前へ次へ
69/129

2-27 新たな絆

 二戦目の相手は同じ一年生のクラスだった。

 上級生のクラスに勝ったのでこの試合も難なくいけるかと思いきや、予想に反して点の取り合いの展開になる。

 しかし、その決着は本当に呆気なく、劇的に決まった。



「ほんとすっごい!」

 試合終了後、竹浪さんや他の女子達が駆け出した先にいるのは赤坂だった。

 この試合の立役者。同点の均衡を破ったのは赤坂のサヨナラヒットだったのだ。


「マジで赤坂さんって野球上手いんだねっ」

「本当あれ打つとかありえないから!」

 この蒸し暑さの中で赤坂をダンゴみたいに女子の一団が囲んでいる。その中には竹浪さん達だけでなく、単に試合を見ていただけのクラスメートもいる。


「相手も相当疲れてたから――」

 揉みくちゃにされながら必死で謙遜している赤坂。言葉の終わりがたどたどしく、試合前に好きな映画をめっちゃ早口で語っていた面影の欠片も無い。


「いけるかもな、俺達」

「な!」

 遠巻きに見ながら、須山達も満面の笑みを浮かべていた。

 試合は終わったのに誰も他の競技を見に行く気配が無い。そんな俺に白鳥が近づいてくる。


「それにしても、盛り上がってるね」

「ああ、そっちも終わったんだ」

 白鳥は先程はグラウンドで行われていたサッカーに出ていた。競技が終わってこちらに足を運んできたところらしい。


「試合どうだった?」

「最後まで同点だったんだよ。んで、最後は赤坂のヒットでサヨナラ勝ち」

「へえ」

 面白い物を見たように白鳥が眉宇を動かす。


「僕たちのサッカーは負けちゃったんだよねえ」

 そう言って顔を向けた先には白鳥と同じタイミングで野球場に来た男子数人。敗戦の名残なのか、皆表情はよろしくない。


「白鳥がいないと内野はやっぱきついよ。今の試合もエラー出まくったし」

 スコアボードはこれ以上無い程の点の取り合い。しかし、その得点の殆どがエラーによって発生したものだ。

 白鳥が本来守っているセカンドは別の男子生徒が担当していた。

 セカンドは野球で最も守備が大変なポジションの一つだ。いくら練習を重ねた所でエラーは度々発生する。この試合は守備の乱れで相当失点した。しっかり守れていたらここまでもつれなかった。


「勝てたのは、本当にギリギリだったよ」

 そんな風に試合の展開を伝えると、白鳥は大きく頷いて笑みを作る。


「大丈夫。もう試合は被らないよ。これからは全部出れるから安心して」

「サッカー負けたの、全然気にしてないんだな」

「僕の本領はサッカーの芝の上じゃなくて、ダイヤモンドの土の上だからね」

 どこか不敵な笑顔。口調や物腰は穏やかだけど、野球の話になると攻撃的な性格が言動から隠しきれなくなっている気がする。

 勝ち残ったクラス同士、これからの試合はきっと厳しくなるだろう。でも、白鳥が野球に専念してくれるならこれ以上に心強い事は無い。


「良かった。馬鹿なのが俺と……あと、赤坂だけじゃなくて」

「え?」

 自然とそんな言葉が口から出る。白鳥はよくわかっていなさそうに俺をまじまじと見上げる。


「入学当初の俺なら、逃げてたと思う。率先して野球をやろうなんて思わなかった筈だよ」

「一之瀬君は結構ヘタレなとこあるもんね」

 白鳥はそんな事を言って笑う。

 流石キャッチャー、素晴らしい観察力。俺のヘタレっぷりは完全にばれていた。


「うるさいなあ。でも、俺がここまでこれたのは踏み出した結果だと思うんだ」

 俺は野球を辞めて久しいけれど。未練が無いと言えばウソになる。

 それでも、諌矢が強引に誘ってくれなければこの球技大会に出ようなどと思わなかっただろう。

 ある意味、白鳥とこうやって共通の目標を通じて関われるようになったのも諌矢のお陰だ。


「白鳥も赤坂も頑張ってるし……俺もやらなきゃなってさ」

 元を辿れば赤坂にも礼を言わなければいけないかもしれない。

 あいつだって本気で試合に勝とうとしている。

 赤坂は自分が目立つのを嫌っている節がある。

 しかし、この球技大会では出し惜しみすること無く、本来の高いスペックを存分に披露していた。


「そうだね」

 白鳥はそう言って、今も勝利の美酒に酔いしれるクラスメートを遠目に見ていた。

 丸っこい瞳が見据える眼差しはひたすらに穏やかで、優しい。

 そんな白鳥の表情を見て、彼もまた俺と同じなんだと思った。

 白鳥も自分なりに野球というものがまだ心のどこかで好きで……それでここまで歩いてきたんだろう。


「野球をやめてから今までずっと、心に残ってたモヤモヤが晴れてくみたいなんだよな」

 こちらに向き直る白鳥を見ながら、小さく息を吐いて言う。

 たかが球技大会だって思われても、何マジになってんだと笑われようが知った事か。


「俺達は俺達の全力を尽くすだけなんだよな、多分。赤坂や白鳥の一生懸命さを見ていると、そんな大切な事を教えられた気分になるんだよ」

「一之瀬くん」

 すっと目を細め、薄く笑みを作る白鳥。猛禽のように鋭い眼差しが俺を捉える。


「君はヘタレでバカだけど、そういう馬鹿正直でまっすぐなとこも、臭いとこ言えるところも、僕は嫌いじゃないよ」

「白鳥。お前……いくら何でも言い過ぎだろ」

 急に現実に引き戻された。名字は白鳥はくちょうっぽいけど、結構好戦的な性格をしている。

 これじゃ鷹か隼だよ。可愛い系イケメンなのに本当腹黒い。


「まあ、僕がいるから安心して後ろは任せてよ。野球は僕たちの優勝で終わらせるんだ」

 白鳥は不敵に笑っていた。

 戦慣れしたキャッチャーらしい、傲慢そうな顔。

 赤坂といい、何とも心強い選手がうちのクラスには揃っている。


「改めてよろしくね」

「ああ」

 俺は差し出された手を掴み、がっちり握手を交わした。 


前へ次へ目次