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2-25 またまた鉢合わせ

タイトル変えてみました

 一段落し、須山や竹浪さんは仲の良いグループと共に足早に行ってしまった。


「まいったな」

 俺は完全に流れに取り残される形となり、その場で立ち尽くす。

 後ろを振り返ると、それぞれのグループごとに集まって次は誰を応援しに行くかの話をしている真っただ中だ。

 とてもじゃないが、俺が彼らの会話に入り込めるような余地は残されていない。

 あまり話した事の無いグループに加わる度胸は俺には無い。ノリとテンションで同行しても、もしかしたら話に乗れずに酷い地蔵タイムを過ごす事になかもしれない。


「仕方ない……」

 だから、俺は逃げの一手を取る。他の面々と同じ方向に行かないよう校舎に人知れず戻る。

 特に何もする事なく、渡り廊下を歩いていたらジャージ姿の女子二人が笑いながらこちらに向かってくるのが見えた。


「……!」

 電光みたいに背筋を緊張が走る。こちらに向かってくる内の一人は、いつか校舎裏でひと悶着あった女子生徒、渡瀬奏音だった。


「風晴君凄かったねえ」

「ね! カッコいよね!」

 渡瀬さんはもう一人と親しげに会話しているが、俺の事など気にも留めずに諌矢が出ていたテニスの話をしている。

 何故かこの場にはいないあのイケメン野郎に煽られているようで、心がざわついた。

 俺は心中を悟られぬよう、彼女達とすれ違う。

 ビキィン! これがアニメとかならすれ違う瞬間に俺達が硬直して、そこからまた時が動き出すのだろうけど、別に渡瀬さんは俺の事なんか空気みたいにしか思っていない。

 あの黒歴史みたいな校舎裏の出来事は俺が勝手に気にしているだけなのだ。


「あれ? そろそろ奏音のバレーじゃない?」

「んだね。行こっか!」

 背中越し、二人の声が小さくなっていく。


「ああ……クソ」

 遠ざかったのを気配で確認した俺は、一気に駆け出した。

 本来ならば、他のクラスメートが出ている種目を見るんだろう。

 でも、俺にはそこまで仲の良い友達はいない。

 白鳥や斎藤と話はしているものの、野球で繋がっているだけで、それ以上踏み込むのはどうしても躊躇ってしまう。

 唯一、気兼ねなく話せるのは風晴諌矢。

 しかし、奴が出ている種目は、もれなく女子が集まってはしゃいでいる。それを想像すると、何となく気後れしてしまうのだ。

 今の諌矢は更にクラス内の交友関係を広めつつあり、ワンオンワンで会話できるのは教室の休み時間くらいだ。

 そんな風にネガティブ思考に苛まされながら、俺は階段を降りる。


 自販機でスポーツドリンクを買い、そのまま昇降口出て校庭に向かう。

 グラウンドはサッカーの真っ最中。強めの風で砂塵が薄っすらと舞っていて、それを通り過ぎて野球会場に向かうと、試合中の上級生たちが野太い声援を送っていた。

 この試合が終われば俺達のクラスの二回戦だ。しかし、まだこの試合は始まったばかり。

 こんなに早い時間から、わざわざここに来る物好きなんている訳がない。俺は一人試合を観戦する。


「やっぱり、野球経験者多く出てるのかなあ……」

 好プレーに沸く三塁側。横っ飛びでサードライナーをキャッチした上級生を見ながら、そんな風に考察する。

 まあ、他のクラスの試合だけど、見ていてつまらない訳でもない。


「それに、ここを勝ち抜いたチームが俺達と当たる事も有り得るんだよな……よし」

 情報収集を兼ねてじっくり見ておくか。

 邪魔にならない場所を選んだ結果、用具置き場横の日陰に座り込む。そして、買っておいたスポーツドリンクを立てかけた。

 試合が始まったら必要になる飲み物だ。ここで日光に当たっては生ぬるくなってしまう。

 青臭い芝生の匂いが鼻腔をくすぐり、見上げれば白雲が割と速めに空を横ぎっていく。

 遠くに聞こえる嬌声、バットが奏でる鈍い音。

 まあ、軟球だし、金属バットでもこんな音しかしないんだ。カキインっていう音なら少し爽快感もあるんだろうけどな。

 でも、硬球怖いしな。やっぱ軟球で良かったな。

 そんな風に一人で考えながら、やっぱり情報収集なんてしてないじゃないかと脳内ツッコミを入れる。

 結局、俺は漫然と空と野球場の中間を眺めていただけだ。

 一回表の攻撃が終わったようで、守っていた生徒達が自陣へと戻っていく。


「一之瀬」

 立てた膝に顎を乗せ、ぼんやりと眺めていたら聞き慣れた声。

 ハッとして振り返ると、赤坂環季が腰に手を当てながら立っている。


「何してんの? 一人で」

 風に靡くいつもとは若干違う赤坂のポニーテール姿。そこに丁度、雲間の間から注いだ光が当てられる。

 見る間に、さらさらと髪の一本一本がオレンジ色に煌めく。


「じょ、情報収集。ほら、このチームが勝ったら次当たるかもしれないし」

 その眩しさに目を眇めて俺は答える。我ながら酷い狼狽っぷりだ。


「嘘」

 赤坂はちらりと試合をしている上級生たちを一瞥した後で、俺に視線を戻した。


「ただ、ぼーっと見てただけじゃない」

「う……」

「大方、やる事なくてここで時間潰してたんじゃないの?」

 全部読まれてたっぽい。


「そう思うならそうしとけよ。もう」

 開き直る様にでーんと両手を後ろについて足を伸ばす。すると、赤坂はくすくす可笑しそうに笑いながら隣までやってきた。


「わかるし。本当暇なんだね♪ 一之瀬」

「赤坂もな」

「うっさいしね」

 楽しそうに俺の死刑宣告をしながしゃがみ込む。

 遠く打ち上げられたボールを眺める彼女の横顔。


「次の試合まで、結構時間あるね」

 風に乗って消え入りそうな赤坂の声が、何故か胸の奥にきぃんと響いた。


「赤坂は誰かが出てる種目とか、見に行ったりしないの?」

「うーん。桜川さん達に誘われたけど、途中で抜けてきた」

 ちょっとだけ気前悪そうに、赤坂が苦笑いする。

 俺と似たような行動原理でここに来たのはもう確定的だ。


「これ見てる方が気楽かも。情報収集にもなるし」

 言いながら赤坂はしゃがんでいた足下を崩し、今度こそ芝生に腰をつける。

 体育座りのまま、遠くで行われる試合を観戦する赤坂。向こうで行われている試合を見ながら、誰が要注意人物か今からマークを付けているのだろうか。

 こいつの勝負事へのストイックさが異常だって事は、一緒に練習して十分分かった。

 だから、この球技大会の空き時間もまた、赤坂にとっては勝つ為には必要な時間なのだ。

 きっと、今も頭の中では十重二重にも作戦を張り巡らしているんだろう。



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