉いさんも来る事だろうさ。だから、それだけ血眼になって参加する奴らばかりだ。特に今年は例年にない天才がいるって話で、かなり辛ぇと思うぞ?」
「何、ハルの力を試すには良いシチュエーションじゃないですか。それに、労せず国から学院卒業のお墨付きまで頂けます」
「いや、だから労はするってぇの。お前、たまに性格悪いよな。まあ、それまでには仕上げられるよう努力しよう」
卒業祭で用いる装備は事前の申請が通れば持ち込み可能。得物は杖に限定される。さ、その為にもハルには一仕事してもらわないとな。