前へ次へ
66/129

2-24 カースト上位ペアの奮闘

 結局、赤坂は数えきれない三振の山を築いて相手の打線を完封、俺達は上級生クラス相手に大量得点で初戦を制した。


「いやー、すごかったすごかった。大勝利?」

「特に赤坂さん、凄すぎるよ」

「熱闘甲〇園とかならさあ。ぜってー今日のハイライトになるやつ!」

 試合に出ていた須山達がテンション高めにそんな事を言っている。一方の俺はその後ろで、痛くてたまらない左手を必死に擦っていた。まだ痛い。本当に痛い。痛すぎる……!


「一之瀬?」

 痛いアピールしながら歩いていたら本日のMVPが声を掛けてくる。


「赤坂さあ。もうちょい加減しろって」

「なに、心配してるの?」

 赤坂は前ではしゃいでいる連中を見ながら続ける。


「それなら大丈夫、私は平気よ。体力づくりしてたし。次の試合も連投できるわ」

 そう言って試合後の肩を上げ下げして首を鳴らしている。何となく機嫌が良い。


 ――でもね、そうじゃないんだよね。大丈夫じゃないのは、俺の手の方だからね。

 俺は脳内でツッコミを入れながら、赤坂を見ていた。


「……それにしても何なの。うちの四番」

 そうしていたら赤坂は、前を歩く須山を睨みながら呟く。


「もう少しちゃんとやってもらわないと困るわ。ちゃんとボール見て打てって言ったら本当に全部見送って三振する始末だし」

 酷い物言いけど、元々須山は自信満々で四番を熱望していた。それなのにこの結果なので仕方ないのかもしれない。

 赤坂から始まる打線がヒットを続け、四番の須山が三振して、五番六番でようやく点を取る。

 見事に須山はうちの打線のブレーキ役になっていた。だとしても赤坂の言い方がきつすぎるけど。


「決めた。白鳥君に言って、須山外してもらう」

「ええ……」

 須山はバカだけど俺にも気さくに話しかけてくれる良い奴だ。炊事遠足の頃から野球をしたがっていて、ようやく球技大会で夢だった四番打者が実現したというのに、ちょっとかわいそうだ。


「もう少し見守ってやれよ。もしかしたら初めての大舞台で緊張してる可能性もあるだろ」

「あの馬鹿が緊張してると……?」

 俺のフォローにも赤坂は懐疑的な目を向けてくる。

 その先の須山はガハハと大笑いしながら他の男子とはしゃいでいる。ああ、あの調子なら大丈夫だな。

 気持ちの切り替えが早くて俺も見習いたいと思った。


「とりあえず、打線変更だけは白鳥君に掛け合ってみる」

 返す言葉が見つからないままでいると、赤坂はスタスタ行ってしまった。 

 それにしても、だ。


「練習も球技大会も見下してた癖に……本人が一番勝つ気満々じゃないか」

 本当あの赤髪ツーサイドテールの孤高女王、何なの。

 西崎の比じゃないよな。



 初戦を終えた俺達はテニスコートで、西崎と諌矢の試合を観戦する事になった。

 ペアになった二人はコート内を駆け回ってボールを返している。

 俺達はそれをフェンス越しに応援する。


「はあっ!」

 視界内に黄色いボールが跳び、走り寄った西崎が慣れた手つきでラケットを振るう。小気味良いカコンという音と共に、薄手の白のテニスウェアが翻る。

 西崎達が点を取る度、応援サイドからは同じタイミングで拍手が送られる。

 俺はルールが分からないからさっぱりだ。フォーティ・ラブって何だ、愛かな?

 でも、ルールが分からなくてもテニスを楽しめる層は一定数いるらしい。


「おおおお」

「見えた! 見えたぞ!」

 西崎がボールを返す度、ユニフォームのスカートが翻り、同じ白色のアンダースコートが見える。

 その度に須山と工藤の馬鹿コンビが嬌声を上げていた。テニス選手が履いているのは別に本物の下着じゃないのに、おめでたい奴らだ。

 同類と思われたくないので距離を置くと、その分近くなった女子達の会話が耳に入ってくる。


「環季ちゃん。さっきの試合マジですごかったんでしょ?」

 テニスコートで一回戦勝利の報を聞いた竹浪さんが赤坂を捕まえてはしゃいでいる。

 竹浪さんは一回戦はテニスと被っていたので出場していない。しかし、周囲の女子の興奮ぶりを聞くだけで、赤坂の力投ぶりは十分伝わっているようだった。


「相手の投手も最後は疲れてたしね。どちらにしても私達の勝ちは揺るがなかったと思うよ」

 甲子園の地下通路で交わされる勝利監督インタビューみたいな返しの赤坂。

 実際に完封で締めている自信からか、普段話さない女子相手にも饒舌だ。会話に若干素の強気な本性が出ている。


「竹浪さんも次の試合は出れるんだっけ?」

「まあ、うちはさっきのテニスで負けちゃったからねえ。でも! 体力はその分残ってるし。任せてよ」

 竹浪さんが快くそれに答える。西崎と違って社交的で気さくなんだな。

 運動をこなしてアドレナリンでハイになっているのもあるのかもしれない。

 だとしても、赤坂が皆と仲良くしてる姿を見ていると何故か俺も嬉しくなってしまう。


「風晴君も西崎さんも強いんだね」

 ふと、赤坂を囲んでいた女子の一人が俺の視線に気づいて歩み寄ってくる。癖っ気混じりの活発そうな栗色のショートカットが可愛らしい江崎さんだった。


「一年生で残ってるのって、あの二人だけなんだって」

 江崎さんは赤坂達の様子を微笑ましく見ながら語る。


「流石、あの二人だよねー。しかも、息ぴったりじゃない?」

「まあ、確かに上手いよね」

 慣れない女子との会話。酷く挙動不審な受け答えだと、自分ながらに思うけどどうにもできない。


「風晴君も西崎さんもテニス経験者らしいよ。一之瀬君知ってる?」

 俺の方も見ながら江崎さんが尋ねてくる。小首を傾げて上目遣いをされるので反応に困る。

 何とも気まずくなったので、俺は必死に会話のネタを探した。


「テニスは難しいし、ルールも良く分からないのに、すごいよな。諌矢も西崎も」

 いや、ルール分からないのは俺の中での話だろ。心の中で一人ツッコミを入れる。

 しかし、江崎さんはそれを気にする訳でもなく、


「――でも、赤坂さんと一之瀬君のバッテリーも息ぴったりだったけど?」

 そう言ってくすりと悪戯っぽく微笑んだ。

 どこかからかうような物言いの真意が全く読めない。俺をいじって楽しんでいるんだろうか。


「そ、そうだった?」

 照れと恥ずかしさで自分でも良く分からない受け答え。一言一句言う度に、今のおかしくね? そんな風に自問自答している切羽詰まった心理状態だ。我ながらコミュ力が足りない。


「うん。野球は一之瀬君と赤坂さん頼みだね」

 しかし、江崎さんは口元に無邪気な笑みを作ったまま、優しい言葉を掛けてくる。


「そ、そうなの?」

「うんうん。よくあんな速い球捕れるねぇって、友達と話してたんだぁ」

「まあ……昔やってたから」

「へえ、経験者なんだ!?」

 江崎さんは身体をぴょこぴょこさせながら俺をじっと見てくる。相変わらず心が読めない。どうにも苦手な女子だ。


「つーか! 諌矢って試合出過ぎだよね!?」

「えっ!?」

 咄嗟に話題を逸らす俺。あまりに不自然な言葉のキャッチボールに江崎さんは少し驚く。


「バスケに野球、テニス。連戦しても全然疲れてないもん。あいつのスタミナはバケモノだよ」

 普段あまり話さない女子に褒められるのは何とも恥ずかしかった。

 だから、話題を第三者の諌矢に変えて、ここぞとばかりに不満をぶちまける。


「まあ、風晴君は万能タイプの男子だからねえ」

 口許を隠して江崎さんが笑う。すぐに会話の内容を把握してくれたらしい。


「でも、一之瀬君も野球上手いじゃん。決勝もがんばろ?」

「や、やってみるー!」

 語尾が裏返ってしまった。


「あはは。一之瀬君おっかしいね」 

 江崎さんは白い歯を見せて俺を笑う。女子特有の誰にでもフレンドリーでたまにサバサバしたこの感じ。強気で高圧的な西崎や赤坂とは真逆。気さくな竹浪さんとも少し違う。

 どこか裏がありそうで、油断ならない女子。それが江崎さんに抱いている俺の印象だ。

 瞬間、一際大きな歓声が沸き起こった。


「勝った。勝ったよ! 諌矢っ!」

 丁度ゲームが終わったらしい。西崎が諌矢の方へと駆け寄っていく。皆の前ではいつも風晴と呼んでいるのに、名前を連呼しているのも忘れて子供みたいに嬉しがっていた。

 いつものきつい調子が嘘のように消え失せていて、映画版のジャイ〇ンみたいだ。


「風晴!」

「おうっ」

 コツンと、合わさった二人のラケットが乾いた音を鳴らす。

 西崎のフリにも気さくに対応する諌矢の爽やかさとイケメンっぷりがヤバい。いつもの爽やかで馬鹿っぽいスマイルをコート脇に向けると、歓声のトーンが一際上がった。

 それを見て、西崎と二人仲良くコートと観客を隔てるフェンス脇へと向かってくる。


「西崎本当上手いな。こりゃ次も余裕だな!」

「まあ、風晴がテキトーに合わせてくれるから打ちやすいし。これならいけんじゃね?」

 そっけなく返すけど西崎の口角が今まで見たことないくらいに嬉しそうに吊り上がっていた。

 本当に仲睦まじい。とてもじゃないけど、一度告白して決裂した間柄だとは思えない。

 リア充ってあんな風に表面上で仲良くできるものなんだろうか。俺ならトラウマ爆発で目も合わせられなくなりそうなのに。


「ほんと、お似合いだよね。あの二人」

 そんな俺の胸中や、西崎と諌矢の間の因縁など江崎さんは知る由も無い。

 多くの同級生と同じように、人気者への羨望混じりの温かい眼差しを向けている。

 テニスコートでは勝利を讃える拍手が絶える事なく、まるでシャワーみたいに鳴り響き続けていた。


前へ次へ目次