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2-28 昼休憩と強制会話イベント

 午前の日程が全て終わり、教室で昼食を摂る。

 俺の机の周りでは竹浪さんや須山達が例の如く騒いでいる。この辺、いつもの昼休みと同じ光景だけど、皆ジャージ姿という点だけが唯一違う。

 竹浪さんと前席の女子の話ぶりからすると、諌矢や西崎達数人は学食に行ったらしい。


「なっちゃん。元気にしてっか?」

「え?」

 ぼっち飯を嗜んでいたら目の前に大きな影が立ちはだかる。野球ではさっぱり駄目な三振男の須山だ。


「一緒に食おうぜ」

 須山は弁当箱を俺の机にドンと置く。そして、自分自身は空いていた諌矢の席に座り込んだ。

 コンビニサンドイッチの包みしかなかった机が、巨大なアルミの二段弁当に領土侵犯される。

 いや、それはいい……


「何、なっちゃんって。誰?」

「一之瀬の名前って夏生(なつき)だろ? じゃ、なっちゃんじゃねーか」

 尋ねると、須山は人好きのする笑みを浮かべて答える。本当に俺相手にも気さくだ。


「面白いあだ名だな。でも、二度とその名前で呼ぶな」

 割と本気でその呼び名は嫌いだ。このまま許すと()()()()のまま、嫌なニックネームが定着される事態になりかねない。


「一之瀬。キャラ変わってるから!」

 きっぱり断ると、横で聞いていた竹浪さん達が噴き出したように笑う。


「愛理から聞いてたけど、一之瀬君って腹黒い?」

 竹浪さんの前席の女子も話に乗ってくる。普段話さない相手にまでいじられている俺、何とも気まずい。

 それに腹黒いのはどっちかっていうと、赤坂とか白鳥の方だと思うんだ。

 それはいいとして、


「マジでなっちゃんって呼び名だけはやめてくれ。本当に嫌なんだ」

 俺は念を押すように須山にあだ名はやめろとだけ伝えておく。


「わかったって。さ、食おうぜ!」

 須山はそう言ってでっかい弁当箱を展開、ガツガツ食い始めた。

 そんな感じで俺も交えての昼食は続く。まあ、ほとんど相槌だけど。


「そういや、西崎のテニスウェアって中学の時のやつだよな?」

 ふと、そんな事を口にしたのは一緒に食べていた男子生徒、工藤舞人だった。

 彼が話しているのは昼休み前に行われたテニスの試合。西崎と諌矢は順調に勝ち進んでいる。


「テニスウェアを持ち出す辺り、瑛璃奈も本気って事なんだよねー」

 竹浪さんがそれを面白おかしそうに語っていた。

 諌矢とペアになった事で西崎がはりきっているのは傍目にも分かる。

 赤坂は野球でガチになっているけど、西崎はテニスに全力を尽くしている。もしかしたら対抗意識でも燃やしているのかもしれない。

 そんな事を思いながら飯を食う。


「でもさ。よく中学のサイズまだ着れるよな。引退したのが去年の夏だから一年近く前のだろ?」

「は? 何が言いたい訳?」

 箸を止め、竹浪さんがわりかしきつめのトーンで相槌を打つ。


「つーかさ。工藤は男子なのに身長変わらなすぎなんだよねー」

 前席の女子も同じ中学だったのか、知っている風な口だ。竹浪さんと一緒になって工藤を茶化している。

 一方の俺は別の中学で彼らの過去話を一切知らない。だから、疎外感が半端なかった。

 誰か助けてよ。


「須山……」

 窺った先、須山は三人の会話には一切加わらず、弁当箱に入っていたチャーハンを黙々と食べていた。

 俺のSOSにも気づいていない。流石だ。


「だからさあ、俺が言いたいのは西崎の胸が全く成長してない事で」

「工藤ほんとデリカシーないねー。そういうとこだよ?」

 竹浪さんはバカじゃないのとか、工藤と言い合っている。


「でもさー。須山もそういうとこない?」

「へ!? 俺!?」

 ふと、そのやり取りを眺めていたもう一人の女子が声を発すると、須山のデカい背中がビクンと跳ねた。

 さっきまでチャーハンをせっせと口許に運んでいたスプーンの動きがぴったり止まり、須山の青ざめた顔がこちらを向いている。


「そうそう。だから二人ともモテないんだよ」

「だよねー。一之瀬もそう思うっしょ?」

 その女子は竹浪さんに強く同意しながら俺を見る。


「え……ああ」

 しばしの黙考の後、どちらにも公平になるような発言を慎重に考えるが、どうにも浮かばない。

 俺は曖昧に相槌だけ打っておく。そろそろこの場を離れたいよ。


「あ、一之瀬。そう言えば、野球どんな感じなん?」

 ふと、工藤が話題を変える。まるで、俺を見るまで存在すら忘れていたような言い方で、野球の話が始まった。


「めっちゃ打ったし、俺!」

「嘘。須山ずっと三振じゃん」

 全打席三振の須山の醜態を知っている竹浪さんが秒で否定する。

 弁当を食べながら、賑やかなノリで話す面々。俺はそれを傍らで聞くだけだ。


「でも、勝ってんだろ? いいなー」

「なに、工藤。私のせいだって?」

 おにぎりを食べ終えた工藤が羨む口調で言うと、竹浪さんが即座に反応する。

 そう言えば、二人はペアでテニスダブルスに出ていたんだっけか。でも、諌矢と西崎のペアとは違って、すぐ負けてしまった。

 工藤と竹浪さんがガヤガヤ言い合う中、俺は黙々と飯を食う。

  

「一之瀬君も頑張ってたよねえ」

 そんな風に黙りこくっていたら、ふと、竹浪さんの前に座る女子が話しかけてきた。

 思ってもいない一言だった。


「え?」

「ほら、キャッチャーやってたじゃん。良くあんな球捕れるねーって」

 明るい口調で俺に話しかけてくるその女子を、俺は呆然と見返していた。

 竹浪さんと違って、この女子は殆ど話したことが無い。

 真正面から向き合うと、西崎グループの例にもれずギャル系のメイクをしていた。明るい茶髪をサイドに流し、頬にかかった髪束を揺らしながら小首を傾げている。

 どこか気の強い西崎とは違って、同世代なのに落ち着いていて大人っぽい雰囲気。

 一瞬目が合うと、軽く笑みを浮かべて小さく顎を引いた。


「まあ……練習したから」

 慣れない女子に話しかけられた俺は、そんな相槌しかできない。

 会話に間が生まれ、しまったと思った。


「つーかさ。よく考えたら俺もなっちゃんもまだノーヒットだよなあ」

 そこに割って入ったのは須山の一言。大きな声で笑いながら自虐的に言っている。


「な、なっちゃんって言うな!」

 慣れない女子に若干キョドっていた俺だけれど、即座に須山に言い返す。

 呼ばれたくないあだ名にはっきり文句を言うのが面白いのだろうか。竹浪さんともう一人の女子はそんなやり取りを、終始にやにやしながら見ていた。




 緊張しっぱなしの昼食を終えた俺は、須山達に別れを告げて教室を出る。

 いつも昼食後はお腹が痛くなる。球技大会だろうがそれは同じだ。

 午後の試合までは時間があるので、美祈さんの家で用を足しておこう。 

 

「よう、一之瀬じゃん」

「野球勝ちまくってるんだって?」

 しかし、廊下に出た所で同じクラスの男子二人組に声を掛けられた。

 どちらも白鳥や斎藤のグループに属する男子生徒。

 その内の一人、長身の男子生徒の名字は確か川村。現役野球部らしくさっぱりした坊主頭だ。


「一之瀬って捕手なんだろ? 何、野球やってたの?」

 もう一人も興味深そうに俺を見ていた。

 明朗快活な運動部グループメンバーに取り囲まれ、俺は気後れしてしまう。白鳥も斎藤もいないので何とも話しにくい。


「諌矢に押し付けられたんだ……小学生の頃に少しやってただけだよ」

「へえ。俺も出れたら良かったんだけど野球部だからなー」

 しかし、意外や意外。俺が答えると坊主頭の野球部員、川村は嬉しそうな顔をしてくれた。


「でも他のチームって経験者多いんだろ?」

「うちのクラスも中学でテニスやってた西崎とか卓球の成田が勝ちまくってるし」

 もう一人と頷き合いながら、今日の出来事を振り返り始める。

 俺は普段関わることが無い二人に相槌を打ちながら、早くこの場から抜け出さなければと考えていた。

 午後の試合中に腹痛が来たら困る。もしもに備え美祈さん家で用を足しておきたいのに、昼休みの残り時間は刻々と減っていく。


「ずるいよな。部活所属してる奴は同じ競技に出れないなんてルール。ザルじぇねえ?」

「中学で部活やってた経験者も規制するべきだよな」

「でも、それだと同じ中学の知り合いがいない奴は隠して出れるじゃん」

 川村はバリバリと坊主頭を掻きながら、隣の男子と不平を漏らし合っていた。二人ともクラスの中心人物である事には間違いなく、声がでかい。

 この場にもし、白鳥もいたらクッション役をしてくれるんだろう。でも、ここには俺一人。

 しかも、ここは教室前の廊下で、他クラスの生徒も多く通る。周囲から向けられる視線に俺は戦々恐々していた。


「バスケ負けちゃったし。俺らも野球出れたらいいのになあ」

「えっ」

 思わず声が漏れたら、二人がそれに反応する。


「……バスケって負けたの?」

 恐る恐る聞き返すと、川村は所在なさげに頷いた。


「そうなんだよなあ。もっと上に行けると思ってたんだけどさ」」

「あれ? 最初の試合だと、結構圧倒してなかったっけ?」

 記憶を辿りながら尋ねる。

 諌矢を中心としたチームは大量点で勝利していた。それがこうも呆気なく負けるなんて。


「風晴がテニスの試合に出るから抜けたんだよ。そしたら呆気なく負けちまってさあ」

「やっぱ、あいつがいないときっついわー」

 諌矢ってそんなに上手いのか。コミュニケーション能力と顔だけでなく、運動神経もいい方だと思っていたけど……

 想像以上にその技量は高かったらしい。


「でも、野球は勝ってるからな。俺ら応援してっから」

「え?」

「そうそう。上級生のクラスも倒して優勝とか超燃えるよな!」

 川村達は白い歯を見せて笑いながら俺の肩を叩く。

 見るからに体育会系の二人の心底楽しそうな笑顔を見ながら、プレッシャーをかけられてしまった。


「まあ、何とかやってみるよ」

 川村達は頑張れよと声を掛けて教室に入っていく。

 バシバシ叩いてきたので肩にはまだ痛さが残っていた。


「ようやく行ったか。疲れた……」 

 今日はやけに慣れないクラスメートとの会話が多い。

 思えば、この球技大会を通じていろんなヤツと関わるようになった気がする。

 須山や工藤だけじゃない。同じチームとして野球を戦う事になった白鳥や斎藤。それに竹浪さんや江崎さんといった女子とも話す機会が増えた。

 入学した頃は皆、俺と違って社交的でどこかきつそうなイメージもあったけど、話してみれば意外と慣れるものなんだな。

 まあ、まだ会話はぎこちないけれど。


「赤坂はメシでも食ってんのかな。一人で」

 廊下の窓から見える空は快晴。絶好の球技大会日和だと思う。

 この天候が崩れる事はまず有り得ない。

 しかも、勝ち残りが減ってきたので午後は試合間隔が短くなるだろう。


「そうなると、まずいな……これは」

 俺は気が気じゃない。守備をしている間、グラウンドから離れられないのは結構なプレッシャーがある。

 必死だったからあまり考えなかったけど、試合中に腹痛に襲われたらどうしよう。


「とりあえず、早めに用を足して午後に備えるか……」

 俺は歩を早め、美祈さんの家へと向かった。

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