2-41 球宴の終わり、何かの始まり
球技大会の閉会式も終わり、クラスのHRは優勝祝いの大騒ぎに終始した。
ジャージ姿の生徒が多数、教卓周りで担任の猿倉が用意してくれたアイスを食べながら騒いでいる。
早々に制服に着替えた俺はというと、窓際後ろの席でのんびりとカップアイスを掬っていた。
疲れた身体には糖分が本当に効く。
「先生のジャッジ公平過ぎだったんだけど? もう少し甘くしてくれても良かったのに!」
「だからこそ、優勝した時の喜びもひとしおなんだろうが」
アイスのヘラ片手に、竹浪さんが教卓の猿倉に絡んでいる。
どこか軽く怒ったような口調、それでも猿倉はほっほと笑って返していた。
「あー。これが県大会ならなあ~。うちの野球部もこれくらい強ければなあ~」
ゴリとあだ名されている猿倉は野球部の顧問でもある。主審として素晴らしいジャッジを下していた。
そんな感じで、クラス中が和気あいあいとした空気に満ちていた。
早々にアイスを鷲掴みして帰宅した赤坂や数名の姿は無いが、須山達は帰る気配がまるで無い。
カップアイスをようやく食べ終わった俺は空の容器を片付け、鞄を取りに席へと戻る。
「一之瀬」
制服姿の西崎瑛璃奈が、隣の席に腰かけて俺を待ち構えていた。
「えっ」
女子の取り巻き達は竹浪さんや須山達に混じって教卓前で相変わらずはしゃいでいる。
いつも取り巻きを率いている西崎が、何でまた一人で俺の所にいるのか不思議でならない。
そんな疑念が顔に出ていたのだろうか。
「何?」
西崎が慎重に足を組み替えながら横目で睨みつける。
湿布が貼られているのだろうか。紺ソックスの一部が異様にぶかぶかしていて、そんな格好の癖に、傲岸不遜な顔つきをしているのがアンバランスだった。
「そっちこそ、俺なんかに何の用だよ」
「は? 私があんたに用があってきたって?」
違うわよ、と大仰に首を振る金髪ギャル。
「まあ、良かったんじゃないの。最後」
そう言って、おもむろにスマホをいじり始め、それ以上言葉をかける事は無かった。
どうやら西崎は俺を褒めてくれているらしい。
自分よりずっと格上で天敵だと思っていた相手に優しくされ、心の底から驚きに包まれる。
「そりゃどうも」
「は? 何でそうなるわけ」
返す言葉に詰まった適当なお礼を伝えると、西崎は本気にしたように眉間を険しくさせる。
そして、気まずそうに頬を掻いてまたも目線を逸らす。
ていうか、気まずいなら、何でわざわざ俺のとこに来たんだろう。
「いや、そういう事はどうでもいいんだけど……さ」
西崎はカールした髪に指を通し、ぽつりと呟く。目線は相変わらず合わせてくれない。
俺としては女子と目線を合わせるのが苦手なので、願ったりだ。
「あんたがこれくらい出来るなら、あたしもやってやるかって」
そう言って瑞々しい唇をきゅっと噤む。
しかし、俺には彼女が何を言っているのかがさっぱりだった。
「野球を?」
「んな訳ないでしょ。分かんない? あんたとの会話って何でいっつも疲れるんだろ」
訝しがると、西崎は罵倒を交えて俺を睨みつけてくる。
しかも、赤坂みたいな小言まで付け加えられた。何とも面倒な御仁だ。
竹浪さんとか取り巻きの黒髪ショートカットならその辺の意を組んで上手くコミュニケーションできるんだろうけど、俺には敷居が高すぎるよ。
「風晴のこと。前に言ったじゃん」
そこで初めて西崎がここに来た理由を口にした。
また諌矢絡みの話か。
でも……結局はそういう事なんだろうな。
俺に話しかける理由もメリットも、西崎には皆無なのだから。
「ああ。屋上で聞いた――」
「言うな!」
怒りを込めた口調で、西崎が腰をずらして机を降りる。
片足を気にしながらゆっくり片足で着地。そんな慎重な動きなのに、敵意を隠さない鋭い目つき。
やっぱり、この女王を茶化すのは俺にはハードルが高すぎる。野球は出来てもギャルの相手は駄目なもんは駄目なんだ。
「い、いうわけないだろ……」
生態系ピラミッドの頂点に君臨する肉食獣を前にしたウサギのように。
もしくは木から落ちて疑死状態になったクワガタみたいに、俺は縮こまったまま、それ以上言葉を発する動作を脳が止める。
「あたしもちゃんとあいつに話をしてみようかなって、そういう話だから……それだけ!」
スタン状態の俺を余所に、西崎は爪の先でスマホの画面をカリカリさせながら言うと、元居た集まりへと戻っていく。
「わざわざそんな事言いに来たのか……」
赤坂に負けず劣らず律儀な奴だと思う。
だが、去り際に見せた西崎の横顔は、俺の印象に残った。