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3-11 二人の女王、二人のバカ

 その日の午後。最後の授業は体育だった。

 二クラス合同の体育は男子が野球、女子は陸上競技。

 グラウンドとその奥の野球場、それぞれに分かれて授業を始める。

 しかし、野球をすると言っても男子は二クラス合わせても30人ちょい。どうしても人が余る。

 俺はベンチから離れた草地に座り込み、とりあえず見学する事にした。周囲には、同じようにチームから漏れた須山達、数人の男子達の姿も見える。

 だらだらと続く試合。特に他の男子と会話をする事も無く、遠く離れたグラウンドに目をやる。

 ピッと短く鳴るホイッスル。それを合図にトラックを駆け出す女子の一団が見えた。


「100メートル走か」

 走っていく女子生徒達。先頭をゆく二つの人影に自然と目がいく。

 赤い髪を靡かせ走る赤坂と、金色を振り撒いた西崎がデッドヒートを繰り広げていた。

 後続の集団を置いてきぼりにしたまま、事実上のマッチレースはカーブを越え直線に差しかかる辺りで動く。


「赤坂ちゃんはえーっ!」

 俺の隣で見ていた須山が感嘆の声を上げる。

 赤坂は西崎を嘲笑うかのように加速。負けじとスパートをかける西崎だが徐々に差が開き、赤坂は圧倒的一着でゴールインした。

 周囲の他の女子が赤坂の元へと集まっていく。

 西崎はと言うと、膝をつき肩で大きく息をしながら赤坂の背中を睨みつけていた。


「こっえー」

「西崎のやつ、めっちゃ対抗してんじゃん」

 須山と一緒に見ていた工藤舞人も面白おかしく言うけれど、多分近くで目の当たりにすると絶対怖い。

 今の俺達は、例えるならば安全が確保されたサファリのバスからヒョウやライオンを見る観光客。


「赤坂のやつ、野球だけじゃなく陸上も得意なのか……」

 よくよく考えればあいつ、数学も得意なんだよな。文武両道のオールラウンダーかよ。

 赤坂は既にレースを終えていた数人の女子に呼ばれていく。

 ここは遠い位置なので会話の声すら聞こえないが、何をやっているのかは大体分かる。

 赤坂は、桜川さん達に速く走るコツ的な物を伝授しているようだった。足を上げ下げしたり、スターティングフォームの真似をして熱心に説明している。

 いつもの世話焼きモードが発動した赤坂を、桜川さんは真剣に聞き入りながら何度も頷いていた。

 文句垂れる俺と違って、素直に聞いてくれる女子相手は教えてて面白いんだろうなあ。


 知らず微笑ましい顔で二人を観察している事に気づき、俺は慌てて首を振る。

 決して百合属性が発現した訳じゃない。

 これまで頑なに他者との積極的な交流をしなかった赤坂が自分から歩み寄る。その行動に感動を覚えていただけなんだ。


「赤坂ちゃんって最近は桜川さんと仲良いよなあ? ()()()()()もそう思わねえ?」

「確かに、最近はいつも話してる風だけど……あと、なっちゃんって呼ぶな」

 変なあだ名をしれっと定着させようとする須山。俺は釘をさすように言っておく。

 しかし、須山は俺の忠告を聞いているのかいないのか。ぼけーっとした顔で遠くを眺めていた。


「桜川さんってかわいいよなあーっ! 一之瀬もそう思うだろ?」

「え? ああ。まあ確かに可愛い方だよな……」

 ここで変に強がって否定するのも怪しまれそうなので曖昧に答えとく。

 須山は見た目が陽キャラだから、もっと活発な女子が好みかと思いきや、桜川さんみたいな優等生キャラがタイプらしい。


 実際、桜川さんは文句なしの美少女と言える。ビロードみたいな黒い髪、雪国らしい美しい色白の肌。

 ちなみに、俺的には眼鏡をかけているのもポイントだと思う。

 俺は元来、眼鏡属性はあまり無いけれど、桜川さんの赤いフレームの眼鏡は彼女の丸い瞳をくっきりさせ、素顔の清楚可憐さを小悪魔的にするようなアクセントになっていると思うのだ。


「黒髪ロングだし、色白で声も可愛いし。マジで最高だよな、眼鏡かけてるのも優等生っぽいし!」

 隣の須山が俺の心の声をトレースしやがった。

 しかも、いい感じに上手く彼女の魅力をまとめ上げられている。

 まさか、俺は須山と思考回路が同調しているのだろうか。ちょっとショックだ。


「なあ。桜川さんって彼氏とかいないのかな? 一之瀬知らねえ?」

 愕然とする俺に、須山は能天気な調子で尋ねてくる。


「分からないよ。そういう女子の情報は須山達の方が詳しいんじゃないの?」

 以前、西崎は俺と赤坂が付き合ってるだとか勝手な憶測を立てていた。リア充連中はいつも教室の誰と誰が付き合ってるかとか、そういう話ばっかり気にしているイメージがある。

 しかし、須山は知らねえんだよなあと首を掻きながら答える。


「つーかよお。一之瀬って赤坂ちゃんと仲良いじゃねえか。それならよお、赤坂ちゃん経由で桜川さんに探り入れたりできねえの?」

「いやいや、無理だって」

 俺は全力で否定。須山の頭の中のお花畑に萌え出づる芽を潰しにかかる。


「それに桜川さんって高嶺の花って感じしない? 男子が言い寄ってきても上手くかわされそうだよ」

 諌矢との勉強会で接したけど、素の桜川さんは要領がかなり良いように思えた。

 それに、あんなに優等生で慎ましい美少女が高校一年生時点で彼氏持ちなんてありえないのだ。というか、ありえないでいてほしい。

 そんな俺自身の願望が混じっていた。


「それにしても、桜川さんって良いよなあ! 胸でっけえし!」

 しばらく見ていたら、須山が予想の斜め上を良く発言を大にして叫んだ。

 他の連中は野球やってるし、向こうには女子がいる状況なのにバカなの?死ぬの?

 本当に自分の本能を抑えようとしない男だ。同じリア充でもこの辺が諌矢とは決定的に違う。


「何をいきなり言ってるんだか」

「なあ、一之瀬。胸デカいよな?」

 俺を見て須山は言うけど、こういう話題には慣れていない。それよりも何よりも、須山の日本語がおかしい。これじゃあ俺の胸がデカいような聞き方だ。


「さ、さあ……俺はあんまりそういうとこは見ないし」

 とぼけると、丸太みたいな肘で脇腹を小突かれた。


「嘘つけっ」

 そう言ってからかうような顔。しかも突っつく力が強いんだよなあ。


「知らないって……」

「なに、お前ら誰の話してんの」

 大きな声で何度もやり取りしていたせいか、須山の反対側で様子を見ていた工藤舞人も会話に入ってくる。


「おお舞人。胸の話してたんだ!」

「桜川さんの話だろ」

「なるほど、桜川さんの胸か」

 須山の発言を慌てて訂正すると、工藤は納得したように腕を組んで頷いた。本当に軽薄な奴らだ。

 でも、これじゃあ俺までこの馬鹿コンビと一緒になって騒いでるように思われる。


「桜川さん、いいよな? なに、一之瀬狙ってるの?」

「一言も言ってないけど」

「ちょ、見ろ見ろ。次のレースが始まる」

 不意に、須山が俺達の会話を中断させる。

 ぶっとい指が指し示すのは女子が陸上競技を行っているトラック。 

 スタートラインに立っているのは竹浪さん達のグループだった。


「お、愛理達が走る番か」

 工藤と須山が仲良しグループの女子生徒をじっと見ている。


「おーいっ!」

 すると、それに気づいた竹浪さんが大きく手を振って返してきた。

 野郎三人でガン見していたからな。そりゃ気づかれる。


「おーい、聞こえてんのーっ!?」

 竹浪さんはいつものもっさもっさしたボリューミーなテールを頭の上で揺らし、こちらに向かってしきりにアピールしている。

 ゴール付近で気だるげに欠伸をしている西崎とは対照的。


「相変わらず馬鹿だなー、愛理。まあ、そういうとこが可愛いんだけどな」

 工藤が楽しそうに笑みを零す。無邪気な顔。


「手振れ! 応援しろーっ!」

 他の女子数人がとっくにスタート位置についても、竹浪さんは俺達に呼び掛けていた。

 立ち止まったまま、もう意地になって手を振っている。こちらも振り返さないと終わる気配が無い。

 このまま無視し続けるのもどうにも気になる。何故か切羽詰まったような感覚に陥る。


「……うーん」

 一瞬迷った末に俺は小さく手を振り返した。

 すると、文字では表現できないような可愛らしい音で叫びながら竹浪さんが一層大きく手を振りきった。


「んじゃまっ! 見ててよーっ!」

 そのままジャンプして着地すると同時にスタート位置に構える。

 ピッ、と甲高いホイッスルが響く。一番手前側の竹浪さんは、先ほどまでとは打って変わった真剣な顔でダッシュする。

 左右の腕を機敏に振り上げながら、恐ろしいスピードで加速。カールがかったテールが旗みたいに真横に靡き、後続は追いきれない。

 あっという間に100メートルを単独首位で走りきった。


「竹浪さんって足も速いんだな」

 球技大会では素人ながら外野を縦横無尽に駆け回っていた記憶は新しい。

 ぽっと出た、俺の感想。しかし、工藤はそれをムッとした顔で聞いていた。


「なんだよ一之瀬。愛理に手を振り返して……気でもあるのか?」

 そこで初めて気づく。俺は冷やかされているらしい。


「ち、ちが……振り返さなきゃ終わんない感じだったし」

 いや、竹浪さん可愛いし勘違いしちゃいそうになるけど……でも、陰キャに優しいギャルがいるわけがないんだ。


「え、一之瀬って赤坂ちゃんと付き合ってるんじゃねえの!?」

 そこに割り込む須山の大声。野球していた連中までこっちを見るので恥ずかしいったら無い。


「は? 何言ってんだ須山。一之瀬は赤坂に振られたんだぜ? 西崎から聞かなかった?」

 工藤がドヤ顔で須山に吹聴する。西崎が余計な事をこの二人に吹き込んでいるらしい。


「お前ら、本当好き放題言ってんな」

 俺はうんざりしながら二人には背を向けて、野球の方に向き直った。

 炊事遠足時も竹浪さんと工藤は仲良さそうにしていたし、幼なじみだとか言っていた気もする。

 普段の工藤は馬鹿で軽薄だけど、竹浪さんの話をしていた時は心の底から嬉しそうな顔をしている。俺が彼女に手を振り返すと機嫌を悪くするし……

 これってやっぱ、工藤は竹浪さんの事好きなんだよなあ、多分。

 軽薄そうだけど、そういう意味では意外に純粋な面を持っているのかなあ。

 そんな風に、工藤の印象を改めていたら背後の声が聞こえてくる。


「須山、俺が思うに野宮って着やせするタイプだと思うんだ」

「分かる! やっぱ舞人もそう思う!?」

 工藤は須山と一緒になって盛り上がっていた。

 

 前言撤回。やっぱりこいつらはただの馬鹿だ。


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